「茨! 見て、牛串あるよ!」

 オレンジ色の夕焼けみたいな浴衣を着た彼女は、綿飴を片手に持ちながら牛串の屋台を指さした。今にも走り出しそうな彼女の手首をしっかり握って隣を歩く。

「綿飴と牛串ってどうなんです?」
「甘いのとしょっぱいのが良い感じになるんじゃない?」

馬鹿みたいなことを言いながら、彼女は俺の手を引っ張って屋台に並ぶ。さっきからずっと何か食べているが大丈夫なのだろうか。普段から調子に乗って沢山食べて、その後お腹が痛いなんてほざくことが多い彼女だから少し気がかりだ。

「これ買ったら移動しますよ」
「ん、花火何時からだっけ?」
「七時半ですね。あと二十分です」
「そっか、じゃあちょうど良いくらいだね」

 牛串を買うと、両手がふさがる彼女から綿飴を受け取って手を繋ぎ直した。人混みをかきわけて少し離れた高台を目指す。

花火からは遠ざかるが、人も少ないし落ち着いて見られるだろう。暗いなだらかな山道を登ればやがて人もまばらになり、目指していた高台には幸いなことに誰もいなかった。

「あ……茨!」

彼女がパッと空を指さす。ドン、と低い音とともに花火があがった。

「お〜、綺麗だね」
「そうですね」

手を繋いだまま、古びた木のベンチに腰掛ける。彼女は綿飴を食べながら、きらきらと目を輝かせて花火を見つめていた。

「あっ。ねぇねぇ、花は花でも私が吐けない花ってな〜んだ?」
「……」
「正解は花火でした〜」
「お疲れのようですしもう帰りましょうか」
「待って待って」

 彼女はくすくす笑って俺の肩に頭を預ける。深い藍色の空に花が咲くたび、少しずつ煙が立ち込めていった。

「茨」
「はい?」
「大好き」
「……俺もですよ」

なるべく小さな声で答えると、ほとんど同時に一際大きな花火が打ち上げられた。花火の音でかき消されただろうに、彼女は嬉しそうに笑った。

 ――きっと、ちゃんとすぐに消えてくれるぶん、花火の方がずっと慈悲深い。

「茨、あのね、私……んぐ、ぅ」
「大丈夫ですか」

座ったまま、彼女が口を抑える。痩せた背中をさすってやると、癇に障るほど綺麗な花が地面に落ちた。

「……あは、さすがに、持って帰れないね」
「……」
「ごめん。そろそろ、帰ろっか」
「そう、ですね」

 いやに冷たい彼女の手を握る。土に汚れたキンセンカを道の端によけて、支えるように手を握り家路に着いた。背後で大きな音とともに最後の花火が鳴る。彼女が何を言いかけたのかは、聞けなかった。