《8月13日》
「茨〜……茨……」
「ええ、まったくもってそのとおりですね」
「まだなんにも言ってないよ〜」
「おっとこれは失礼しました、なんせクソ暑いので」
窓は全開にして扇風機を強風にして、それでも暑いままの狭い部屋の中、彼女は薄着のままフローリングの床に倒れている。隣には先程吐き出したフクジュソウが転がっていた。俺が床に座ってうちわで身体を扇いでいると、彼女は死にかけたような細い声で俺を何度も呼んだ。
「ね〜……暑いよ」
「知ってます」
「死んじゃう」
「それも知ってます」
「知ってたか〜」
どんどん結露をあらわすコップを握り、ほとんど溶けた氷ごと麦茶を飲み干す。はあ、と息を吐いてコップを置くと、不意に彼女の白い腹が目についた。のそのそと四つん這いになって彼女に近付き、上に覆い被さる。
「茨?」
「どうせ暑いなら今さら何をしても同じだと思いません?」
「思いません」
「そうですか」
彼女の手を床に押さえつけて、汗ばむ首筋に舌を這わせる。しょっぱい。彼女は不満げな目でこちらを見ていた。
「暑いよ、茨」
「知ってます」
「……ばーか」
彼女は暑い手で俺の頬を挟み、不格好なキスをしてきた。柔らかいくちびるを割って舌を絡め、キャミソールの裾を捲りあげて白い腹に手を当てる。すっぽりと片手で胸を覆うと、溶けそうな柔い肌の向こうからいつもより少し速い心音がした。
「…………茨?」
「動物って、一生のうちの鼓動の回数が大体決まってるそうですよ」
「え? あぁ、うさぎとかハムスターとかめちゃくちゃ速いもんね」
「あんたは全部使いきらずに死ぬんですね」
自分がどんな顔をしているのか、わからなかった。視界が滲んだ気がしたが、きっと汗が目に入っただけだろう。彼女は俺を見上げて、能天気にくすくす笑った。
「ううん。使い切るよ。茨に触ってもらうとドキドキするもん」
「……それ、なんか自分が殺したみたいになりません?」
「そっちのほうがずっと良いよ」
「まぁ、そうですね」
軽く笑い飛ばして、彼女の細い喉に触れた。時計の秒針の音だけがうるさかった。彼女は手を伸ばして俺の目もとをそっと撫でる。
「泣かないで」
「……泣いてません」
「うん。そうだね」
「泣くわけない、あんたが勝手にくたばるだけなのに」
「うん」
腕を折り曲げて、床に肘をつき彼女の首すじに顔を埋めた。熱い体温が伝わってくる。白い肌の向こうには青い血管が透けて見えた。
「…………大好きだよ」
――優しく後ろ髪を撫でられる。このまま交わって、溶けて、ひとつになれたらどんなにいいか。避妊具をつけた意味のないセックスで、いったい何が残せるというのだろう。あんたは何も残さずいってしまうくせに。俺は全部抱えて生きていかなきゃならないのに。
「ええ、まったくもってそのとおりですね」
「まだなんにも言ってないよ〜」
「おっとこれは失礼しました、なんせクソ暑いので」
窓は全開にして扇風機を強風にして、それでも暑いままの狭い部屋の中、彼女は薄着のままフローリングの床に倒れている。隣には先程吐き出したフクジュソウが転がっていた。俺が床に座ってうちわで身体を扇いでいると、彼女は死にかけたような細い声で俺を何度も呼んだ。
「ね〜……暑いよ」
「知ってます」
「死んじゃう」
「それも知ってます」
「知ってたか〜」
どんどん結露をあらわすコップを握り、ほとんど溶けた氷ごと麦茶を飲み干す。はあ、と息を吐いてコップを置くと、不意に彼女の白い腹が目についた。のそのそと四つん這いになって彼女に近付き、上に覆い被さる。
「茨?」
「どうせ暑いなら今さら何をしても同じだと思いません?」
「思いません」
「そうですか」
彼女の手を床に押さえつけて、汗ばむ首筋に舌を這わせる。しょっぱい。彼女は不満げな目でこちらを見ていた。
「暑いよ、茨」
「知ってます」
「……ばーか」
彼女は暑い手で俺の頬を挟み、不格好なキスをしてきた。柔らかいくちびるを割って舌を絡め、キャミソールの裾を捲りあげて白い腹に手を当てる。すっぽりと片手で胸を覆うと、溶けそうな柔い肌の向こうからいつもより少し速い心音がした。
「…………茨?」
「動物って、一生のうちの鼓動の回数が大体決まってるそうですよ」
「え? あぁ、うさぎとかハムスターとかめちゃくちゃ速いもんね」
「あんたは全部使いきらずに死ぬんですね」
自分がどんな顔をしているのか、わからなかった。視界が滲んだ気がしたが、きっと汗が目に入っただけだろう。彼女は俺を見上げて、能天気にくすくす笑った。
「ううん。使い切るよ。茨に触ってもらうとドキドキするもん」
「……それ、なんか自分が殺したみたいになりません?」
「そっちのほうがずっと良いよ」
「まぁ、そうですね」
軽く笑い飛ばして、彼女の細い喉に触れた。時計の秒針の音だけがうるさかった。彼女は手を伸ばして俺の目もとをそっと撫でる。
「泣かないで」
「……泣いてません」
「うん。そうだね」
「泣くわけない、あんたが勝手にくたばるだけなのに」
「うん」
腕を折り曲げて、床に肘をつき彼女の首すじに顔を埋めた。熱い体温が伝わってくる。白い肌の向こうには青い血管が透けて見えた。
「…………大好きだよ」
――優しく後ろ髪を撫でられる。このまま交わって、溶けて、ひとつになれたらどんなにいいか。避妊具をつけた意味のないセックスで、いったい何が残せるというのだろう。あんたは何も残さずいってしまうくせに。俺は全部抱えて生きていかなきゃならないのに。