「たっくさんお菓子貰えたみたいだね! 楽しかったね?」

カバンに入りきらないほどのお菓子を抱えて、気付けば人も疎らになってきていた。今は何時だろう。まだ人がいるから、10時か11時か……それくらいのはずだ。

「はい! 日和さんは、この街に住んでるんですか?」
「うん。……そろそろお開きかな。そういえば名前ちゃんはどこに住んでいるの?」
「私は森を少し歩いたところにある村に住んでます。……お母さんが心配するので、もう帰りますね」
「おひいさん、流石に送っていきますよね?」

日和さんを半ば睨むように、ジュンくんは間に割り込んできた。なんだか怒っているような声音だ。日和さんはジュンくんを見て、くすくす笑いながら頷いた。

「勿論だね! ぼくを何だと思ってるの? ほらっ村のそばまで送って行ってあげるから、思う存分感謝するといいね!」
「あ、あの……大丈夫ですよ、本当にすぐそばなので。それに、日和さん達も日付が変わるまでにお家に帰らなきゃ」
「…………そうだね。日付が変わるまでに、ね」
「今日はとっても楽しかったです。……それじゃ、また来年の夜に」

手を振って、何か言いたげなジュンくんと変わらずニコニコ微笑んでいる日和さんに別れを告げた。浮き足立ったまま、変わらずランタンの灯された道を歩いていく。

 でも何か――上手く言葉にはできないのだけれど何かが、おかしい。ざわざわと胸が不安に駆り立てられる。きょろきょろと辺りを見回すけれど、ひっそりとした暗闇があるだけで誰もいない。

 「あぁーっ! 君、さっき俺のこと追い回した子でしょ!」
「きゃぁあっ!?」

丁度、後ろを見てから前を向き直ったとき、どこからともなく黒猫の仮装をした男の子が現れた。私と同じくらいの歳だろうか。追い回したなんて言われた気がするけれど、さっき街を回っていたときにも会った覚えはない。

「会えて良かったよ! ほら、これ落としたでしょ。君のだよね?」

男の子はそう言ってハンカチを差し出した。バラが刺繍されたハンカチは、確かに今日私が持っていたものだ。何となく辻褄が合わないまま、とりあえずハンカチを受け取る。

「う、うん……ありがとう……」
「でも、いくらハロウィンでテンションが上がってるからって追いかけ回したりしないでよね!」
「……わ、私、あなたのこと追いかけてない……と思うんだけど、」
「追いかけたよ! ほら、俺が猫の姿だったとき!」

ぽんっ、と不思議な音がして、目の前の男の子がいなくなる。足元で、今日この道を通るときに見たのとそっくりな黒猫が鳴いた。

「ひ……っ」

目の前で何が起こったのかまるで理解出来ない。理解出来ないことが怖くて、思わずその場から走って逃げ出してしまった。ランタンが灯す道を必死に走り抜けて、暫くするとやっと村に出た。見慣れた私の住む村、のはずなのに、やっぱり何かがおかしい。

「あれ? 魔法使いだ。見ない顔だね、どこから来たの?」

黄色い髪に、黒い猫耳としっぽを生やした男の子が私を見つけて声をかけてくる。しっぽは本物みたいに滑らかに動く。さっきの男の子と同じだ。

村にいる人も、皆仮装をしているように見えるけれど誰ひとり知っている人がいない。それに歩いている人をよくよく見てみると、脚が透けていたり体が腐っていたりしている。

「あ、あれ? なんだか真っ青だけど、大丈夫?」
「ひっ、」

ちらりと見えた牙も、しゅるりと動くしっぽや耳も、人間のものではない。あまりに理解できないことが多すぎて、また来た道を走って戻ってしまう。

何度も転びそうになりながら必死に走って、走って、目には涙が滲んでいた。家に帰りたい。お母さんに会いたい。……せめて、街に着いて日和さんたちに会えたら……

「わっ!」

ほとんど目を瞑ったまま走り抜けて、道を抜けた街の入口で誰かにぶつかってしまった。が、予想外に優しく抱きとめられる。

「ふふっ、そんなに慌てて……またぼくに会いに来てくれたんだね?」
「あ……ひ、日和さん……? 日和さんっ……!」

やっと見知った顔に会えた安心感に、思わず日和さんに抱きついて泣きじゃくってしまった。日和さんは何も言わず、優しく私の背を撫でていてくれた。

やがて少し落ち着きを取り戻すと、ぽつりぽつりと今起きている不思議なことについて日和さんに話をしてみた。彼は、ずっと微笑みを浮かべたまま、私の話を疑うのは勿論、驚くような素振りも見せない。

「ふふ……あははっ! やっぱり何にも気付いてなかったんだねぇ。可愛い人間さん? ここはきみの住んでいた世界ではないよ。とっくに日付は変わって、ハロウィンは終わっちゃったからね」
「……え……? どういう……」
「お母さまやお父さまに言われなかった? 『ハロウィンの夜は、日付が変わるまでに家に帰らなければならない』って。……きみはぼくと遊ぶのに夢中で、日付が変わるまでに人間世界に帰ることをしなかった。だから今きみがいる此処は、モンスター達の住む世界なんだね!」

ほら、と見せられた懐中時計は、確かに大幅に日付を超えて午前1時を指している。あまりに非現実的すぎて、日和さんが冗談を言っているようにしか思えなかった。でもさっきの黒猫の男の子たちのこともあるから、頭ごなしに否定することもできない。

「あんたこの人に騙されたんすよ。全く……何考えてるんすか、人間の女の子をこっちに連れ込むなんて。しかもこんなか弱そうなのを……来年のハロウィンまでに誰かに喰われちまうのがオチですよ」

不意に、日和さんの後ろからジュンくんが顔を出した。ジュンくんの耳としっぽも、さっきの黒猫の男の子たちのようにぴくぴく動いている。

「うんうん、ぼく、人間の女の子とお話してみたかったんだよね! 大丈夫、ぼくはきみを怖がらせたり傷付けたりしないし、どうしてもどうしてもきみがお家に帰りたいなら、来年のハロウィンにはお家に帰してあげるね!」

なんて優しいんだろうねっ、と高らかに言いながら、日和さんは私の手を取った。後ろではジュンくんが呆れた顔で溜め息をついている。

「名前ちゃん。きみのことはぼくが大切に保護してあげるね♪」
「……え、っえ……いや、帰りたいんですけど……帰れないんですか?」
「帰れないね。そこら辺の話はジュンくんから説明してもらってね! 今きみが理解しなきゃいけないのは、今後きみは危険な状態に晒されるってことと、このままじゃ行くあてがないこと。つまりぼくに着いてこないとコロッと死んじゃうってことだね♪ わかったら一緒に帰ろうねっ」

握られた手を引っ張られ、日和さんはずんずんと歩き出す。困惑した頭の中で、日和さんに言われた「帰れない」だけが何度も繰り返された。

もう帰れない、なんて現実を呆然と受け止めながら、ただ彼に手を引かれるまま歩いていった。