広いベッドで、彼女はすやすやと穏やかな眠りについている。その寝顔をジッと見つめ、頬にかかる髪を指の背でそっと横へ流す。そのまま優しく頭を撫でてやると、彼女が微かに身動ぎした。

「……?」

 長い睫毛が震えて、とろけたままの目が私を映す。彼女は何も言わず、ただ私をぼんやり見つめた。眠そうな顔が可愛らしくて、つい笑ってしまう。

「おはよう。……よく眠れた?」

 私がそう訊ねると、彼女は少し寂しそうに目を伏せたあと、小さく掠れた声を出した。

「ううん……怖い夢を見たの」
「……どんな夢だったの?」

滑らかな頬に手を添えると、彼女は少し冷たい手を私の手に重ねる。それから目を閉じて、自分を落ち着かさせるように深呼吸をした。

 「何にも、出来なくなる夢。歌も、全然歌えなくなっちゃうの」

重ねた手のひらが、微かに震えている。不安げに、彼女の瞳が私を見上げた。縋り付くような視線に胸を打たれて、そっとその唇にキスをする。

「……凪砂くん」
「なあに」
「もし、私がなんにもできなくなったらね……」

 彼女は一度言葉を途切れさせ、下唇を噛みしめた。

「……どうかその手で、殺してほしいの」

彼女の手が、言葉とは裏腹に優しく私の手の甲を撫でる。どきりと心臓が締め付けられる。どうして彼女がそんなことを懇願するのか、私にはわからなかった。

 「どうして? 私、そんなことしたくないよ」
「だって、私と凪砂くんがこうしてそばにいられるのは、私に価値があるからでしょう。それがなくなったら、きっと貴方のそばにいられない。……凪砂くんのそばにいられないなら、いっそ、殺してほしいの」

真っ直ぐな眼差しに、ごくりと生唾を呑み込む。それでも寂しげに滲む瞳を前にして、そんなお願いを承諾することなどできなかった。

「……私がきみといるのは、きみが有能だからじゃないよ。きみがただ、私のそばで幸せそうに笑っていてくれたら、私はそれだけでいいんだ。……信じてもらえない?」

 彼女の上に覆い被さるようにすると、ベッドがギシリと軋む。彼女は、やはり不安げに押し黙っている。

「愛してるよ、なまえ。たとえ、きみがなんにもできなくなっても、きみがきみであるかぎり」
「でも……私が私を見失ってしまうのがこわいの」
「大丈夫だよ。なくしたときは一緒に探しに行こう、ふたりで」
「……うん」

柔く食むようにキスをすると、彼女はようやく微笑んでくれた。可愛らしい瞳には微かに涙が滲んでいる。宝石のようにきらめく小さな粒は、白い肌に消えてしまった。

 胸をうずまく愛おしさが、歯がゆさとなって身を焦がす。どうか、恐ろしい夢など忘れ去って。私がきみを手放すなんてこと、万が一にもありえないのだから。

どうか私を信じて、私のそばで幸福な夢を見ていて。