「ジュンくん、もう今日は帰るといいね」

レッスン中、突然おひいさんにそう言われたときはかなり焦った。そんなに上手くできていなかったのかとか、何が気に食わなかったのかとか、そんなことを考えたのだ。

「え、オレ何か……」
「あのねジュンくん、今日はなんの日?」
「……オレの誕生日……ですか?」
「そうだね!正解。事務所ではお昼にパーティーをしたよね。多分事務所の人は心置き無くきみを祝えたね。それで、このレッスン、予定では夜の十時までなんだけど……まさかそんな時間まで待たせるの?」

待たせる、と言われてハッとした。今朝は何も言わなかったけれど、今同棲中の彼女も何か用意してくれているかもしれない。今日は休みだって言っていたし、朝も何かニコニコしてたし。

「す、すんません、ありがとうございます! オレ帰ります!」
「ちょっとジュンくん、シャワーくらい浴びてから帰りなさい!」

荷物をまとめて、おひいさんの言う通りシャワールームに寄ってから帰路に着いた。今更ながらスマホを確認すると、彼女から、「美味しいご飯作って待ってるね」「レッスンがんばれ!」と連絡が来ていた。おひいさんもよく気が付く人だなと思いながら、浮き足立って家に帰る。

「帰りましたよぉ〜……」

家のドアを開けると、奥の方からいい匂いがした。パタパタと上機嫌そうな足音が近付いてくる。エプロン姿の彼女は、満面の笑みで玄関までオレを迎えに来てくれた。

「おかえり、ジュンくん!」
「……へいへい、ただいま」
「ふふ、今日はジュンくんの好きなハンバーグ! もう少し遅くなるかなって思ってたけど……日和さんがね、今日は早めに帰らせるねって連絡してくれてたんだ」

楽しそうな彼女は、ニコニコ笑いながらオレをリビングまで引っ張る。食卓には美味そうなハンバーグが並んでいて、思わず涎が垂れそうになった。

「それでね、ちゃんと苺のケーキ買ってきたんだよ。ご飯食べたら、今日は一緒にお風呂入って、それからケーキ食べて……」
「……それも終わったら、あんたのことも食べていいんすか?」

オレが彼女を抱き寄せると、彼女は少し照れたように笑って、オレをぎゅうっと抱きしめてくれた。

「うん、いいよ。今日はジュンくんにいっぱい幸せになって欲しいから」
「……はあ、もう充分すぎるくらい幸せなんですけど」
「えぇ? もっともっと幸せになってもらわなくちゃ困るよ。ほら、おてて洗って、ご飯食べようね」

彼女に背中を押され、洗面台へ向かう。鏡に映った自分は情けないくらいにやついていて、少し恥ずかしい。けれどこんなにも温かく誕生日を祝われて嬉しくないはずがない。それも、最愛のひとがオレより嬉しそうにはしゃいで祝ってくれているのだから尚更。

「ジュンくん」

手を洗ってからテーブルに着くと、向かいに座った彼女が改めてオレの名前を呼んだ。視線を彼女にやると、彼女はやはり幸せそうな顔で笑っている。

「お誕生日おめでとう、大好きだよ」
「……あざっす。オレも、大好きですよ」

――今日はオレの、世界一幸せな日。