言葉はいらない
*さらっと演劇部所属夢主です
吐く言葉は全て、芸術になる。見たもの、感じたもの、私の網膜を通して感ぜられる私の世界はすべて言葉に形を変えて、そうしてさまざまな物語へまた変容していく。
どうしてそんなことができるの、とか、どこからそんな発想が出てくるのか、とか。そんなことを問われても私にだってわからない。ただ、あるがままを何度も何度も伝えようとしていたら、こんなふうになってしまっただけだ。
でも他人にそれを「才能だ」と言われるたび、それは私の当たり前ではなくなった。言葉は、文章は、物語は、そのまま私の価値になった。こんなに素晴らしいものを紡ぐあなたは価値がある、だなんて、知らず知らずのうちにそんな評価を受け入れていたのだ。
「……今日も、来ないのですか」
下校時間、こそこそと学院を出ようとすると、突然後ろから呼び止められた。びくりと肩を揺らし、振り返る。そこには見慣れた男が突っ立っている。
ふい、と目を逸らして、下唇を噛み締める。情けなさがどろりと溶けだすように、喉の奥が熱くなった。
「ごめんなさい」
「謝らないでください。わけを聞きたいだけなのです。……私に呆れましたか、愛想がつきましたか」
「違います、貴方は……ちがうの、ただ、」
周囲の生徒の視線を集めていることに気付き、途端に頭がごちゃごちゃに掻き回されてしまう。目の前で傷付いたような顔をしている彼を見て、咄嗟にその場から逃げ出す。
彼、日々樹渉という人物もまた、天才と呼ばれる部類の人間だ。だから、私の言葉を彼に完成させてほしかった。そう願って、わざわざ何とかして演劇部に入り彼に脚本を見せたのだ。
彼を見ていると、次々に言葉が浮かんできた。風に揺られる長い髪だけで一作書けてしまいそうなほど、彼といると楽しくて、頭が冴えて、幸せになれた。
彼を言葉にすればするほど、自分の胸の内が自分の言葉によって暴かれた。彼のことが、どうしようもないほど好きだった。そう気付いてしまうと途端に言葉が出てこなくなったのだ。
「次の脚本は書けそうですか? 私、貴女の脚本が本当に楽しみなのです」
彼は無邪気に笑ってみせる。彼はきっと、純粋に脚本を欲しているのだ。私はそのためだけにいるのだから当然だ。私の価値はそれだけなのだから当然のはずだ。
「……ご、ごめんなさい、もう少し待って……」
もう少しは大幅に延び、結局彼への心を自覚して以来私はちっとも脚本を書けないでいる。部活にも顔を出さなくなって、北斗くんや友也くんにまで心配をかけてしまっている。
書けないのなら、あの場所にいる資格もないというのに。どうして私の頭はこんなにも愚図なのだろう。彼のそばにいたいのなら書けばいいのに、どうしてそれができないの。
「待ってください!」
学院を出てしばらくしたところで、がし、と腕を掴まれる。振りほどくことも出来ず、また彼を振り向いてしまった。水色の髪が風に靡いて、ひらりと蝶の羽ばたきのように太陽の光を透かした。ああ、目が離せなくなる。
「逃げないでください、貴女にまで飽きられてしまったら、私……っ」
くしゃり、と端正な顔が歪められる。彼のその表情を見た途端、心臓が握り潰されてしまったみたいに苦しくなって、呼吸が出来なくなった。ただ、顔を赤くして真っ白な頭の中で言葉を探すことしかできなくなる。
「……飽きるなんて、そんな……」
「なら何故逃げるんです? 私が嫌いになったのではないなら、どうして」
「嫌いになんかなりません、飽きられるのは私のほうです」
つい、声を荒らげてしまった。声が震える。喉奥の熱さは目元までのぼってきて、ぼろぼろと涙が溢れてきた止まらなくなった。
「書けないんです、どんなに言葉にしようとしても出てこないの、私、書けないなら貴方のそばにいられないのに」
