翌日、同じ場所に行っても彼女はいなかった。どこを見て回っても、彼女の歌声は聞こえてこない。次の日も、その次の日も同じだった。

すっかり天使さまに心を奪われてしまっている。道化が天使に恋をするなど、本当に戯曲のようだ。望めば会えるなんて曖昧な口約束で、体よく逃げられてしまったのかもしれない。

「……ねぇ渉、何か悩みごとがあるなら話してほしいな」

突然、英智がそんなふうに話を切り出した。目をぱちくりさせる一瞬の間に、彼女について話すか否かを考える。

「悩みごとですか?そうですねぇ、次はどうやって貴方を驚かせようかと思案中です……☆」

私がいつものとおりに戯けてみせると、英智は微かに眉をひそめ咎めるような視線を向けてきた。そんなにわかりやすく悩んでいただろうか、と自分に辟易しながら、少し息を吐く。

「天使に会ったんです」
「……夢の話?」
「いえ。現実ですよ。栗色の髪に、大きな優しい瞳をしていて、それから……透き通るような歌声を……そう!まるで!……まるで、そう……あぁ、言葉が出てきません。あんなにも美しいものを見たのに」

沢山の美しいを表す言葉を知っている。なのに、どれにも当てはまらないような、全てに当てはまるのに少しずつズレているような、そんな気がした。

いつもどおりにはいかない私を見て、英智は少し驚いたような顔を見せる。しかし直ぐに可笑しそうに微笑みを浮かべた。まるで母親が幼子を見て穏やかに笑うように。

「僕にも覚えがあるよ。本当に美しいと思うものを見たとき、言葉はまるで役に立たない。……僕は君を見て、いつもそう思う」
「……そんなものなのでしょうか。」
「そんなものだよ。それで、君をそこまで魅了した天使さまは何処の誰なの?僕もぜひお目にかかりたいな」
「それが……演劇科の、一年生ということしかわからないのです。私としたことが、名前を聞くのをすっかり忘れていました」

これでは探しようがありませんね、と、溜息をつくと、英智は腕を組んで何処か一点を見つめる。何か策を高じるつもりだろうか。

彼が何か言うのを待つと、彼はふと思いついたように上を向いて口を開け、それから私の方に笑顔を向けた。

「なら、演劇科に探しに行ってみたらどう?ちょうどもうじき、演劇科一年生だけの公演があるんだ」
「おや!いつです?」
「明後日だよ、君からしたら稚拙なものだろうけど、天使さまを探すには良い機会じゃないかな。アイドル科と演劇科が関わり合うことはまずないからね」

英智はそう言いながら、机の中から書類の束を取り出し、ぺらぺらとそれを捲り始めた。そうして、一枚の紙を抜き取り、ペンで何かを書き付けて渡してきた。

「小規模のものだから、あまり目立たないでね。演劇科所有の体育館でやる予定だから、入口で関係者にそれを見せて」
「……演劇部部長として、ということですか。成程!ありがとうございます、英智」
「礼には及ばないよ。天使さまを見つけたら、ぜひ僕にも紹介してね」
「えぇ!もちろん!」

明後日……明後日には、また彼女に会える。次に会った時にはきっと、その麗しい名前を聞き、二度と見失わないようにしよう。

公演日まで、英智に貰った紙を見るたびどうしようもなく胸が高揚した。会えると思うといてもたってもいられなかった、けれど公演日まではどうにもできない。その歯がゆい衝動が、やはり己の心拍を高めるばかりだった。