「……おはようございま……あれ?」

今日も楽しい部活の時間だ、と演劇部部室のドアを開ける。開けたはいいものの、普段毎日のように部室で待ち構えている部長がいない。そろそろドリフェスがあるらしいし、ユニットの活動でもしているのだろうか。

北斗くんも友也くんもいない。物がごった返す部室は、いつもはありえないほど喧しいのに、今はシンと静まり返っている。仕方ないので一人で次の脚本の構想を練ろうと、ソファに腰かけペンとノートを取り出した。

「…………北斗くんは王子さまで……部長に女装してほしいから……でも友也くんのお姫さまも見たいし……登場人物は…………」

独り言をぶつぶつ呟きながら、思いつくネタをとにかく乱雑に書き出してみる。途中から何だか気分がノッてきて、一人なのをいいことに歌を歌いながらメモをしていた。

「……愛はなんてAmazing♪ ふんふん……♪」

勝手に歌いやすいキーにして、部長のソロ曲を歌う。個人的にはValkyrieの影片みかくんのソロ曲が一番好きだけど、部長のはまた別の良さがある。……というか、好きな人の歌う曲が嫌いなはずがない。

「ふんふーん……♪ 世界を……」
「今日も彩りましょう! Surprise☆」
「うひゃあ!?」

ノートにメモをしながら鼻歌を歌っていると、突然部長が上から降ってきた。しかも、私の鼻歌の続きを歌いながら。まさにサプライズという感じだけど、驚きすぎてノートもペンもひっくり返して落としてしまった。

それなのに部長はいつもに増して嬉しそうな満面の笑みを浮かべている。

「ふふ、私の歌がお気に入りですか? まさか貴女が覚えてくれているとは! ああっ嬉しさでバラが飛び出てしまいます……☆」

言葉のとおりポンポンとどこからかバラを出して、彼はその場でくるくる回る。元気なひとだなぁと思いながら、驚きで逸る鼓動を深呼吸で落ち着かせた。

「いつからいたんですか? ……恥ずかしいです」
「何を恥ずかしがることがあるのでしょう! こんなに嬉しいのは初めてです、Amazing☆ ちなみに貴女がおはようございますと言って入ってきたときからいましたよ!」
「初めからじゃないですか! えっどこにいたの……!?」

本当に計り知れないなあ、と思いながら顔を熱くしていると、彼はピタリと止まって私にバラを一輪差し出した。すぐ目の前で、整った綺麗な顔が微笑んでいる。どき、とまるで心臓を鷲掴みにされたみたいに、呼吸ができなくなる。

「ふふ、バラのような貴女には私の歌がよくお似合いですよ」

彼があんまり嬉しそうにそう言うものだから、つい、緊張に指先を震わせながら声を絞り出した。何とか言葉を選んで、彼から視線を逸らす。

「……歌だけ、ですか……」

ほんの一瞬彼を見ると、彼は鳩が豆鉄砲でも喰らったみたいな顔をしていた。それからなんだか悲しいような嬉しいようなちぐはぐな表情を浮かべる。

「ええと、それは……」
「あっ、いや、だからその……ほら! ぶ、部長みたいに長い髪とか、部長みたいに器用な手品とか……私には似合わないですよね……?」

本当に言いたいことから逃げようと言葉を探すと、部長は真剣な顔になって、私の肩を掴んだ。

「自分から言い出しておいて、逃げないでください。……でも、貴女には私がお似合いですだなんて……言っていいのでしょうか」
「高望みだとはわかってますけど……言ってほしいです、見合うように頑張りますから」

少し寂しげな顔をした彼に強くそう言いきると、彼は安心したようにふわりと微笑んだ。また心臓が苦しくなる。もしかしたら今日、死んでしまうのかもしれない。

「奇遇ですね、私も貴女のそばにいるために頑張ろうと思いますよ。案外、本当にお似合いかもしれませんねぇ」
「……かもじゃないです」
「おっと、そうでしたね。これは失礼しました。お詫びと言ってはなんですが、」

彼の手がさらりと私の横髪を耳にかけ、一瞬、触れるだけのキスをする。唇に柔らかいものが触れて、目を閉じる間も与えられないまま、キスをされてしまった。

「許していただけますか?」
「……まだ、足りないです」
「おやおや、欲張りさんですねぇ」

彼がやさしく私の頭を撫でる。張り裂けそうな心臓の音がちっとも治まらない。

──ああやっぱり私、今日死んでしまうんだ。それでも全然、構わないのだけれど。