◇Uninvited Guests◇
「本当にひとりでお留守番できるのかね? ……やっぱり心配だねっ、一緒に、」
「何アホなこと言ってんすか」
今日、日和さんとジュンくんがどうしても家を開けなきゃいけないらしい。詳しくはわからないけれど、一部のモンスター達で集まって色々なお話をするんだとか。凪砂さんたちも同じらしく、預け先もないので、今日は私一人でお留守番をしないといけないそうだ。
前日におおよその話は聞かされていたのに、朝になって、日和さんは私に抱きつき駄々を捏ねた。正直、留守番が出来るか出来ないかで心配されるのは複雑だ。
「モンスターのなかでも超実力者揃いの親睦会なんて、たとえそのチョーカーがあっても直ぐに人間だってバレちまいますよ。つーか、一人で街に買い物に行けるなら留守番くらい出来るでしょ。ほらさっさと行きますよ」
「う〜〜…………ねぇ、良い? もし誰か来ても絶対開けちゃダメだからね! 今日はぼくが帰ってくるまで部屋で大人しくしてることっ! 約束できるよね?」
「は、はい。……わかりました」
目の前に突き出された小指に、自分の小指を絡める。ぎゅっぎゅっと指切りをすると、日和さんは満足そうに笑って私から離れた。
「じゃあ行ってくるね、いい子でねっ」
「行ってきます。昼飯は作り置きしてるんで、夜には帰ってきます」
「行ってらっしゃい……」
二人を見送って、静かになった屋敷でひとり、溜め息をついた。日和さんはたいそう私を大事にしてくれるけれど、やっぱり幼い子どもとしか思われていないみたいだ。人間とバレれば殺されてしまう……とは言うけれど、街で知り合ったモンスター達は皆穏やかで優しい。
そう思うと、私が人間だから過剰に非力な存在として認識されているというより、そもそも生きている年数からして次元が違うから、幼子のように扱われているのかもしれない。そうだとしたらどうしようもないけれど、なんだか少しもやもやする。寂しいような悔しいような。
「……まあ、仕方ないのかな」
どうしたって、私にモンスターの気持ちはわからない。何千年も生きてきた彼の心なんて、私の持つ短い物差しでは測れない。……自分にそう言い聞かせ、ひとつ溜め息をつく。自室で本でも読んで気を紛らわせよう。
それから部屋にこもって、ベッドの上でのんびり本を読み漁った。日和さんが沢山本を与えてくれるから、モンスターの世界にも随分詳しくなった。モンスター世界がどんなふうに形成されているのかという小難しい内容の本から、魔力についての学術書、モンスターの歴史書、モンスター世界ならではのおとぎ話や伝記など……どれも新鮮で面白い。
――気がつけば、読んでいる最中に本を胸の上に置いて眠ってしまっていた。ドンドンドン、と何度もドアをノックする音で目が覚めた。寝惚けた頭のまま1階の玄関口へ向かう。
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか」
「……どちらさまですか? 巴日和さんにご用事でしたら、今は留守で……」
ドアは開けないまま、ドアの向こうにいる人にそう告げる。どうやら男の人らしいけれど、私が返事をするとノックをやめて大きな声を出した。
「いえ、雨に降られてしまって困っているんです。友人が体の弱いひとで……どうか友人だけでも、雨宿りさせてやっていただけませんか」
「まあ……わかりました、今開けますね」
ドア越しの声が震えて焦るように縋るものだから、つい日和さんの言いつけも忘れてドアを開けてしまった。外から湿った冷たい風が流れ込む。私がうたた寝をしている間に随分天気が悪くなったらしい。
声の主は、日和さんよりも背が高いような高身長の男の人で、腰まである長い水色の髪は雨でびっしょりと濡れている。彼は、随分顔色の悪い金髪の男の人を背負っていた。
「あぁ、ありがとうございます、助かりました……」
「いえ……とにかく上がってください、身体を温めないと」
