「シンデレラ、ようやく見つけましたよ」

そっと声をかけると、彼女は私を見て微妙に目を見開いた。しかしすぐにほどけたような笑みを見せ、手に持っていたタオルで額の汗を拭った。

「日々樹渉さん」
「フフフ……あぁ、美しいひと。あの夜からずっと、私は亡霊のように貴女を探し求めていました。私の心は、あの時すっかり貴女に奪い去られてしまったのです。」

王子がシンデレラに言った言葉をそっくりそのまま述べると、彼女ははにかみ笑う。名前を聞こうとか、普段どこにいるのか聞いておこうとか、色んなことを考えていたけれど、今は先程の舞台についてしか話せない。

「素晴らしい脚本と演技でしたね。特に最後の貴女の台詞!脚本を書いた人は天才です!」
「ふふ、少し照れますけど、褒めていただけたなら嬉しいです」
「……まさか貴女、脚本と主演どちらもやったんですか?」

彼女の受け答えについそう訊ねると、彼女は少し表情を曇らせて頷いた。確かに、脚本の全てをわかっている人間が主演をやれば完璧かもしれない。けれどまさか、一年生でこんなことをやってのける人間がいるとは。

「Amazing! 素晴らしいです!私感激いたしました!どうです、私のいる演劇部に入りませんか?ぜひ貴女の書いた世界で貴女と共演したい!」
「……ごめんなさい。その……駄目です、私……きっと、演劇にはむいていないから」
「むいていない?あれほどのものを残しておいて何を仰るんです」
「……私、本当は主役じゃなかったの。脚本、監督をする予定だったんです。でも、主役をやる予定だった子が……私が熱を入れて指導するのが嫌だったらしくて、『そんなに文句をつけるなら自分でやればいい』って。それで、今日、来なかったんです」

彼女は長いまつ毛を伏せて、ばつの悪そうな顔でそう語る。ぎゅ、と膝の上で拳を握り締め、彼女は私から顔を背けた。

「昔からそうなの、私が一心不乱に何かに打ち込むと、皆私を遠ざける。変な子、って疎まれる。だから、しばらくは普通の女の子の演技をします。ごめんなさい」
「……そうですか。わかりました、では……私の天使さま、お名前だけでも教えてください」
「あぁ、そういえば言っていませんでしたね。私は名字名前です。……そろそろ行かないと。さようなら、王子さま」

彼女はそう言ってドレスの裾を持ち、去っていった。このまま彼女を埋もれさせてしまう気など、毛頭なかった。けれど今は何を言っても、彼女には届かないだろうと思ったのだ。

ひゅうと吹く風に髪を靡かせ、遠のいていくシンデレラの後ろ姿をジッと見つめ続けた。