「茨が小さくなっちまったんで、預けに来ました」

休日、ジュンくんがそう言って当然私のもとへやってきた。ジュンくんと手を繋いでいる、不服そうな顔をした幼い少年とジュンくんを交互に見て、首を傾げる。

「小さくなったって、どういうこと……? これ、茨なの?」
「オレにもよくわかりません……。なんかニューディの逆先くんが絡んでるらしいんですけど、まぁ明日の朝には戻るだろうって言われて……それまで預かっててもらっていいっすか?」

ジュンくんは困ったように溜め息をついて、茨らしき少年をぐいと前に突き出した。つり目気味の大きなひとみがぱっちりと私を見つめる。生意気そうな目付きは茨っぽい。

「うん……別にいいよ。記憶はあるの?」
「ないっぽいです。結構暴れるんで、脱走しないようにだけ気をつけてください」
「わかった。ありがとうね、ジュンくん」
「いえ、こちらこそ。茨、大人しくしてるんすよ」

ジュンくんはそう言って、慌ただしくまた仕事へ戻っていってしまった。ドアを閉めて、改めて茨を見つめる。子供の相手はあまり得意ではないけれど、恋人の幼い頃というのは正直興味がある。屈んで視線を合わせ、刺激しないようゆっくり話しかけてみた。

「茨くん、私はなまえっていうの。よろしくね。明日の朝まで私とお留守番してほしいんだけど、できるかな?」
「……いくつだと思ってんの? 別にあんたがいなくても一晩くらい何とかなるけど」

何だこのガキ、と、目の前の少年の生意気さに思わず笑ってしまった。いくつなのかは知らないけれど、なるほど、完全に素のときの茨にそっくりだ。

「うん、でも私は茨がいないと不安だから。ね、一緒にいてよ」
「ふーん。どうしてもって言うなら別に……」
「ん、ありがと。じゃあご飯でも食べようか、お腹空いてる?」
「……うん」

小さくなってしまった手を取って、リビングへ向かう。ソファに座らせ、とりあえず冷蔵庫のオレンジジュースをコップについで出してやった。

「何が食べたい?」
「……何でもいいの?」
「まあ、うん。無茶は言わないでよ」
「じゃあプリン」

茨は何となく期待に満ちた目でそう答える。冷蔵庫には茨の大好きなプリンをストックしてあるけど、ご飯の代わりにプリンを食べさせるなんて出来ない。ましてや今は子どもなのだ。

「ご飯って言ってんでしょうが……プリンはご飯のあと!」
「ケチ! ……じゃあ、ハンバーグがいい。無理ならいいけど」
「ふぅん……ハンバーグ好きなの?」
「好きっていうか、滅多に食えないじゃん」

そうかなぁ、と思いながら、冷蔵庫の中を確認する。ハンバーグなら大丈夫そうだ。茨がハンバーグを特別好きだなんて聞いたことがなかったけれど、実際のところどうなのだろう。また戻ったら聞いてみよう。

「よし、じゃあ一緒に作ろうか」
「え、おれ客じゃないの?」
「そんなわけないじゃん、ほらおいで」

――そんなこんなで、ぶつぶつ文句を言う弄れた茨と一緒にハンバーグを作った。料理中話をしている中で、今何を覚えているかを聞いてみたけれど、どうやら十二、三歳以降の記憶は全くないらしかった。

「うわ……ほんとにハンバーグじゃん、これ。食べていいの?」
「どういう反応なの? どうぞ、召し上がれ」

いただきます、と手を合わせて、茨は恐る恐るハンバーグを口に含む。美味しそうに目を輝かせるその一挙一動があまりに幼気で可愛らしくて、ついつい笑ってしまう。

「なまえって、もしかして大人になったおれの恋人なの?」
「んぐっ……と、え〜〜……うん、そうだよ……」

答えていいものかと一瞬迷いながら、視線を逸らし一応答えておく。すると茨はまたきらきらと目を輝かせたあと、何故か自信満々に笑って見せた。

「だと思った! おれ大人になったら絶対なまえみたいなひとと結婚したいもん」
「……ませガキだなぁ。まだ恋人だよ?」
「でも結婚するんでしょ?」
「それは……茨次第かな。大人になったら色々と事情があるもんなんですよ、茨くん」
「ふーん」

無邪気な茨は、ばくばくと一生懸命ハンバーグを頬張っている。こんなに食にがっつく茨も珍しいな、と思いながら、微笑ましく彼を見守っていた。

……もし私と茨の間に子どもができたら、こんなふうに生意気な子が生まれるんだろうか。

「じゃあ、おれがおっきくなったら結婚してよ」
「……それは…………ちょっと、」
「おれのこと嫌いなの?」
「まさか。……まぁ、うん、いいよ。おっきくなったらね」

子どもってどうして、大きくなったら結婚して、って言うんだろうか。まぁ元に戻ったらそんな戯れ言も忘れるだろう、と軽く流しておいた。

「おれ、ちゃんと普通の人みたいに結婚できるんだ」
「……茨は普通じゃないよ、特別。少なくとも私にとっては誰より大事な人だよ」
「あはは、変なの」
「本当、私も変だと思う」

よしよし、と彼の小さな頭を撫でて、顔を見合せ笑った。こんな小さな体で、どれだけ傷ついてきたのだろう。どんなふうにして、大人の茨が出来上がったのだろう。思えばまだ知らないことばかりだ。

夕食後、お風呂に入れてから一緒にプリンを食べ、早々にベッドに入った。小さい茨は私の腕の中にすっぽり収まって、ぽかぽかと暖かかった。もっと茨のことが知りたい。昔のことだって聞いてみたい。何より、これからの時間は一緒に過ごしていきたい。……なんて考えごとをしながら、気付けば子ども体温につられてぐっすり眠ってしまっていた。




「……なまえ、」

朝、彼女にがっちりと抱き締められた状態で目が覚めた。彼女の名前を呼んでみるが、返事はない。間抜けで幸せそうな寝顔をじっと見て、小さく溜め息をつく。

昨日のことは、何となく覚えている。我ながら生意気だった子どもの頃の姿で、中々無邪気に彼女に面倒を見てもらったのだ。

  「いいよ。おっきくなったらね」

結婚して、と俺がねだったとき……そう返事をした彼女の笑顔が、何となく心に残っている。

「……おっきくなったらって、いつなんですかねぇ」

ふに、と彼女の柔らかな頬をつついて、くすりと笑った。きっと俺がプロポーズしたら承諾してくれるんだろうな、とは思う。

でも、まだ、もう少しだけ。きちんと準備が整うまで、待っていてもらおう。



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