とりあえず金髪の彼は客間のソファに横にしてもらい、タオルで身体を拭き、暖炉に火を焚いた。水色の髪の彼は、自分の濡れた身体も二の次に、ずっと心配そうな顔で金髪の彼を見つめていた。
「貴方も、身体を拭いてください。風邪ひいちゃいますよ」
「ありがとうございます。……ご親切にどうも、本当に、本当に助かりました」
「構いませんよ。えぇと……お名前をお聞きしても?」
「あぁ、私、日々樹渉と申します。こちらは天祥院英智。……そういえば気が付きませんでしたが、ここ、巴日和さんのお宅なので?」
日々樹渉さん、は、ふと思い出したようにそう訊ねてきた。ここいらで日和さんを知らない人なんて滅多に見ないけどなぁ、と思いながら、彼の問いに頷く。
「そうでしたか……では、貴女は?」
「私は……日和さんの番です」
「番……そうですか。では尚更、ここに私たちが来たのが彼に知れるとややこしくなりそうですね。私はともかく、英智は……」
「日和さんとお知り合いなんですか?」
彼にブランケットを手渡して、なんとなく的を得ない彼の発言に質問をする。彼はブランケットを受け取ると、正面から私をじっと見つめて、それから優しく微笑んだ。
「そうですね。英智と巴日和さんは、古くからの知り合いです。まだその話はしていらっしゃらないんですね、まぁ、話したくない気持ちもわかりますが」
「話したくないこと……? そういえば凪砂さんが、日和さんは十分すぎるほど傷ついてきたって言ってました。それと関係があるんですか?」
「そうでしょうね。誰もがあのときのことを、確かに必要ではありましたけれど、二度と繰り返してはならないと思っています。少なくとも当事者はね。……詳しい話も致しましょうか?」
「……いえ。日和さんが、話してもいいと思ったときに聞きます」
私がそう答えると、日々樹さんはにっこり綺麗に笑って頷いた。ふと、ソファに横たわっていた金髪の彼、天祥院英智さんが身動ぎをする。
「……渉? ここは……」
「おはようございます、英智。貴方が倒れたあと、近くにあった家を訪ねたんですよ」
天祥院さんは何度か瞬きをしたあと、辺りを見回した。そして私を見つけると、驚いたような顔をしてゆっくりと上半身を起こした。
「きみは……?」
「彼女は巴日和さんの番の方です」
「日和くんの? ……そう、そっか。随分お世話になってしまったみたいだね。僕は天祥院英智、よろしくね」
「えっと……よろしくお願いします」
差し伸べられた手を取ると、何か、ぞわりと変な感覚が身体中を駆け抜けた。触れた手から何かが入ってきたみたいな、おかしな感覚だ。
「……それにしても本当に助かったよ、たまには街で遊びたいとわがままを言った時に限って、いきなり雨が降ってくるんだもの。雨が降ると羽根も濡れるし、はしごが降りないから帰れないし、散々だね」
彼がそう言うと、ブワッと白い羽が広げられた。ぶるる、と羽が震えて、水気を飛ばす。まるで天使のような真っ白な羽。色を抜きにすると、日和さんに生えている羽とそっくりだ。
「天使さまなんですか?」
「そうだよ。さま、なんてつけられるほど大層なものでもないけどね。……そろそろ外の天気も良くなる頃かな」
「そうですね。晴れ間が見えてきましたし、そろそろ帰りましょうか」
天祥院さんは、日々樹さんの手を取って立ち上がると、ぐっと伸びをした。綺麗な顔立ちで華奢なのに、やっぱり私よりずっと背が高い。日和さんより少し高いくらいだと思う。彼は私に微笑みかけると、子供にそうするように私の頭を撫でた。
「君みたいな純粋で優しい子が、日和くんたちの元にいるのはほんの少し心配だな。……この恩は必ず返すよ、何か困ったことがあったらいつでも僕を呼んでね」
「……はい……」
どうして、日和さんがそんなふうに言われるのだろう。彼は過剰すぎるほど私を大事にしてくれているのに。やっぱり、昔を知っている天祥院さんからは、日和さんは全く違うふうに見えているのだろうか。
日々樹さんと天祥院さんは家を出ると、白い翼を広げて空へ飛び立って行った。いつか街の教会で見た宗教画にそっくりだ。
