「茨。また訓練をサボりましたね」

 鬱陶しい声が聞こえて、俺は精一杯嫌な顔を声の主に向けた。弓弦はやれやれと言いたげに溜め息をつき、俺の隣に腰を下ろす。

「どうしたんです、ここのところ目に余りますよ」
「別に? マジメにやりすぎても仕方ないじゃん」
「……言いたいことはわかりますけれどね。あんまり不真面目がすぎると前線に飛ばされますよ」

俺は意味もなく、脚の間から地面の草をぶちぶちとむしり取った。別にセンチメンタルになってるつもりはないけど、今の俺はきっとこの野草と似たようなものだ。

「隣の部屋の……三つ上のやつ、いたでしょ。あの人、死んだんだって。任務中に。いつかここを出て幸せになるって豪語してたくせに、呆気なく死んじゃった」
「今回は何人か死者が出たらしいですね。それで感傷にひたっているのですか?」
「別に〜? そんなんじゃないよ、ただ、なんで人間ってこんなにいきなり死んじゃうのかなって思っただけ」
「まぁ、人間ですからね。案外脆いものですよ、俺達はすぐにそれを忘れてしまいますけど」

 弾を受ければ死ぬ。地雷を踏めば死ぬ。刺されれば死ぬ。そうでなくても、人間は結構簡単に死んでしまう。

「死んでしまうからこそ……終わりがあるからこそ、懸命に何かしらを残そうとするでしょう。人間らしさとはそういうものなのではありませんか」
「……そんなもんなのかな」
「さあ。それはご自身で考えてください」
「何それ」

弓弦は大人ぶってそんなことを言い、そのあと、有耶無耶になりかかっていた訓練のやり直しを命じてきた。体を無理やり動かすと、何となくモヤついていた頭がバカになってスッキリしたような気になった。弓弦がそれを狙っていたのかは、俺にはわからないけど。




 俺を呼ぶ声がして、目を覚ました。目を開けると、彼女が不満げに唇を尖らせて俺の顔を覗き込んでいた。

「茨! もう、死んじゃったかと思った」
「……寝てただけでしょう、大袈裟ですね」
「わかんないよ、熱中症で永眠してるかもと思って」
「まあ、これだけ暑ければありえますけど。で、どうしたんです?」

体を起こしてテーブルの上の眼鏡を取り、寝ぐせのついた髪を手で軽く整える。彼女は俺の正面、ベッドの上に正座して、まっすぐ俺を見つめている。

「アイス食べたい!」
「はあ、どうぞお好きに」
「じゃなくて、一緒に買いに行こうよ」
「……コンビニでいいですか?」

 うんっ、と元気よくガキくさい返事をして、彼女はベッドから脚を下ろす。短パンから伸びた白い脚は以前より不健康に痩せている。彼女が部屋着を脱いで下着姿になると、いよいよその細さが痛々しく見えた。彼女がシャツを着るその前に、後ろから腹の辺りに腕を回し抱き寄せる。

「痩せましたね」
「そうかな」

力を入れたらぽっきり折れてしまいそうな薄い身体。壊してしまわないように注意しながら、出来るかぎり強く彼女を抱き締めた。

「甘えんぼさんだ」
「俺があんたを甘やかしてるの間違いでは?」
「そうとも言う……のかな?」
「そうとしか言いません」

幼少期の夢を見たせいか、何とも言いづらい妙な気分になっている。人間がすぐ死ぬのなんて、あの頃から痛いくらい知っていた。

 適当な外着に着替えて外に出ると、眩しい昼の太陽が目をぎらりと突き刺した。目を細めながらも顔を上げれば、雲ひとつない高い空が広がっている。ドアに鍵をかけた彼女が俺を振り返って、このクソ暑いのにもかかわらず手を握ってきた。

「外のほうが涼しいね」
「まぁ、そうですね。風もありますし」

セミの鳴き声が鼓膜に溶け込む。ずっと鳴いているからそれが当たり前だなんて勘違いしてしまう。アパートから出てすぐの道には、セミが物言わぬ死骸になってひっくり返っていた。