「……よし、」


そう、私は小声で軽く意気込んだ。

11月17日、今日は橘くんの誕生日だ。
当日が登校日で本当に良かったと今年の暦に感謝して、これが最後のチャンスだと自分自身に言い聞かせる。
ドキドキと心臓を高鳴らせ、一歩ずつを確実に踏み込みながら、彼の座る席に向かって歩みを進める。目先には、七瀬くんと談笑している橘くんの姿。少しの緊張を仕舞い込むように、両手で抱え持っていたプレゼントをキュッと胸に軽く押し当てた。


「あのっ、橘くん!」


もうすぐ目の前に迫るというところで、早めに彼に声を掛ける。

ピタッと会話をすぐに止めて、自分のことかと振り向いた緑の瞳と目が合った。
同時に左側から、瑠璃紺色の瞳を持つ、橘くんの幼馴染である七瀬くんの視線が突き刺さる。うわぁ、タイミング間違えたかな…なんて思っていると、彼はおもむろに立ち上がり、そのままフラッと教室を出て行ってしまった。
その間、二人は視線だけで会話をしたらしい。橘くんはあからさまなため息を一つ吐いて、「もう…ハルのくせに…」と困ったような顔をしながら一言だけそうぼやいた。

絵に描いたような絶好のシチュエーションが思わぬ形で整ってしまい、焦りが汗を分泌する。ええい、もうどうにでもなってしまえ!という勢いだけで、私はプレゼントに用意した小振りのケーキを、思いっきり彼の目の前に差し出した。


「〜〜〜〜ッはい、これ!」

「……え?!俺に…くれるの?」


びっくりする橘くんに、肯定の意を込めコクコクと首を縦に振る。
しばらくして、持っていた包みが手からそっと離れていく。その感覚に安心して顔を上げると、目の前の彼から、「ありがとう!」と感謝の言葉が降ってきた。


「あの、ちょっと前に、今日が誕生日って聞いたから……」

「あ、それで!覚えててくれたんだ!」

「うん。その時の約束…なんだけど……ちゃんと果たしたよ。」

「……てことは、手作りってこと?!」

「そう、有言実行。チョコが好きって言ってたから、小振りのチョコレートケーキにしてみたの。それに、ケーキってお誕生日感あるなぁと思って……」

「うわぁ…待って、すっごい嬉しい。」

「ちょっと甘すぎかなって思ったんだけど、チョコが好きなら平気…だよね?」

「正直、一橋さんから貰ったものなら何でも嬉しいよ、ありがとう。……ねぇ、今、開けてみても良い?」

「えっ…うーん、どうぞ。口に合わなかったらごめんね。」


優しい瞳と鉢合わせをしてしまったついでに、保身の予防線を引いておく。

昨晩、奮闘したラッピング。それを丁寧に解く指先をジッと見つめる。開けたセロファンの隙間から雪化粧を施したケーキが現れた瞬間、フワッと甘い香りが鼻腔をくすぐった。
チラッと見られた瞳が垂れ、「それじゃあ…いただきます。」と一声かけてから彼はそれを口元へ運んだ。もぐもぐと動かされる唇を見つめながら、次の言葉に集中する。
まるで、審査員にでも判定してもらうような気分だった。


「……あ、」

「えっ…もしかして美味しくなかった?!」


鋭く反応した彼女に、「いや、すごく美味しいよ。」と素直な感想をそのまま述べる。
ホッと一息を吐いた彼女を横目に、もう一口かぶり付く。ふわふわの生地にチョコレートの甘さ。それを飲み込むとき、やっぱりそうだと抱いた疑問が確信のようなものに変わる。

この味に覚えがある。
そう思うが早いか、俺は率直な言葉で彼女に問うた。


「一橋さん。もしかして、今年のバレンタイン……俺にチョコくれた?」


そう言えば、彼女の驚いたような瞳に射抜かれた。

思い出されるのは、今年のバレンタインデーのこと。
その日の帰り、自分の下駄箱に可愛くラッピングされたものが押し込められていた。
漫画でよくあるようなことをしてくれた差出人の名前は無く、その代わり、“好きです”と一言だけ書かれたメッセージカードが挟まれていた。返事をしようにも誰なのか分からずじまいだし、お礼も言えずに、しばらくは悶々とした日々を過ごしていたことを思い出す。

その時にもらったのがチョコレートケーキで、今日、一橋さんにもらったのもチョコレートケーキ。もしかしてというか、まさかというか、さっき食べたケーキがその時の味にそっくりだったのだ。


「……ねぇ、一橋さん、答えて?」


そうだよね?と確認するように、再度彼女に問いかける。彼女は視線を軽く泳がせたあとに困ったような顔をして、黙ったまま、一度だけ首を縦に振った。

そっか、あれは一橋さんだったんだと、驚きと嬉しさが半分ずつ込み上げる。同時に、じわぁっと温かいものが胸いっぱいに広がって、無意識に頬の筋肉が緩んでいく。
目の前で不安そうな面持ちでいる彼女にこの気持ちを伝えようと、深呼吸も兼ねて、俺は小さく息を吸い込んだ。


「その…あの日のことだけど、差出人の名前が書いてなかったから誰がくれたのか分からなくて……」

「……えっ、うそ……?!」

「本当だよ。それにお礼も言えなくて、俺、すごく困ってたんだよ?」

「えっ、あ……ごめん……?」

「はは、見つかって良かった。……それで一橋さん、遅くなっちゃったけど…あの時の返事、してもいい?」


そう優しく微笑みながら、橘くんはシンプルな言葉を声に乗せた。
同じ想いが込められたその言葉に周りの音が無音に変わる。

まさか彼の誕生日に、ホワイトデーのお返しがくるだなんて思いもしなかった。

日常の狭間
2014.11.17 
2016.03.11了
選んでくれてありがとう


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