でもきっと真っ黒な翼の日和さんも、飛び立つ姿は負けず劣らず美しいのだろう。……見たことはないけれど。
「何アホなこと言ってんすか」
今日、日和さんとジュンくんがどうしても家を開けなきゃいけないらしい。詳しくはわからないけれど、一部のモンスター達で集まって色々なお話をするんだとか。凪砂さんたちも同じらしく、預け先もないので、今日は私一人でお留守番をしないといけないそうだ。
前日におおよその話は聞かされていたのに、朝になって、日和さんは私に抱きつき駄々を捏ねた。正直、留守番が出来るか出来ないかで心配されるのは複雑だ。
「モンスターのなかでも超実力者揃いの親睦会なんて、たとえそのチョーカーがあっても直ぐに人間だってバレちまいますよ。つーか、一人で街に買い物に行けるなら留守番くらい出来るでしょ。ほらさっさと行きますよ」
「う〜〜…………ねぇ、良い? もし誰か来ても絶対開けちゃダメだからね! 今日はぼくが帰ってくるまで部屋で大人しくしてることっ! 約束できるよね?」
「は、はい。……わかりました」
目の前に突き出された小指に、自分の小指を絡める。ぎゅっぎゅっと指切りをすると、日和さんは満足そうに笑って私から離れた。
「じゃあ行ってくるね、いい子でねっ」
「行ってきます。昼飯は作り置きしてるんで、夜には帰ってきます」
「行ってらっしゃい……」
二人を見送って、静かになった屋敷でひとり、溜め息をついた。日和さんはたいそう私を大事にしてくれるけれど、やっぱり幼い子どもとしか思われていないみたいだ。人間とバレれば殺されてしまう……とは言うけれど、街で知り合ったモンスター達は皆穏やかで優しい。
そう思うと、私が人間だから過剰に非力な存在として認識されているというより、そもそも生きている年数からして次元が違うから、幼子のように扱われているのかもしれない。そうだとしたらどうしようもないけれど、なんだか少しもやもやする。寂しいような悔しいような。
「……まあ、仕方ないのかな」
どうしたって、私にモンスターの気持ちはわからない。何千年も生きてきた彼の心なんて、私の持つ短い物差しでは測れない。……自分にそう言い聞かせ、ひとつ溜め息をつく。自室で本でも読んで気を紛らわせよう。
それから部屋にこもって、ベッドの上でのんびり本を読み漁った。日和さんが沢山本を与えてくれるから、モンスターの世界にも随分詳しくなった。モンスター世界がどんなふうに形成されているのかという小難しい内容の本から、魔力についての学術書、モンスターの歴史書、モンスター世界ならではのおとぎ話や伝記など……どれも新鮮で面白い。
――気がつけば、読んでいる最中に本を胸の上に置いて眠ってしまっていた。ドンドンドン、と何度もドアをノックする音で目が覚めた。寝惚けた頭のまま1階の玄関口へ向かう。
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか」
「……どちらさまですか? 巴日和さんにご用事でしたら、今は留守で……」
ドアは開けないまま、ドアの向こうにいる人にそう告げる。どうやら男の人らしいけれど、私が返事をするとノックをやめて大きな声を出した。
「いえ、雨に降られてしまって困っているんです。友人が体の弱いひとで……どうか友人だけでも、雨宿りさせてやっていただけませんか」
「まあ……わかりました、今開けますね」
ドア越しの声が震えて焦るように縋るものだから、つい日和さんの言いつけも忘れてドアを開けてしまった。外から湿った冷たい風が流れ込む。私がうたた寝をしている間に随分天気が悪くなったらしい。
声の主は、日和さんよりも背が高いような高身長の男の人で、腰まである長い水色の髪は雨でびっしょりと濡れている。彼は、随分顔色の悪い金髪の男の人を背負っていた。
「あぁ、ありがとうございます、助かりました……」
「いえ……とにかく上がってください、身体を温めないと」
とりあえず金髪の彼は客間のソファに横にしてもらい、タオルで身体を拭き、暖炉に火を焚いた。水色の髪の彼は、自分の濡れた身体も二の次に、ずっと心配そうな顔で金髪の彼を見つめていた。
