──もうずっと、不毛な恋をしている。

「今夜、空いてますか」

彼女に送ったメッセージは、翌日の朝になってようやく読まれた。

「ごめんごめん、昨晩は約束があったから」
「今夜なら別に大丈夫だけど」
「ホテル代ないけどいいなら時間教えてね」

「今夜」を大幅に過ぎてから、おおよそそんなふうな返事が返ってきた。彼女とはいわゆるセックスフレンド、恋人にはなれないし、会ってセックス以外にすることなんてない。

彼女の相変わらずの態度に苛立ちながらも、バカ正直に時間と場所を連絡してしまう。

正直どう足掻いても、「詰み」だ。仕事の関係でたまたま知り合った彼女に一目惚れなんていうクソみたいなことをして、自分のものにするために、最悪な手段を選んでしまった。

そして運の悪いことに、彼女は貞操観念の緩いひとだった。そのままセフレという関係を始めてしまって、やっと自分が戦略を間違えていたことに気づいたのだ。

「はあ…………クソ、」

彼女は俺を都合のいい男としか見ていない。財布や足と思われていないだけまだマシだが、彼女の目がうつしているのは俺であって俺じゃない。

が、だからと言って愚直に好意を伝えるわけにもいかない。恐らく、面倒な男と思われて連絡先を削除されるだろうし会えなくなる。

ただ皮肉にも、身体を繋げているときだけはお互いに、うわ言のように「好き」と言えるのだ。自分の思い通りにならないことも、自分の行動が裏目に出てしまった現状も、心底腹が立つ。




仕事を終えて、約束の三十分ほど前には待ち合わせ場所に着いた。どうせまだいないだろうと思っていたのに、待ち合わせの公園には、彼女がひとりで佇んでいた。毛先をくるくると軽く巻いたまま、暑いのか珍しくポニーテールにしている。

彼女はぼうっと人通りの多い駅前を見つめたあと、不意に俺を見つけてふわりと笑った。

「茨、早いね」
「……貴女こそ。てっきり、時間ギリギリに来るのかと」

彼女の腰掛けるベンチに腰を下ろすと、彼女はくすくす笑いながら俺の手に自分の手を重ねた。

「なんでそう思うの?」
「貴女は、自分と会うのを別段楽しみにしていないでしょう?」
「貴女は……って、変なの。茨はすごく楽しみで、こんなに早く来たってこと?」
「……」

別に、いつもみたいに褒め殺してやったっていい。でもなぜだか、それをしたくないと思ってしまうのだ。

俺が黙って彼女を睨むと、彼女はにやにや笑いながら、恋人のように俺の頬に触れた。熱い手のひらが柔く頬を包んで、そのまま食むようなキスをされる。

「私は、茨に会うの楽しみだったよ?」
「……酔ってます?」
「あはは、素面だよ。茨ってめんどくさくないし、顔も良いし、最高のセフレだよね!」
「…………それは光栄です」

どうせそんなことだろうと思った、と俺が溜め息をつくと、彼女はやはり上機嫌そうに笑いながら俺の顔を覗き込んだ。

「でも、ううん、だから……別にいいよ? 茨が他の関係のほうがいいって言うなら」
「は、」

思わず間抜けな顔で彼女のほうを見てしまった。こんな反応をしてしまっては、とぼけることもできない。彼女は柔らかな頬をほんのり赤くして、その瞳にジッと俺だけをうつしていた。

「……この…………、はあ〜〜……ほんっと、あんたってさ…………」
「あ、素の茨だ。珍しい」
「うるせぇ……いつから気付いてたんです?」
「初めて茨が声掛けてきたときから、なんとなく」

頭を抱えて長く息を吐く。まるで彼女の手のひらの上で転がされていたみたいで、かなり癇に障る。

それにしても、彼女が俺の好意に気付いたままこの関係を受容していたというのは、かなり衝撃だった。そしてそれ上回って、先程の彼女の「別の関係になってもいい」という発言が俺の頭を完全に支配してしまっていた。

「……ええ、たいへん癪ですが、好きですよ」

自分の赤裸々な本心を白状させられ、柄にもなく顔が熱くなる。彼女は楽しそうにくすくす笑って、また、俺の顔を覗き込む。

「ふふ、嬉しい。ありがとね」
「私も好きとか言えないんですか? 可愛くないですね」
「でも好きなんでしょ?」
「……うぜぇ」

心底腹が立つのに、彼女が無邪気に笑っているのを見ると、途端に全部が馬鹿らしくなってくる。

さっきは「詰み」だなんて言ったけれど、きっと彼女に一目惚れしてしまったときから、俺の負けなんか決まっていたんだろう。惚れた方が負けなんて、認めたくないけれど。