「う、っ……ん、ぐ、」

 ぼたぼた、と彼女の口から吐き出されたのは、一輪の青いバラだった。それがすべての始まりだった。いや、終わりと言った方がいいかもしれない。



 ――花吐き病、それは滅多にかかることのない奇病だ。突然体内から花を吐くようになり、初めて花を吐いた日からちょうど三ヶ月後に命を失うらしい。治療法はなく原因も不明。病にかかれば後は死を待つしかない。

 案外元気そうな彼女は、医者の深刻そうな説明を、わかっているのかわかっていないのかきょとんとした顔で聞いていた。俺も思いのほか冷静で、ただ彼女の手だけはしっかり握っていた。多分、診察室で一番重い顔をしていたのは医者だったと思う。

「……ねぇ茨」

 診察室を出て念の為にと入れられた病室に戻ると、彼女はベッドの縁に腰掛けて俺に向き直った。

「なんですか」
「……駆け落ちしようよ。小さいアパートでいいからさ。誰もいないところで、一緒に暮らしたいな。……三ヶ月だけで、いいから」

彼女は、穏やかに笑ってそう言った。開いた窓からぬるい夏風が吹き込み、俺の頬を撫でる。返事なんて一つしかない。

「いいですよ」
「やった。ありがとう」

きっとこのときの彼女の笑顔を、俺はこの先一生忘れられないのだろう。そんな虚しい確信が心のなかにあった。

 今から三ヶ月後といえば九月ごろだ。その頃には恐らく夏も終わり、少しずつ秋めいてくるだろう。今年の紅葉を見る前に彼女は死んでしまう。……受け入れるしかない。

ただ本当に別れが訪れるその日までは、目を背けていよう。どうせ終わりが変わらないなら、馬鹿みたいな逃避行を決行してしまおう。