月の下で
「……」
かくん、と意識を失いかけてはまた取り戻し、またかくんと頭を揺らす。ガタゴトゆれる電車の中、何度も船を漕ぎ、ぼうっと意識が溶けていく。
そして、はっ、と意識を取り戻したときには、自分の最寄り駅を大幅に過ぎてしまっていた。慌てて時間と駅を確認するが、この電車は終電だったのだ。
今更下りて自分の最寄り駅までは戻れない。しかし、幸い次が恋人の最寄り駅だったので、そこで下りてもし都合が合うなら泊まらせてもらおう、と溜め息をついた。
とはいえ彼――凪砂くんは今をときめく人気アイドルだし、そもそもまだ帰っていないとか、帰っていても疲れ果てて眠っていることだって考えられる。そうなれば、明日は休みだしネカフェにでも泊まればいい。
駅を出て彼に連絡をしてみるけれど、返信はない。まだ仕事なのか寝ているのか……とにかく、潔く諦めてネカフェに行こう、と踵を返したときだった。
「わっ、」
「きゃ……!?」
ぼふ、と硬めの胸板に思い切りぶつかってしまった。顔をあげると、凪砂くんが微かに口もとを弛ませて微笑んでいる。眠たすぎて夢でも見ているのかと、言葉を失う。
「……こんばんは。こんな夜遅くまで仕事だったの?」
「あ、うん……。凪砂くんはどうしてこんなところに……?」
「うん、何だか眠れなくて……それに夜風が涼しくて心地良かったから、少し散歩してたんだ。……もしかして、私になにか用だった?」
穏やかな声音があんまり愛おしくて、つい、ほとんど衝動的に彼に抱きついてしまった。彼は子どもをあやすように私の頭を撫でる。
「お疲れさま」
「…………うん、ありがと……」
暫く身を寄せあってから、少し身体を離して彼を見上げた。神さまみたいに優しく、彼は私を受け入れて微笑んでくれる。それが何より嬉しくて、胸の奥がくすぐったくなる。
改めて電車で眠ってしまったことと、もし良ければ止まらせて欲しいことを伝えると、凪砂くんはすんなり承諾してくれた。二人で手を繋ぎ、人のいない夜道を歩く。満月が明るくて、星はひとつだって見えない。
凪砂くんを見ると、銀髪が月の光を浴びてきらきらとひかっているように見えた。
「ふふ、いま私、夢みたいに幸せ」
そう笑って、握った手にぎゅっと力を込める。すると凪砂くんはまた優しく微笑んで、手を握り直した。
「うん、私も。一緒に同じ家に帰るのは、こんなに幸福なことなんだね」
そうだね、と答えて頬を弛めていると、彼がふと立ち止まり、月を見上げた。私が凪砂くんのほうを見るのとほとんど同時に、凪砂くんは月から私へ視線を移す。
「……一緒に住もうか」
「え……」
「なまえさえ良ければ。……どうかな」
彼の真剣な瞳に、間抜けな顔をした私が映っている。どく、どく、と心臓が早くなる。眠かったはずの目は冴えて、じわりと涙が滲んできた。
「凪砂くん、私……嬉しい、私も一緒にいたい」
ぽたり、涙がひと粒、零れる。彼の暖かな指先がそれを拭って、月明かりの下、二人っきりの夜道でキスをした。間近で見る凪砂くんは、やっぱり月光を湛えてきらきらと輝いていた。
「……愛してるよ、ずっと傍にいよう」
「うん、一緒にいる……」
彼の言うことが、同棲をしたいということなのか、はたまたもういっそ結婚しようということなのか、明確ではない。
けれど今は、彼と同じ幸福を共有していることだけが、何よりも嬉しかったのだ。
かくん、と意識を失いかけてはまた取り戻し、またかくんと頭を揺らす。ガタゴトゆれる電車の中、何度も船を漕ぎ、ぼうっと意識が溶けていく。
そして、はっ、と意識を取り戻したときには、自分の最寄り駅を大幅に過ぎてしまっていた。慌てて時間と駅を確認するが、この電車は終電だったのだ。
今更下りて自分の最寄り駅までは戻れない。しかし、幸い次が恋人の最寄り駅だったので、そこで下りてもし都合が合うなら泊まらせてもらおう、と溜め息をついた。
とはいえ彼――凪砂くんは今をときめく人気アイドルだし、そもそもまだ帰っていないとか、帰っていても疲れ果てて眠っていることだって考えられる。そうなれば、明日は休みだしネカフェにでも泊まればいい。
駅を出て彼に連絡をしてみるけれど、返信はない。まだ仕事なのか寝ているのか……とにかく、潔く諦めてネカフェに行こう、と踵を返したときだった。
「わっ、」
「きゃ……!?」
ぼふ、と硬めの胸板に思い切りぶつかってしまった。顔をあげると、凪砂くんが微かに口もとを弛ませて微笑んでいる。眠たすぎて夢でも見ているのかと、言葉を失う。
「……こんばんは。こんな夜遅くまで仕事だったの?」
「あ、うん……。凪砂くんはどうしてこんなところに……?」
「うん、何だか眠れなくて……それに夜風が涼しくて心地良かったから、少し散歩してたんだ。……もしかして、私になにか用だった?」
穏やかな声音があんまり愛おしくて、つい、ほとんど衝動的に彼に抱きついてしまった。彼は子どもをあやすように私の頭を撫でる。
「お疲れさま」
「…………うん、ありがと……」
暫く身を寄せあってから、少し身体を離して彼を見上げた。神さまみたいに優しく、彼は私を受け入れて微笑んでくれる。それが何より嬉しくて、胸の奥がくすぐったくなる。
改めて電車で眠ってしまったことと、もし良ければ止まらせて欲しいことを伝えると、凪砂くんはすんなり承諾してくれた。二人で手を繋ぎ、人のいない夜道を歩く。満月が明るくて、星はひとつだって見えない。
凪砂くんを見ると、銀髪が月の光を浴びてきらきらとひかっているように見えた。
「ふふ、いま私、夢みたいに幸せ」
そう笑って、握った手にぎゅっと力を込める。すると凪砂くんはまた優しく微笑んで、手を握り直した。
「うん、私も。一緒に同じ家に帰るのは、こんなに幸福なことなんだね」
そうだね、と答えて頬を弛めていると、彼がふと立ち止まり、月を見上げた。私が凪砂くんのほうを見るのとほとんど同時に、凪砂くんは月から私へ視線を移す。
「……一緒に住もうか」
「え……」
「なまえさえ良ければ。……どうかな」
彼の真剣な瞳に、間抜けな顔をした私が映っている。どく、どく、と心臓が早くなる。眠かったはずの目は冴えて、じわりと涙が滲んできた。
「凪砂くん、私……嬉しい、私も一緒にいたい」
ぽたり、涙がひと粒、零れる。彼の暖かな指先がそれを拭って、月明かりの下、二人っきりの夜道でキスをした。間近で見る凪砂くんは、やっぱり月光を湛えてきらきらと輝いていた。
「……愛してるよ、ずっと傍にいよう」
「うん、一緒にいる……」
彼の言うことが、同棲をしたいということなのか、はたまたもういっそ結婚しようということなのか、明確ではない。
けれど今は、彼と同じ幸福を共有していることだけが、何よりも嬉しかったのだ。