「貴方も、身体を拭いてください。風邪ひいちゃいますよ」
「ありがとうございます。……ご親切にどうも、本当に、本当に助かりました」
「構いませんよ。えぇと……お名前をお聞きしても?」
「あぁ、私、日々樹渉と申します。こちらは天祥院英智。……そういえば気が付きませんでしたが、ここ、巴日和さんのお宅なので?」
日々樹渉さん、は、ふと思い出したようにそう訊ねてきた。ここいらで日和さんを知らない人なんて滅多に見ないけどなぁ、と思いながら、彼の問いに頷く。
「そうでしたか……では、貴女は?」
「私は……日和さんの番です」
「番……そうですか。では尚更、ここに私たちが来たのが彼に知れるとややこしくなりそうですね。私はともかく、英智は……」
「日和さんとお知り合いなんですか?」
彼にブランケットを手渡して、なんとなく的を得ない彼の発言に質問をする。彼はブランケットを受け取ると、正面から私をじっと見つめて、それから優しく微笑んだ。
「そうですね。英智と巴日和さんは、古くからの知り合いです。まだその話はしていらっしゃらないんですね、まぁ、話したくない気持ちもわかりますが」
「話したくないこと……? そういえば凪砂さんが、日和さんは十分すぎるほど傷ついてきたって言ってました。それと関係があるんですか?」
「そうでしょうね。誰もがあのときのことを、確かに必要ではありましたけれど、二度と繰り返してはならないと思っています。少なくとも当事者はね。……詳しい話も致しましょうか?」
「……いえ。日和さんが、話してもいいと思ったときに聞きます」
私がそう答えると、日々樹さんはにっこり綺麗に笑って頷いた。ふと、ソファに横たわっていた金髪の彼、天祥院英智さんが身動ぎをする。
「……渉? ここは……」
「おはようございます、英智。貴方が倒れたあと、近くにあった家を訪ねたんですよ」
天祥院さんは何度か瞬きをしたあと、辺りを見回した。そして私を見つけると、驚いたような顔をしてゆっくりと上半身を起こした。
「きみは……?」
「彼女は巴日和さんの番の方です」
「日和くんの? ……そう、そっか。随分お世話になってしまったみたいだね。僕は天祥院英智、よろしくね」
「えっと……よろしくお願いします」
差し伸べられた手を取ると、何か、ぞわりと変な感覚が身体中を駆け抜けた。触れた手から何かが入ってきたみたいな、おかしな感覚だ。
「……それにしても本当に助かったよ、たまには街で遊びたいとわがままを言った時に限って、いきなり雨が降ってくるんだもの。雨が降ると羽根も濡れるし、はしごが降りないから帰れないし、散々だね」
彼がそう言うと、ブワッと白い羽が広げられた。ぶるる、と羽が震えて、水気を飛ばす。まるで天使のような真っ白な羽。色を抜きにすると、日和さんに生えている羽とそっくりだ。
「天使さまなんですか?」
「そうだよ。さま、なんてつけられるほど大層なものでもないけどね。……そろそろ外の天気も良くなる頃かな」
「そうですね。晴れ間が見えてきましたし、そろそろ帰りましょうか」
天祥院さんは、日々樹さんの手を取って立ち上がると、ぐっと伸びをした。綺麗な顔立ちで華奢なのに、やっぱり私よりずっと背が高い。日和さんより少し高いくらいだと思う。彼は私に微笑みかけると、子供にそうするように私の頭を撫でた。
「君みたいな純粋で優しい子が、日和くんたちの元にいるのはほんの少し心配だな。……この恩は必ず返すよ、何か困ったことがあったらいつでも僕を呼んでね」
「……はい……」
どうして、日和さんがそんなふうに言われるのだろう。彼は過剰すぎるほど私を大事にしてくれているのに。やっぱり、昔を知っている天祥院さんからは、日和さんは全く違うふうに見えているのだろうか。
日々樹さんと天祥院さんは家を出ると、白い翼を広げて空へ飛び立って行った。いつか街の教会で見た宗教画にそっくりだ。
でもきっと真っ黒な翼の日和さんも、飛び立つ姿は負けず劣らず美しいのだろう。……見たことはないけれど。