「……お〜い、いつまで寝てんすかぁ」
「ん……やだ、お母さ…………?」
「あんた結構図太いんすね。オレはあんたの母親じゃねぇっすよぉ」

ゆさゆさと体を揺らされて、やっと目が覚めた。きょろきょろと周りを見回す。見覚えのない部屋とベッドに混乱しそうになるけれど、起こしてくれたジュンくんを見て、昨晩のことを思い出した。

「おはようございます……?」
「はいはい、はよっす。もう昼過ぎですよ、あんた吸血鬼かなんかですか? おひいさんにあんたの世話任されてるんで、メシ食ってくれないとオレが困るんすよ」
「お昼……? ご、ごめんなさい……そんなに寝ちゃってたなんて」
「ま、別に良いっすけどね」

もそもそとベッドから起き上がって、ひとつ伸びをする。手ぐしで髪を整えていると、ジュンくんが櫛をもって私の背後に回った。なんの宣言もなく、当たり前のように髪を綺麗にとかされる。

「……あの、そんな、自分でしますよ……?」
「え? ……あっ、すんません、つい」

もしかして、日和さんにはしてあげてたりするんだろうか。そういえば二人の関係はよくわからないままだ。実際には関係どころか、二人の正体さえよくわからないのだけれど。

「メシ食いながら、色々教えます。着いてきてください。……それにしてもすみませんね、あの人いつもああなんですよ。いきなり家族から離されて怒ってます?」

ジュンくんに着いて部屋を出て、歩きながらそんな話をした。改めて言われると怒って当然のようにも思えるけれど、私の心に怒りのようなものは一切なかった。

「いえ……困惑はしてますけど、怒ってはない、です」
「ハハ、お人好しなんすね。……どうぞ、こっちですよ」

ジュンくんに案内され食堂に通される。さっきから思っていたけれど、立派な御屋敷だ。都の貴族さまが暮らしているような、広くて年季のある綺麗な御屋敷。日和さんとジュンくんは、二人で此処に住んでいるのだろうか。

「さ、席についてください。メシ、すぐに持ってきますからねぇ」

椅子を引かれ、大人しく席につく。広い食卓は綺麗だけれどなんだかもの寂しい。もし日和さんとジュンくんが二人だけで暮らしているのなら、寂しいんじゃないだろうか。……寂しいから、私を連れて来たのかな。

 ぼんやりそんな空想をしていると、一度部屋を出たジュンくんがご飯を持って戻ってきた。白いお皿の上には、スクランブルエッグとウィンナー、レタスが乗っている。

「どうぞ、飲み物はミルクで良いっすか?」
「う、うん。いただきます……!」

思い出したようにきゅるきゅる鳴り出すお腹を抑え、出された食事に手をつける。ふわふわの卵にパリッとジューシーなウィンナー。美味しいドレッシングのかかったレタス。今まで食べたことがないくらい美味しくって、思わず夢中で食べてしまった。

「そんなに美味いんすか? ……なんか照れるっすね」
「こ、これジュンくんが作ったの?」
「えぇ、まあ……オレはそのプレートだとウィンナーくらいしか食いませんけど。肉食なんで」
「すごい! でも食べないならどうして作れるの?」
「おひいさんは何でも食えるんで、あれ作れこれ作れってうるせぇんですよ。ま、美味いなら良かったっす。……じゃあぼちぼち話しますか。食べながら聞いてください、長くなると思うんで」

ジュンくんはそう前置きして、私の隣の席に腰掛けた。私はこくんと頷き、もぐもぐとご飯を咀嚼する。恐らく、昨晩日和さんが言っていた「この世界についての説明」だろう。

「え〜と……どっから話せば良いんですかね…………まず、此処があんたの住んでた世界とは違うってのはわかります?」
「何となく……。村に戻っても見たこともない人ばかりだったので」
「まぁ、『人』じゃねぇっすけどね。この世界はモンスター達が住んでいる世界なんです。物理的な、地形とかはあんたの住んでた世界と同じです。時間軸や時間の進み方も。人間世界とモンスター世界は表裏一体なんすよ。ま、どっちが表でどっちが裏かはわかりませんけどねぇ?」
「表裏一体……?」

