私はヒーローになりたかった。
気がつけば、いつからか私の遊びは、着せ替え人形やごっこあそびに変わっていた。
親も何の疑問もなくそれらを買い与えてくれたし、まわりの友達もみんな同じようなものを持っていた。だから、私も "女の子" の遊びをそれほど嫌ってはなかった。
だけど、少しだけ寂しいと思ったのは、戦隊ヒーローが好きだという子が、誰一人としていなくなっていたことくらいだった。
『――――ンジャー、ここに参上!
赤い炎は、正義の証! 流星レッド、守沢千秋!』
テレビから漏れ出た声に、いち早く反応したのは母親だった。「あら、千秋くんじゃない!」と嬉しそうに声をあげ、画面越しの男の子を見て微笑んだ。
そこには、守沢千秋と、彼が率いる4人の仲間たちが映し出されている。次週から始まる特撮の宣伝絡みなのか、右上には「戦隊アイドル流星隊、メテオレンジャーを熱演」と書かれていた。
一通り見どころが画面に流れ、敵と戦うシーンからはスタジオのスクリーンへと切り替わった。それをバックに映しつつ、流星隊と司会進行のトークが始まった。
そこには興味がないとでも言うように、最速、母親が口を開いた。
「ねぇ、千秋くん、主演だって。お母さん、そんなこと全然知らなくって……璃黛、知ってた?」
「割と」
「もう、なら早く言ってちょうだいよ!」
「なんで? 関係なくない?」
「あるわよ! お母さん、『千秋くん、頑張って〜』って応援してあげるんだから」
と、和気あいあいに話す母親に、あっそうと適当に相槌をうつ。
ついでにサインなんかもお願いして〜と言う母親の言葉を無視し、「いってきます」と言ってから席を立った。
「そっちが目当てでしょ、ミーハー」
図星を突かれてムッとする母親を横目に、『応援、よろしくお願いします!』と言って締めた千秋の声を背中越しに聞いた。
馬鹿みたいに笑うだけじゃなく、真面目にトークもできるんじゃん。会ったら、特集見たよってからかってやろう。そう思いながら、玄関を出た。
私はヒーローになりたかった。
確かに、女の子でも悪を懲らしめることは出来る。
美少女戦士だったり、見習い魔女っ子だったりするけど、女の子にとってのヒーローもちゃんと存在している。だけど、私がなりたいのはそれじゃない。
私はヒーローになりたかった。
でも、ヒーローの証であるレッドには、男の子だけがなることができる。女の子は、リーダーであるレッド以外の「仲間」のポジションにしかなることができない。
私はヒーローになりたかったのは本当だけど、同時にレッドにもなりたかったんだよ。
私たちが、まだ男女の区別を知らなかったあの頃。
私たちは、同じことをして、同じものを持って、同じものを好きになっていた。それが当たり前だったし、親も何の疑問も持たずに、私たちの成長を見守ってくれていた。まわりの友達も、それはおかしなことだと指摘するようなことはなかった。
なのに、いつ、その歯車は狂ってしまったんだろう。
私は "女の子" の遊びをするようになっていたけれど、千秋が私と同じように "それ" をするようなことはなかった。変わらず、ヒーローであるレッドの真似ごとをして遊んでいた。
いつしか、私はレッドになりたかったという気持ちを忘れてしまっていた。同時に、レッドの真似ごとをしている千秋を、子供っぽいと思うようになった。
千秋の背が伸び、私の胸が膨らんできた頃には、二人が "同じ" を共有することはなくなっていた。
私は変わらず "女の子" の遊びをしていたし、千秋も変わらず "男の子"の遊びをしていたように思う。
親たちは、私たちの近すぎる距離感を見ては「それはいけないこと」だと注意するようになっていた。まわりの友人たちも「それはおかしい」と指摘し、また、わざとらしくはやし立てるような人もいた。
それが嫌で、私は千秋を避けるようになっていた。千秋はどうだったのだろう。
月日が経ち、二人を繋ぐものが「幼馴染」だけになっていた。
親たちは、私たちを公認するようになり、友人たちは微笑ましいと見守ってくれている。相変わらず、私は "女の子" を辞められずにいるけれど、千秋は私が憧れていたレッドになっていた。
私はそれがすごく羨ましかった。千秋になりたいとさえ思った。私は、ヒーローになれるなら、レッドになれるなら、女の子じゃなくて男の子になりたかったよ。私は、千秋に守られる女の子じゃなくてよかったんだよ。
「あのね、千秋。本当は、」
2016.05.03
私がヒーローになりたかったよ