いよいよ、公演日がやって来た。体育館で見る演劇科一年による催しは、英智の言っていたとおりまだまだ稚拙なものだった。しかし稚拙であればあるほど、自分なら……とつい考え、同じく舞台に上がってしまいたくなる。

今日ばかりは目立たないようにと釘を刺されているし、何より彼女を見つけるまでは何も出来ないのだから、大人しく観ているしかないのだけれど。

「次は、1年C組、シンデレラです。」

ブーー、というブザーと共に、一度降りた幕が再び上がる。一筋の照明に照らされた舞台の中央に、彼女はいた。

「──ずっと、つらい毎日を過ごしていました。」

透き通るような美しい声が、歌声とはまた別の魅力を持って、体育館に響く。つぎはぎのボロ布で出来たドレスワンピースを着て、彼女は祈るように胸の前で手を組んでいた。

「お母さまを亡くして、お父さまは新しいお母さまと結婚をしました。けれどお父さまも死んでしまって、今私にいるのは、二人の義理のお姉さまと、義理のお母さまだけ……。毎日毎日、お家でお母さまやお姉さまにいじめられ、召使いのように働いています。」

暗く、悲しみを抑えるような声音。動作などひとつもないくせに、彼女は確かに、不幸な境遇にいるシンデレラだった。

「でも……!」

彼女のワントーン高い声に、ハッと意識を惹き込まれる。上を向いて、少し無理に笑いながらも、彼女は気丈に、健気に振る舞う。

「それでもきっと、いつか幸せになれる……!信じていれば、きっと……」

彼女が上向いたまま、舞台は暗転する。自分の胸の音が、静寂の中、五月蝿く鼓膜を揺らしていた。

これから彼女の王子役などが出てくるのかと思うと、もどかしくてたまらなかった。私なら、もっと、彼女を……と、そんなことで頭がいっぱいだった。

──舞台は粛々と進む。シンデレラが舞踏会へ行き、王子に出会ってダンスをする。今すぐ舞台を乗っ取って、彼女の柔らかな手を取り、もっと鮮やかに踊ってみせたい。そんな思いを胸の奥に押さえ込み、ジッと行く末を見守った。

「さようなら、王子さま……」

十二時の鐘が鳴る前にと、切なくか細い声が静かに響く。彼女は美しいドレスの裾を持ち、走って舞台から降りていく。王子役の男が、「待って!」と叫びながら追いかけるが、ガラスの靴がひとつ残されただけだった。

王子役の男は、さながら北斗くんのようだった。顔もスタイルも王子らしいのに、演技がてんで下手だ。それならばいっそアイドル科にでも来たほうが良かったろうに、と思いながら、靴合わせのシーンをぼうっと見つめる。

「この家に、他に娘はいないのか」
「……いますけれど、その……ほら!こんなに汚らしい子ですよ、履かせるまでもありませんわ!」
「いえ、この国の女性みんなに試してもらっているのです。試してください、さあ」

またつぎはぎのドレスに戻ったシンデレラが、おずおずと美しい脚を裾から控えめに露出させ、そっとガラスの靴に足をいれる。

「あぁ……貴女だったのですね、美しいひと。あの夜からずっと、私は亡霊のように貴女を探し求めていました。私の心は、あの時すっかり貴女に奪い去られてしまったのです。どうか、私の心とともに、私のもとへ来ていただけませんか」
「……はい、喜んで」

一筋、涙を零して、彼女は美しく微笑む。あぁ、なんて美しく儚い笑顔だろう。健気で美しいシンデレラ。誰もが焦がれる天使のような無垢。まさに、あぁまさに、今このとき、彼女こそがシンデレラなのだ。

すると、舞台が暗転し、ナレーターが舞台端でハキハキとナレーションをする。

「こうして、シンデレラは王子と結婚することとなりました」

舞台の照明が反転する音の後、冒頭と同じように、シンデレラが舞台中央にひとり佇む。

「ずっと、つらい毎日を過ごしていました」

冒頭と同じセリフが、同じように体育館内に響く。

「……でも。……それでも信じていたから、世界は私に微笑んでくれた。魔法にかけられて王子さまと出会った時から、世界が鮮やかに色づいて、苦しみに終わりを告げてくれたのです。きっとこれからどんなことが起こっても、私は幸せなまま死ぬのでしょう。だって、あぁ、世界はこんなにも美しいのだから……」

幕がおり、舞台が終わりを告げても、観客は彼女の美しさに息を呑んだまま動けなくなっていた。健気で美しい、天使のようなシンデレラが、いつまでも心を鷲掴みにしてしまっていたのだ。

少しの沈黙の後、ぱらぱらと拍手がなり始め、最終的には大喝采となった。ひとしきり大きな拍手を送ったあと、私は何かに取り憑かれたように急いで体育館を出て、彼女を探した。

すると、最後のシーンで着ていた美しいドレスをまだ身にまとったまま、体育館裏に佇む彼女を見つけた。あれほどの熱演であったのに、周りにはクラスメイトらしき人はいなかった。