いまいちよくわからなくて、つい首を傾げる。ジュンくんは脚を組んで、うーんと考え込んでからまた口を開いた。

「同じ土地で暮らしてても、人間からはモンスターたちは見えませんし、モンスターからは人間が見えません。んー……並行世界……みたいなもんですかね? 同じ土地であっても、そこに住んでいるのが人間である世界と、モンスターである世界とで別れてるって感じっす。わかります?」
「んん……なんとなく……? でも、お互い見えないならどうして私は日和さんたちに会ったんだろ」
「そりゃあ、ハロウィンだからですよ。ハロウィンの日だけは、二つの世界の境界が曖昧になります。つっても結構別れてるんすけど……あんた、オレたちに会う前例年のハロウィンにない行動とかしませんでした? 見知らぬところに迷い込んだとか」

そう言われて昨晩のことを思い返すと、確かにいつもはしないことをしていた。そうだ、確か村を出て街に行く途中、黒猫を追いかけて森で少し迷ったんだった。

「黒猫を追いかけて、森で少し迷いました……」
「じゃあそれっすね。多分その黒猫もモンスターだったんでしょ。それであんたは見事にモンスター世界に迷い込んだってわけです。ハロウィンの日は境界が曖昧だから、そんなことで簡単に世界を行き来しちまうんですよ」

と、言うことは、日和さんたちに会ったあの時点で、私はモンスター世界にやって来てしまっていたということだろうか。

「……もしかして、ジュンくんがずっと何か心配そうだったのって……」
「あ〜……そりゃ、いくらハロウィンだからって人間を連れ回すなんて気が気じゃねぇし……流石に連れ回した結果死んじまいました〜なんて寝覚めが悪ぃですからねぇ。あと、ちゃんと日付変わるまでに帰せんのかって不安もありました。まぁおひいさんは帰す気ゼロだったみたいっすけどね」

なるほど、最初から私が人間だって気付いていたのか。だから私が日和さんと時間を忘れて遊んでいる間、ジュンくんはなんとも言えない顔をしていたらしい。

「そういえば……ジュンくんはその、モンスターなんだよね。……えっと、オオカミ男……?」
「あぁ、まぁそうっすね。オオカミ人間……いや、ワーウルフって呼ぶのがここ数百年の流行りっすけど。ワーウルフにはメスもいるんで、一概に男って付けられないんすよ」

数百年、という大きな単位に対して、流行りという単語が使われるのに少し違和感を感じる。そういえば、ジュンくんは私と同じか少し上くらいの年頃に見えるけれど、一体いくつなんだろう。聞いても失礼にならないだろうか。

「……ジュンくんって、何歳なの?」
「オレはまだ120くらいですよ。おひいさんは……あの人あれで結構ややこしい生い立ちしてるんで、正確には知りませんけど……1000年くらいは生きてそうっすよねぇ」
「ひゃ……ひゃく……、せん…………?」
「あんたは? 人間ってかなり短命なんですよね? 50とかっすか?」

「……19です……」
「は!? ……赤ちゃんじゃないっすか! も、物心ついてます? ていうか19で歩けるんすか……!?」
「赤ちゃんじゃないですよ! 歩けてるし!」

とんでもないカルチャーショックにお互い驚きながら、つくづく人間とモンスターが違うものだということを思い知らされた。こく、とミルクをひとくち飲んで、喉を潤す。

「それで……日和さんって、なんのモンスターなんですか?」
「えーと、あの人は……」
「悪魔だね!」
「ひゃあっ!?」

突然後ろに現れた日和さんに、思わず声を上げてコップを落としそうになる。が、私の手から滑り落ちたコップは空中でふわりと静止し、自ら机の上に戻った。

「おはよう、名前ちゃん。気分はどう? ジュンくんから大体のお話は聞いたみたいだね?」
「……お、おはようございます……。はい、一応……」

ドッドッドッと走ったままの心臓を抑えながら、改めて日和さんを振り返る。ふわふわの髪の間からは立派な角が生えていて、背中には翼のようなものが見える。それに、いかにも悪魔らしいしっぽのようなものが上機嫌そうに左右に動いていた。

「うんうん、じゃあ早速始めようね! 着いてきてねっ、あ、ジュンくんも!」
「あの、始めるって何を……?」
「良いから良いから♪」