*ほんのりファンタジー設定です




「う〜〜〜ん……難儀ですねえ」

すらりと長い脚を組み、彼はわざとらしく困ったような声を出してみせる。それがなんとなく癇に障って、ベッドの上でじたばた身体を捩らせた。

「何にも難儀じゃないよ、貴方がこれ解いてくれたら良いだけ! ……えっちもしてくれたら嬉しいけど、そんなに嫌なら別に、他を当たるし」
「おや、縛られるのはお好みでない?」
「縛られるのは好き」
「ならこのままでいいでしょう」

彼はにっこり笑って立ち上がる。ここのところろくに「食事」をしていなかったから、たまたま見つけた彼の家に忍び込んだだけなのに。

彼は私を見つけると、一瞬驚いた顔をしてから、目にも留まらぬ速さで私を縛り上げてベッドに転がしてしまった。

「貴女、サキュバスでしょう?」
「そうだよ。……あ、もしかしてえっちしたら死んじゃうと思ってる? 私、少食だから大丈夫だよ」
「ほう、では大食いの方とすると死んでしまうのでしょうか」
「うん、たまにそういう話は聞くかも。……あの、どうしたらこれ、解いてくれる?」

へら、と笑ってみせると、彼はベッドに膝をつき、私に覆い被さった。長い髪がさらりと落ちてくる。綺麗な人だなぁとしみじみ思いながら、ほんの少しだけ期待に胸を躍らせた。

「……お腹が空いているんですよね」
「う、うん。そうです。あんまりしたくないから、今はぺこぺこなの……」
「そうでしょうね。貴女、サキュバスというにはおぼこいですし。だからなんというか……少し不安なのですよ、壊してしまいそうで」
「ええと……そんなに酷くするの……? 痛いのは、ちょっとだけやだ……」

こんなに美しい顔をしておいて、実は猟奇殺人鬼とか、殴ったりけったりするのが好きとか、そういう人なんだろうか。

私が内心少し怯えていると、彼は困ったように笑って私の頬を撫でた。

優しく、触れるだけのキスをされる。こんなの食事にすらならないような、人間だけが好む無意味な行為だ。なのに何故だか、顔が熱くてたまらない。

「ふふ、まるで私がインキュバスになった気分です。……どうしても、セックスでなくては駄目ですか? 貴女を汚したくないのですが」
「…………精液さえもらえたら……良いけど、そんなに私って魅力がない? やっぱり、もっと胸が大きくて、スタイルの良いひとじゃないと駄目なのかなぁ」

彼に遠回しに断られたのが、何となくいやだった。傷付けられるプライドなどはないけれど、でも、何かがショックだったのだ。それが何ものなのかはわからないのだけれど。

彼は優しく私の頭を撫でる。頭を撫でる人は沢山いるけれど、彼の手つきはまるで幼子に対する母親のそれのようだ。

「いいえ、駄目じゃありませんよ。貴女があんまり魅力的なので、恐れ多くて手を出せないのです」
「……ふふ、変なの」

私がくすくす笑うと、彼は笑ってもう一度優しいキスをしてくれた。いつの間にか縄は解かれていて、彼はのそりと身体を起こし私から離れる。

「貴女、サキュバスのくせに天使さまみたいですねえ」
「天使さま?」
「ええ。汚したくなります」
「……さっきは恐れ多いなんて言っていたのに」

彼の言うことがいまいちわからなくて、つい首を傾げる。私はベッドに寝転んだまま、起き上がらずに彼を見つめた。ベッドの縁に座る彼は、くすくす笑って私を見下ろしている。

「やってはいけないことほど、したくなるものですよ。綺麗なものは汚してはならないから、かえって汚したくなるのです」
「ううん……お兄さんの言うことって、なんだか難しい」
「貴女はわからなくていいんですよ。そのまま、無垢なままでいてください」

彼の手が私の方へ伸びてきて、額にかかる髪を優しくどける。そのまま頬を指の背で撫でられ、彼の顔が近付いた。

「そうしていつか、私に汚させてくださいね」

影の差す彼の瞳は、まるで悪魔のように妖しく光っていた。

ああきっと、食べられるのは私のほうなのだろう。それでも何故か、心臓は嬉しそうに高鳴っていた。