「お疲れさまでーす!」
「あっひなたくんゆうたくん、お疲れさま〜」

 放課後、部室にひとりでギターの練習をしていると、同じく軽音部の葵兄弟がやって来た。二人はきょろきょろ部室を見回し、鞄を置いて私のそばへやってくる。

「あれっ、今日は名前ちゃんだけ? 先輩たち皆いないの?」
「うん。あっ朔間先輩は棺桶にいるよ。でもUNDEADでレッスンの予定だから、もう少ししたら起きて合流するんじゃないかな……」
「ふぅん、なるほどね〜。じゃあ今日は俺たち一年生だけなんだ!」

ひなたくんがニヤリといたずらっ子のような笑みを浮かべる。何を企んでいるのだろうと思った矢先、ひなたくんは続けて元気よく言い出した。

「なら今日は学生らしくサボって恋バナでもしちゃおう♪」
「こ、恋バナ? なんで?」
「ちょっとアニキ、脈絡がなさすぎない? どうせ昨日見てた学園ドラマの影響なんだろうけど」
「ご明察! そのとおりだよゆうたくんっ、流石ゆうたくんには何でもお見通し!」
「暑いからくっつかないで」

わちゃわちゃといつも通り元気いっぱいに話すふたりを見ていると、つい私まで笑ってしまう。

 そんなこんなで強引に始まった恋バナだけど、言い出しっぺのひなたくんはもちろん、ゆうたくんもそもそもほぼ男子校みたいな学院にいるわけなので恋バナができるはずもなかった。

「学院内にはプロデュース科の二人しかいないもんね……悔しいっ、恋バナもできないなんて! じゃあもし自分が女の子だったら恋に落ちそうな人ランキングでも発表しちゃう?」
「あはは、なにそれ面白そう。じゃあひなたくんから発表お願いしま〜す」
「アニキ、一応言っとくけど俺は入れないでよ」
「ええっなんで!? 三位ゆうたくん二位ゆうたくんそして一位はゆうたくんなのに〜っ!?」

いつものお決まりの調子でひなたくんはそう言って、大袈裟にショックを受けたようなふりをする。まるで漫才を見ているようだ。ひとしきり笑ったあと、少し気になったのでゆうたくんにも聞いてみた。

「じゃあゆうたくんは? ゆうたくんのランキング発表聞きたいな」
「え〜……う〜ん悩むけど…………三位は朔間先輩、二位宙くん、一位は乙狩先輩かな」
「ねぇ俺は? ゆうたくん?」
「アニキはランキング圏外」

 なるほど、挙げられた人物を思うと確かに納得してしまう。朔間先輩は確かに大人っぽくてかっこいいし、宙くんはいつも優しくて元気をくれるし、乙狩先輩は一見無骨だけど穏やかで優しいし面倒みもいい。

「え〜、ゆうたくん見る目あるなぁ。すごい納得のランキングだった」
「あはは、ここはありがとうなのかな? じゃあ最後、いよいよランキング発表お願いしま〜す♪」
「おっいよいよだね! これは夢ノ咲学院全員が喉から手が出るほど欲しい情報だよ〜! 果たして現役JKに選ばれるのは誰なのかっ!?」

この子達MCや盛り上げ役が上手いよなぁ、とひとりで感心しつつ、乗せられてちょっと真剣に考えてしまう。春から二、三ヶ月間で大体のひとと接してきたけれど、好きなアイドルと言われればまだ選べたかもしれないが恋に落ちそうな……と言われるとかなり難しい。

「う〜ん……わかんないなぁ、そういう目で見たことないから……」
「まぁ実際に好きって言われたらそれはそれで盛り上がっちゃうけどね? 人柄がいいな〜とか魅力的だな〜ってひと、いない?」

ゆうたくんにそう訊ねられ、改めて夢ノ咲の人達を思い出す。そしてウンウン唸った末に、ハッとひとりの人物が浮かんできた。そしてその人が浮かんだ途端他の人のことはすっかり忘れてしまった。

「あっ、あんず先輩!」

 私が晴れやかな顔でその名前を口にすると、ひなたくんとゆうたくんは顔を見合わせ、同時に深く溜め息をついた。やれやれこれだから、と暗に言われているような気がする。

「えっちょっとなにその空気? 惚れちゃうでしょあんな人! 皆のことよく見てるし仕事も一緒に頑張ってくれるし、あと私、羽風先輩を前にしたときのあんず先輩のハッキリした態度すごく好きなんだよね〜! かっこよくない? やっぱりお姉さんって感じがする!」

興奮気味にべらべらとあんず先輩のことを語っていると、ふたりも何となくウンウンと頷いてくれた。

「まぁ確かにね〜、あんずさんて結構漢気あるときあるし……努力家だしね、憧れちゃうかも」
「この学院、一応アイドルだらけなのに女の子ひとり振り向かせられないって逆にすごいよね? う〜んでも相手が悪かった! あんずさんには勝てないよ〜っ」
「あはは、だよねぇ。でもみんなかっこいいし、ランキングなんて付けれないよ。私だって油断したら皆好きになっちゃいそうだもん」
「ふ〜ん、気をつけてるんだ、恋しないように? 俺は良いと思うんだけどな。今どきそこまでタブー視されてないでしょ、しかも俺たちまだ学生だし」

ひなたくんは珍しく独り言のようにそう呟いた。私が何か言おうとしたそのとき、ガコンと棺桶が開く音がした。

「なんじゃい、騒がしいのう……? おや、今日は一年生ばっかりかえ。くく、愛らしいのう♪」

 ぬっと顔を出した朔間先輩とばっちり目が合う。そして逸らす。幸いひなたくんとゆうたくんが朔間先輩のほうを向いていたので、露骨に避けたことを気取られることはなかった。

「朔間先輩、UNDEADの皆さんはレッスン室でレッスンしてますから、起きたなら合流してください」
「あぁ、そうじゃった。うむ、では行ってこようかの……ふあぁふ」

朔間先輩は呑気に欠伸をして、のそのそと部室を出て行った。ひなたくんとゆうたくんは同時に「行ってらっしゃ〜い」と言って、私の方を振り返る。

「ねぇねぇ、朔間先輩とか特に美形で割と距離も近いけど、それでもドキドキとかしないの?」
「えっ? あはは、しないよ。私はどっちかって言うと朔間先輩のこと、お兄ちゃんみたいに思ってるし」

ひなたくんの見透かすようなからかうような視線に毅然と否定すると、ゆうたくんがちょっと驚いたような反応をした。

「ん? あれっ、お兄ちゃんいるんだっけ?」
「うん、そう。だから割と妹気質なところもあるのかも」
「へ〜、頼れる年上の男の人が好きってこと?」
「も〜違うから!」

そんなふうに三人ではしゃぎあっているうちに、気がつけば日も暮れて下校時間になってしまった。

 ふたりと別れてとぼとぼ歩いていると、不意に朔間先輩のことを思い出してしまう。お兄ちゃんみたいに思っている、というのはあながち嘘ではない。

けれど最近、自意識過剰かもしれないが朔間先輩と目が合うことがあまりに多いのだ。見つめられるたび、視線が絡むたびに胸の奥で何かが疼く。それが恋なのかもしれないなんて、今はまだ考えたくもない。