[零視点]・ショコラフェスのストバレが微妙にあります







「あ、あんずちゃんがアドニスくんにチョコを……」

と打ちひしがれたり現実逃避をしたりしている薫くんをよそに、俺は密かに彼女からのチョコを期待していた。周りには極秘であるにせよ、付き合い始めて一ヶ月強……始めてのバレンタイン、ともなれば彼女も本命チョコを用意してくれているのではないか。



 と、期待していた自分の浮かれ具合は、今思い返せば相当なものだった。冷静になってみれば、プロデューサーとしてショコラフェスの準備でてんやわんやな彼女が本命チョコを用意する暇などないことは明白だ。

もともと手先はあまり器用でないとか料理が苦手だとも言っていた。そして当日、何も無いままショコラフェスが無事に終わってしまった。

「お、終わった……っ! お疲れさまでした!」

疲れきった晴れやかな顔でそう言われたときには、もう「本命チョコは?」などと催促をする気になれなかった。彼女が身を粉にしてアイドルのために働いてくれたのだからそれを喜ぶべきだ。

 自身にそう言い聞かせていると、彼女がちょんちょんと背伸びして肩を叩いてきた。

「うおっ、なん、なんじゃ? 我輩に何か用かえ」
「……えと、その…………一日お疲れ様でした! これ皆に配ってるのでもし良ければどうぞ! あっ大神先輩、乙狩先輩もどうぞ!」

わざわざ「皆に配ってる」と大声で言いながら、彼女は保冷バッグに入れられたチョコの小包を関係者にさっさと渡していく。

 最初に渡してきたものは、確かにシンプルなラッピングではあったものの、他のものにはついていないメッセージカードが添えられていた。こそこそと誰の目にもつかないよう文面に目を通す。

『朔間先輩へ いつも照れちゃってごめんなさい。大好きです』

……と簡単に書かれたメッセージを見て、思わず顔がニヤけてしまう。そそくさとカードをポッケにしまい彼女のほうを見ると、ばっちり目が合った。

しかし彼女はすぐには目を逸らさず、はにかむように笑顔を返してくれたのだった。

「くうっ……!」
「うぉ!? な、何してんだよ吸血鬼ヤロ〜……」

 近くにいたわんこには不審な目で見られたが、仕方ないだろう。咄嗟にうずくまっていなければみっともなくにやついた顔を彼女にまで見られてしまっていたかもしれないのだから。