毎晩毎晩、幼い頃からずっと、同じ悪夢を見ている。

暗く異臭のする狭い部屋の中で、幼い私は鎖に繋がれていて……熱い、大きくて不気味な手が、私の肌を百足のように這いずり回るのだ。

私のちいさな身体は骨の髄まで食い散らされ、いつも恐怖の果てに目が覚める。

これは私が十歳の頃に誘拐され、性的暴行を受けたときの記憶だ。あれ以来他人が怖くてたまらない。とりわけ「男」というものが、何より恐ろしくおぞましい。でも、彼は、彼だけは。



「ご機嫌よう! 今日も会いに来てくださったのですね?」
「……むしろ、あなたが会いに来ている気がするんだけど……今日も綺麗ね、日々樹さん」

彼と会うのはいつも、人気もなく寂れた夕暮れの公園だ。決まって彼は女装をしてやって来る。180センチもあるのに、なぜだか彼は誰より女性らしく、美しい。

「お褒めに与り光栄です! さぁさぁ、早速今日もレッスンを始めようではありませんか!」
「うん。……よろしくお願いします」

ベンチで隣同士座りあって、視線を交わす。綺麗にお化粧をした端正な顔立ちは、よく見ると女性ではない。そっと震える指先を彼に向けて、喉元を隠す襟のボタンを外した。

「……っ、ごめんなさい、やっぱり」

彼の喉は私より幾分か太く、中央には喉仏がある。それがあまりに男らしくて、つい恐怖のあまり手を退けた。が、大きな手で手首を掴まれた。

「大丈夫よ、私を見て」
「う……、ん……」

視界いっぱいに彼の美しい瞳の色が広がる。細く柔らかな声音で、彼は私を宥めた。

「……ありがとう、大丈夫……」
「繰り返し言いますけれど、辛いのならやめても良いのですよ。……それと、私は絶対に貴女を害したりしませんから……」

触れた手が、優しく私を包む。私より大きくて、少し骨ばった手。どうしたって指は震えるけれど、彼の瞳を見れば安心出来る。

「……日々樹さん」
「はい。何でしょう」
「私……日々樹さんが私を傷付けたりしないのなんてわかっているはずなのに、それでも……怖いんです。毎晩夢に出てくる、あの恐ろしい影がずっと脳裏にこびりついていて……」

ぼろぼろと涙が溢れてくる。彼はそっと私の涙をぬぐって、そのまま私の目元を手で覆った。その瞬間、唇に柔らかい感触がした。

「…………私のキスで、貴女の呪いが解けたら良いのですが」
「日々樹さん……」
「愛していますよ。貴女が望むなら、一生女性を演じ続けてもいいと思うほど」

彼の柔らかな声が、穏やかにそう囁く。やがて視界を覆う手が退けられると、彼は襟を正して微笑んでいた。

「ううん。私もあなたをそのまま愛したいから……ちゃんと、触れさせて」

彼を見つめたまま、今度は私から、一瞬触れるだけのキスをする。

私だって、あなたの愛に誠実になりたい。いつか私の全てを奪い去って、甘いキスで悪夢から目覚めさせてほしいのだ。今はまだ、少しだけ恐ろしいままだけれど。