*オメガバースです



「……いま、なんて……?」

ベッドの中、彼は優しく私の横髪を耳にかける。ぶっきらぼうな声で、彼はさっき言った台詞をもう一度繰り返した。

「結婚しませんか」
「……本気?」
「流石に冗談でこんなこと、言いませんよ」
「でも……私、ベータだよ」

私がそう言うと、彼は眉を寄せて眉間にしわをつくる。いつもは眼鏡越しの瞳が、今は何ものにも阻まれず私を射抜いていた。

「そうですね、それで自分はアルファです。……大方、所謂運命の番と言われるものに怯えているのでしょうけど……」

茨の手が私の頬に触れる。アルファとオメガには「運命の番」と言われる存在がいると言われていた。都市伝説めいた話だけれど、遺伝子研究をしてみると、特定のアルファやオメガに対して過剰に反応をすることがわかったらしい。

「……それが理由で断るっていうなら、去勢しますよ」
「きょ……っ、え、なに」

とんでもないことを言い出した茨を見ると、茨は真剣な眼差しを私に向けた。

「あんたが俺のものになるなら、それだけでいい。まあそうなると子供も作れませんが……自分はそれでもいいですよ。貴女さえそばに居てくれたら」
「…………なにそれ……」

言葉を声にするのとほとんど同時に、涙が溢れてきた。喉の奥が熱くなって、くしゃりと顔が歪む。茨はほんの少し笑って、私の目元を撫でた。

「で、どうしますか」
「……する。したい、です…………茨と一緒にいたい……」
「はい、わかりました。じゃ、諸々の書類はこちらで準備しておきますから」

事務的な対応だなあ、と涙を拭って茨を見つめる。茨は今までに見たことがないくらい幸せそうな顔で、優しく微笑みを浮かべていた。

「……狡い、好き……」
「えぇ、知ってます。自分もですよ」

運命じゃないかもしれない。釣り合ってないかもしれない。それでも、茨がこんなに嬉しそうに笑うから、とてもじゃないけれど離れるなんてしたくないのだ。

何より目の前の温かさのほうが、運命なんて不確かなものよりもずっと確かで、ずっと愛おしい。だからきっと、ただ、茨が私のそばにいてくれるということだけで良いのだろう。