戯れ
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「おや、まあ」
彼女、或いは彼は、美しいドレスを身にまとって、一ヶ月後の公演に向けて練習をしていた。部室にやって来た私を見ると、華奢な指遣いで口もとを隠し、くすりと上品に微笑む。
「おかえりなさい、私の可愛い妹」
「……えぇ、お姉さま」
どうも、今、彼女は日々樹渉ではないらしい。彼女に近寄ってその手を取ると、彼女は目を細めて私を見下ろした。白く滑らかな肌、豊かな長い髪、整った顔立ち。なんて美しいひとだろう、なんて、今更なことを改めて考える。
「ねぇ、お姉さま。可愛い妹にキスをしてくださらない」
「ふふ、いいわよ。今日は甘えん坊さんなのかしら」
彼女の柔らかな唇が私の額に当てられる。その首に腕を回してグイッと引き寄せ、唇にキスをしてやった。
彼は驚いたように眉を上げて、私の腕を外そうとする。
「……今、貴女、どっちにキスしたんですか」
「さあ、知りません」
意地悪を言ってやると、彼は溜め息をついて私の腕を外すのをあきらめた。そして私の腰に右手を回すと、左手で私の頬に触れる。
「実は私、姉のふりをした狼だったんです」
「じゃあ私、このまま食べられちゃいますね」
「……食べていいんですか」
「ふふ、赤ずきんの許可を待つ狼さんなんて、聞いたことありませんよ」
私がくすくす笑ってみせると、彼は優しく触れるだけのキスをしてきた。これでは狼というより、やさしい王子さまだ。
「今日の先輩、下手くそですね」
「日々樹渉一生の不覚です、駄目ですね、貴女の前だと」
「……今のは、上手でしたよ」
不覚にもきゅんときてしまった単純な胸を抑えると、彼はニッコリ嬉しそうに笑って見せた。
「ふふふ、お褒めに預かり光栄です!」
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