俯いて顔を手で覆って、みっともなく嗚咽を漏らしてしまう。彼は強く掴んでいた私の手を離すと、そっと私の顔を上向かせようとする。優しい手を拒むと、今度は頭を撫でられてしまった。
「良いですよ。書けなくたって」
「……え、」
驚いて顔を上げると、彼は真剣な顔で私を真っ直ぐ見つめていた。澄んだ瞳には馬鹿な顔をした私がうつっている。
「良いんです。……貴女の言葉も脚本も、愛していますよ。でも、それだけが貴女ではないでしょう。焦らなくっていいんです。ただ、私のそばで笑って、自由に幸福でいてくれさえすれば……私はそれだけで良いんですよ」
「……日々樹先輩」
「私、貴女と会えなくなってしまって、凄く不安だったんです。……私には、貴女に飽きられてしまうことが何より恐ろしいのです。貴女が私に見捨てられるのを恐れたのと同じように」
彼の大きな手が、恐る恐る私の頬に触れる。親指の腹でそっと涙を拭うと、彼は少し寂しそうに眉を寄せた。
「資格なんていりません。どうか、そばにいてくれませんか」
「……良いんですか、本当に。そんな……わがままを言っても」
「わがままは私のほうですよ」
「ずるい、そんなの、もう離れられなくなっちゃうじゃないですか」
また、熱い涙が頬を濡らす。私の頬に添えられた彼の手にも涙がこぼれた。彼はそんな私を見て、やっと口もとを緩ませ嬉しそうに笑う。それから少し身をかがめると、私の額に自身の額をくっつけた。
「えぇ、えぇ。もう離れないでください」
もう言葉なんか出てくるはずもなくて、泣きじゃくる私を彼は優しく抱き締めた。
価値も資格もないまっさらな場所で、ただ貴方のとなりで笑っていたい。それだけのことが、どうしてこんなに難しいのだろう。
言葉にならなくて苦しむくらいならいっそ、私たちみんな、言葉なんて失ってしまえばいいのに。
吐く言葉は全て、芸術になる。見たもの、感じたもの、私の網膜を通して感ぜられる私の世界はすべて言葉に形を変えて、そうしてさまざまな物語へまた変容していく。
どうしてそんなことができるの、とか、どこからそんな発想が出てくるのか、とか。そんなことを問われても私にだってわからない。ただ、あるがままを何度も何度も伝えようとしていたら、こんなふうになってしまっただけだ。
でも他人にそれを「才能だ」と言われるたび、それは私の当たり前ではなくなった。言葉は、文章は、物語は、そのまま私の価値になった。こんなに素晴らしいものを紡ぐあなたは価値がある、だなんて、知らず知らずのうちにそんな評価を受け入れていたのだ。
「……今日も、来ないのですか」
下校時間、こそこそと学院を出ようとすると、突然後ろから呼び止められた。びくりと肩を揺らし、振り返る。そこには見慣れた男が突っ立っている。
ふい、と目を逸らして、下唇を噛み締める。情けなさがどろりと溶けだすように、喉の奥が熱くなった。
「ごめんなさい」
「謝らないでください。わけを聞きたいだけなのです。……私に呆れましたか、愛想がつきましたか」
「違います、貴方は……ちがうの、ただ、」
周囲の生徒の視線を集めていることに気付き、途端に頭がごちゃごちゃに掻き回されてしまう。目の前で傷付いたような顔をしている彼を見て、咄嗟にその場から逃げ出す。
彼、日々樹渉という人物もまた、天才と呼ばれる部類の人間だ。だから、私の言葉を彼に完成させてほしかった。そう願って、わざわざ何とかして演劇部に入り彼に脚本を見せたのだ。
彼を見ていると、次々に言葉が浮かんできた。風に揺られる長い髪だけで一作書けてしまいそうなほど、彼といると楽しくて、頭が冴えて、幸せになれた。
