「英智さんにお願いがあるの」

ある日の真夜中に、彼女はなんの前触れもなく話を切り出した。

ベッドの上に座っている彼女に寄り添い、その黒髪をそっと撫でてやる。彼女は、何を考えているのかいまいち読み取れない真剣な表情で、じっと僕を見つめていた。

「どうしたのかな」
「……これから言うことは、誰にも言わないでいてほしいの」
「それは別に構わないけれど……なにか、相談事?」
「ううん。あのね……」

彼女が身を乗り出して、僕の耳もとにそっとくちびるを寄せる。こそ、と彼女の甘い声が静かに囁いた。

「私、英智さんに──殺してほしいの」

突然発せられた物騒な言葉に、つい退き距離を取ってしまう。彼女はやや不安げな顔で僕を見る。

「それは……どうして?」
「…………英智さんより、先に死にたいの」

彼女の言いにくそうな声に、何となく、彼女の言わんとすることが理解出来た。

つい先日も、ライブ後に数週間入院するはめになってしまった。きっと僕の身体が弱いから、僕が彼女をおいて逝ってしまうのではないかと不安に思ったのだろう。

「やっぱり、不安にさせてしまっているのかな。ごめんね」
「ううん、英智さん、ちがうの。……皆そうなのよ、わかっていないで慢心しているだけで、誰がいつ死んでしまうかなんてわからないでしょう? ただ、貴方を失うのが怖いだけなの、英智さんは何にも悪くないの」

拙い言葉でそう語る彼女は、眉をハの字にして憂鬱そうに睫毛を伏せていた。短く息を吐いて、彼女の頬に手を伸ばす。優しく肌に触れると、柔らかな温もりが手のひらに伝わった。

「僕も、きみを失うのは怖いよ」
「……ごめんなさい、そうだよね、英智さんだって…………」
「でも、どうしてもきみが望むなら、殺してあげてもいい。ただし条件があるんだ」
「条件?」

うん、と頷いて彼女の身体を抱き寄せる。細い身体を抱きしめると、心臓の鼓動が微かに聞こえてきた。柔らかくて、あたたかくて、心地いい。

「きみを殺したらすぐ、僕も死ぬ。だから、きみが殺してほしいと僕に頼むときは、きみが僕のことを死んでもいいと思った時にしてほしいんだ」
「……そんなの、」
「ふふ。ずるいかな? でも僕だって、きみがいない世界を一分たりとも生き永らえたくないからね」

ぎゅう、と力いっぱい彼女を抱き締めると、彼女はそっと僕の背中に腕を回した。それから僕の肩に顔をうずめて、もぞもぞと言葉を発する。

「なら、きっと私が言う日は来ません」
「うん、それがいいよ。生まれてきたからには人生を謳歌しなくちゃ」
「でも……英智さんが私を殺す前に死んだら、私もきっと後を追いますからね」
「おや、それならずっと死ねないね」

ずっと死なないなんて無理な話だ。こんな脆い体なら尚更。それでも、生きているうちは夢を見ていたい。

こうして脆い体を寄せあって、このままこんな幸福が永遠に続くだなんて錯覚をしていたい。きみにも、同じように滑稽な夢を見てほしい。

──そうして、いつか夢から覚める日がくれば、ふたりで一緒に死んでしまおうね。