◎攻め主(♀)
「に〜ちゃん。失礼ながら、聞きたいことがあるんですけど良いですか?」
「ん?なんら、璃黛〜? に〜ちゃんに答えられることなら、なんでも聞いてくれていいぞ」
「じゃあ聞きますけど、に〜ちゃんって男性器付いてるんですか?」
「……えっ?」
それが全ての始まりだった。
体格が似通った男女は並んで歩いていた。仁兎なずなと、一橋璃黛である。
二人は先ほど廊下で鉢合わせた。というか、階段を降りていた璃黛が、重そうな荷を運んでいるなずなを見つけて、一方的に声をかけただけなのだが。
彼に行き先を問えば、校舎端の倉庫まで行くのだという。箱から顔を出すものを覗けば、やたらと重量がありそうな機械と冊子。見るからに重そうなそれは、彼には些か重労働だろう。いくら男の子とはいえ、なずなは華奢なのだ。
それを見越して手伝いを申し出ると、即答に近い形で断られた。さすが、後輩思いのに〜ちゃんである。でも、ここまでは予想の範囲内。それならこちらにも考えがあると、「行き先が同じ方向だし、居合わせたついでです」と言葉に手を加えて、勝手に荷物の半分を持った。
璃黛は、しっかり者のなずなが押しに弱いことを知っている。案の定、「お前な〜」と困ったように言いつつも、最後には「ちょっと重かったから助かったよ」と、めちゃくちゃに可愛い笑顔でお礼を述べられた。
埃っぽい倉庫内。所狭しと置かれた備品。窮屈なそこで、ごちゃ混ぜに放られた箱の中身を、在るべき場所へと戻す作業に勤しむ二人。
退屈なそれも、時折り私語を挟んでいれば、終わりが見えるのもあっという間だった。……そう、あっという間だった。気づけば、璃黛はなずなを押し倒していた。
窓から差し込む日差しで、舞った埃がキラキラと光る。そんな中で、見つめ合ったまま微動だにしない二人の学生。璃黛は自身の行動に詰んだと絶望し、なずなは思いもよらぬ展開に言葉を失っていた。
どうしてこうなったかと聞かれれば、人けのない空間に二人だけってこと。それに加えて、大らかすぎる、なずなの人柄が原因ともいえる。
それらが相乗効果で化学反応を起こし、璃黛の気持ちを大胆にさせてしまった…のかもしれない。例えるなら、アルコールを摂取して馬鹿になった感覚に近い。
だから、聞いてしまったのだ。
「そんなに可愛くて、に〜ちゃんって本当に男性器付いてるんですか?」
と。
冗談のつもりだったが、場の空気が凍るのを感じた。自分が見てるのは棚の方なのに、なずなが引いてるのが気配でわかる。しくじった。これじゃあ、いくらなんでもセクハラだ、と言ってしまってから焦る気持ちが膨らんでゆく。
顔を見合わせていなかったのが不幸中の幸いだろう。心が折れずに済んだ。だけど、後にああなるなら、面と向かっていた方が良かったのかもしれない。なんて、今の璃黛は知る由もない。
なずなはしばらく絶句していたが、ふと我に返ったようで、目に焦りの色が見えた。逆セクした璃黛に、何か言葉をかけてやらねばと思ったのだろう。無視をしないところが、実に、に〜ちゃんらしい。
そう思った矢先のこと、
「……璃黛ちんでも、変な冗談言うんらな〜」
と、なずなは困ったような笑顔を浮かべ、話の流れ自体を誤魔化してくれた。
なのに、それのどこが悪かったのだろう。なぜか癪に触った。なずなの思いやりのある返しに救われたはずなのに、話を逸らされたからだろうか。イライラが募る。
気が付いたときには、近場にあったなずなの手首を掴んでいた。璃黛のいきなりの行動に、なずなは呆気にとられている。その余勢に押されるまま、目の前の彼に告げた。
「冗談とかじゃなくて本当に信じられないので。だから、確かめさせてください」
そう言った璃黛は、そのまま乗っかる勢いで押し倒し、握ったままだったなずなの手首を倉庫の床に縫いつけた。