彼を言葉にすればするほど、自分の胸の内が自分の言葉によって暴かれた。彼のことが、どうしようもないほど好きだった。そう気付いてしまうと途端に言葉が出てこなくなったのだ。
「次の脚本は書けそうですか? 私、貴女の脚本が本当に楽しみなのです」
彼は無邪気に笑ってみせる。彼はきっと、純粋に脚本を欲しているのだ。私はそのためだけにいるのだから当然だ。私の価値はそれだけなのだから当然のはずだ。
「……ご、ごめんなさい、もう少し待って……」
もう少しは大幅に延び、結局彼への心を自覚して以来私はちっとも脚本を書けないでいる。部活にも顔を出さなくなって、北斗くんや友也くんにまで心配をかけてしまっている。
書けないのなら、あの場所にいる資格もないというのに。どうして私の頭はこんなにも愚図なのだろう。彼のそばにいたいのなら書けばいいのに、どうしてそれができないの。
「待ってください!」
学院を出てしばらくしたところで、がし、と腕を掴まれる。振りほどくことも出来ず、また彼を振り向いてしまった。水色の髪が風に靡いて、ひらりと蝶の羽ばたきのように太陽の光を透かした。ああ、目が離せなくなる。
「逃げないでください、貴女にまで飽きられてしまったら、私……っ」
くしゃり、と端正な顔が歪められる。彼のその表情を見た途端、心臓が握り潰されてしまったみたいに苦しくなって、呼吸が出来なくなった。ただ、顔を赤くして真っ白な頭の中で言葉を探すことしかできなくなる。
「……飽きるなんて、そんな……」
「なら何故逃げるんです? 私が嫌いになったのではないなら、どうして」
「嫌いになんかなりません、飽きられるのは私のほうです」
つい、声を荒らげてしまった。声が震える。喉奥の熱さは目元までのぼってきて、ぼろぼろと涙が溢れてきた止まらなくなった。
「書けないんです、どんなに言葉にしようとしても出てこないの、私、書けないなら貴方のそばにいられないのに」
俯いて顔を手で覆って、みっともなく嗚咽を漏らしてしまう。彼は強く掴んでいた私の手を離すと、そっと私の顔を上向かせようとする。優しい手を拒むと、今度は頭を撫でられてしまった。
「良いですよ。書けなくたって」
「……え、」
驚いて顔を上げると、彼は真剣な顔で私を真っ直ぐ見つめていた。澄んだ瞳には馬鹿な顔をした私がうつっている。
「良いんです。……貴女の言葉も脚本も、愛していますよ。でも、それだけが貴女ではないでしょう。焦らなくっていいんです。ただ、私のそばで笑って、自由に幸福でいてくれさえすれば……私はそれだけで良いんですよ」
「……日々樹先輩」
「私、貴女と会えなくなってしまって、凄く不安だったんです。……私には、貴女に飽きられてしまうことが何より恐ろしいのです。貴女が私に見捨てられるのを恐れたのと同じように」
彼の大きな手が、恐る恐る私の頬に触れる。親指の腹でそっと涙を拭うと、彼は少し寂しそうに眉を寄せた。
「資格なんていりません。どうか、そばにいてくれませんか」
「……良いんですか、本当に。そんな……わがままを言っても」
「わがままは私のほうですよ」
「ずるい、そんなの、もう離れられなくなっちゃうじゃないですか」
また、熱い涙が頬を濡らす。私の頬に添えられた彼の手にも涙がこぼれた。彼はそんな私を見て、やっと口もとを緩ませ嬉しそうに笑う。それから少し身をかがめると、私の額に自身の額をくっつけた。
「えぇ、えぇ。もう離れないでください」
もう言葉なんか出てくるはずもなくて、泣きじゃくる私を彼は優しく抱き締めた。
価値も資格もないまっさらな場所で、ただ貴方のとなりで笑っていたい。それだけのことが、どうしてこんなに難しいのだろう。
言葉にならなくて苦しむくらいならいっそ、私たちみんな、言葉なんて失ってしまえばいいのに。