「日々樹先輩、キスしてください」
「……えぇ!構いませんよ。目を閉じてください」

彼を驚かせたくて言った言葉は、意図通り働くことはなく、その代わりにもっと驚く言葉を連れて私に返ってきた。

でもここで驚いたり動揺してしまいたくなくて、目の前に立った彼を見上げたままそっと目を閉じた。

「……」

睫毛が震える。目を閉じるって、こんなに難しかっただろうか。彼の吐息が微かに頬にかかると、彼の大きな手が私の頬を包んだ。間もなくして唇に不思議な感覚があたる。これ、親指だ。

「……どうです?見事でしょう!頬に手を添え、その手の親指をキスの間に挟むことで唇は当たらず、観客からはしっかりキスをしているように見えるという手法です……☆」
「へ〜すごいですね〜〜」
「おや、ご不満そうですねぇ」

私の頬をもちもちと手で弄る彼は、相変わらずニコニコと真意の読めない笑顔を浮かべている。頬を包む彼の両手に自分の手を重ね、軽く溜め息をついた。

「そりゃあ、貴方を驚かせてみたくて言っただけですけど。キスを強請る女の子に演劇でのキスもどきをするなんて、シェイクスピアが聞いたら眉をひそめますよ」
「ほう、ではしてあげましょうか」

え、と声を出しかけた唇は、今度は柔らかな彼の唇に塞がれた。それだけでもかなり驚いたのに、彼の舌が優しく私を暴いて、器用に私の舌を絡め取り蹂躙するものだから、あまりのことに腰が抜けてしまった。

でも簡単には解放してくれなくて、彼は私の腰を支え暫く私の様子もお構いなしに私の咥内を貪った。

漸く彼が唇を離しても、上手く脚に力が入らなくて、彼の胸元に倒れ込んでしまう。驚くほど速い心臓の音と乱れた呼吸音に、いまいち状況を整理できず放心してしまう。

「貴女には少し早いでしょう?」
「……こ、こんな、だって……思っていたのとちがう……」

自分の声が甘く上擦っているのが妙に耳につく。彼に支えられたままでいると、彼は少し身を屈めて私の耳元でそっと囁いた。

「キスだけでそんなになって、可愛いひとですねぇ」
「なっ……!もう良いです!私の負けです、あんまり意地悪しないでください……」

はあ、と溜め息をついて彼の胸板を押す。が、彼は離れようとはせず、私を抱き寄せたままでジッと私を見つめてきた。

何を言うべきなのかわからなくて黙っていると、彼は目を細めて笑顔をつくってみせる。でも目が全然笑っていない。

「他の男にねだったりしないでくださいね。私、犯罪者にはなりたくありませんので……☆」
「…………は……、え、それ……」

嫉妬してくれるということ?とは訊けなかった。彼はいつものようにどこからともなく薔薇を出し、私に持たせて体を離す。それきり、彼から明確な言葉はもらえなかった。

「狡すぎる……」

期待して高鳴る心臓と赤くなった顔は、いっそ無様なほど雄弁だ。彼は顔色ひとつ変えないのに。