璃黛の暴走は止まらなかった。むしろ加速したところ、アドレナリンの過剰分泌でもされていたのだろうか。真相は分からない。
璃黛が我に返ったのは、驚いた色を見せるなずなの瞳と目が合ったときだった。自分の行いに対して、詰んだと絶望したのは最初くらい。しかし、こうなってはもう遅いかと、今度は逆に開き直り始めたのだからタチが悪い。
それを知ってかしらずか、沈黙を破ったのはなずなの方だった。ここまでの状況にやっと理解が追いついたらしく、徐々に顔を赤らめる。じたばたと体をよじり、呂律の回らない口でわめいた。
「はぁ〜!? にゃに言ってるらよ璃黛! らめろっ、はにゃしぇ〜〜っ!」
「大丈夫です、大丈夫です。ちょっと確認するだけですから」
「しょりぇがおかしいんらろ! てか、おみゃえ力ちゅよくにゃいか!?」
「そりゃイベント来るたびにダイヤ砕いてるので。力には多少の自信はありますけど」
「おみゃえ、にゃに意味わきゃんにゃいこりょ言ってりゅんらよ〜〜!?」
「に〜ちゃんこそ、なに言ってるんですか? 噛みすぎてて、言ってることがよく分かりませんよ、っと」
力一杯に拒んでくる、なずなの両手を一括りにして抑え込む。体重をかけるように床に押し付けていれば、女でも片手で事足りた。
まさか自分が女に押し倒され、挙句、動きを封じられるとは思いもしなかったのだろう。なずなの瞳が、ショックで軽く淀んだ。それに対して、ごめんと一言、心の中で侘びを入れる。
事の成り行きに対して不安そうに揺れる瞳を無視し、璃黛は余った片手を使って、なずなのシャツの裾を引っ張り出すことに勤しんだ。もぞもぞとまさぐる姿は、どう見ても立場が逆である。
それに貞操の危機を感じたのか、なずなは慌てたように意識を戻し、小さな抵抗を開始した。けれど、それは本当に小さなもの。俺の方が男なのに…と、なずなの心の声が漏れて聞こえそうなほど、力の差は歴然だった。
それでも舌ったらずに、「に〜ちゃん、もう怒ったぞ」と言いながら、なずなは抵抗するのをやめなかった。赤らんだ顔で言われても、怖くも何ともないのだが。むしろ、それは逆効果で、璃黛の奥底にある加虐心を膨らませただけだった。
そんな事とはつゆ知らず、なずなは興奮で顔を火照らせたまま。それは羞恥と怒り、どっちのものだろう。ベルトのバックルに手をかけながら、璃黛はそっちの方が気になった。
「おみゃ、どこしゃわってりゅ、んにゅ!? なっ、にゃにしゅ…ん、えっ、あ、やらぁ!」
と、気づいたなずなが否定の言葉を並べる頃には、璃黛は片手で器用にスラックスのホックを外し、ジッパーを下げているところだった。
それもあっという間に終わり、隙間から、なずならしいカラーのボクサーパンツが顔を覗かせている。それを可愛いなんて思う間もなく、璃黛は彼の股下の隙間に手を突っ込んで、一気にスラックスをずり下げた。「…ひっ!?」とあがる悲鳴と、下着の全貌が明らかになったのは、ほぼ同時くらいだったと記憶している。
璃黛は、当初の目的であった彼の股間を凝視する。ボクサーパンツ越しだが、そこには何かが収められるように、ゆるく膨らんでいた。きっと、男性のそれだろう。考えなくても分かりきったことだった。
不意にうめき声が聞こえて顔をあげると、これ以上ないくらいに顔を真っ赤に染めて、目を潤ませたまま睨む、なずなの瞳とぶつかった。怒りと羞恥からくるものだろうが、今にも泣き出しそうな表情だ。
今頃になって、酷いことをしてしまったと、なけなしの良心がじくじくと痛んだ。
「うぅ…璃黛ちん…にゃんでこんにゃことすりゅんらろ〜…」
「あの、に〜ちゃんが可愛かったので…つい」
璃黛は正直にそう述べて、にへらとなずなに笑いかけた。
2016.05.29
容疑者のたわごと