「百太郎は何食べたい?」
「ボンゴレとトリプルチーズハンバーガーとガタガタくんチョコプリン味!!」
「それ全部モモの好物じゃん」
「食べたい!」
「はいはい、却下」
「ええー?!」
そう、百太郎がブーイングを漏らすと同時、向かいの席に座る兄が豪快に笑い出した。
聞こえるブーイングと笑い声のコラボレーションに、あーうるさいと、思わず眉をしかめてしまう。双方をやかましく思いながら、私は一つ、ため息を吐いた。
クリスマスを目前に控えた今日、我が家にはオフを迎えた兄弟が帰省してきていた。兄の清十郎と、弟の百太郎である。
現在、大学に進学した兄は、実家から離れて一人暮らしをしている。弟に至っては、兄の母校でもある鮫柄学園に入学したので、今は実家を離れて寮生活をしている。
そんな二人が揃って帰宅し、静かになったはずの御子柴家は一変して、以前までの賑やかさを取り戻していた。
誰から遺伝したのかと疑ってしまうほどに、顔は似ている(らしい)が、性格は全くと言っていいほどに似てない私たち三兄弟。
某有名テニス選手のような暑苦しさを兼ね備えてる割には、無神経で気が利かない兄の御子柴清十郎。お調子者で喜怒哀楽が激しく、元気すぎて紐で括っておきたくなるほどに落ち着きがない弟の御子柴百太郎。そんな間に挟まれた私、御子柴璃黛は、言わずもがな煩い二人とは正反対の性格で育ちまして、今ではこの二人の男のストッパー兼まとめ役である。
そんな素晴らしい化学反応を起こした両親は、全てを悟っていたかのように、今日に限って仕事へと出掛けて行った。冬休みに入った私たち学生は、三人仲良くお留守番というわけである。
毎年、冬生まれの百太郎の誕生日は、クリスマスと一緒にお祝いすることになっている。例外なく今年もそうで、両親は必要な資金のみを提供して、全てを私に丸投げした昨晩遅くのこと。
仕事だから仕方ないとはいえ、酷なミッションコンプリートに私は些かの目眩を覚えた。
いつもより遅めに起きてリビングへと向かえば、いつもはない、むさ苦しい姿がソファに二つ。今朝は早く起きたのか、二人仲良くテレビゲームに熱中していた。
「ねぇ、お母さんから色々準備しててって言われたんだけどー」
と、冷蔵庫を開けて、コップに牛乳を注ぎながら本題を問う。
同時に刺さる金の瞳の視線を感じながら、私は一気に牛乳を飲み干した。そして自分も同じであろう金の瞳を向けながら、「何食べたい?」と再度問うたあとに、彼らの言葉に耳を傾けた。
「俺、ピザとか食いたい!!」
「じゃあ買いに行かないと」
「母さん達、今日は早めに帰ってくるって言ってたな。よし、買い物がてら、久々に三人で出掛けるか!」
そう言う兄の提案に乗り、私たちは割と大きなショッピングセンターへと足を運んでいた。そして、着いて早々にお昼を済ませようと、ファーストフード店の机を囲んだのがさっきのこと。
他愛もない会話を挟みつつ、今晩のメニューについて議論していた。
なあなあ具合に話が進んだところで、私が先ほどの却下をしたのである。
「じゃあ、璃黛ちゃん!今年もケーキ作ってよ!」
と、年が一つしか違わない百太郎が、私の名前を“ちゃん”付けしながらリクエストを述べる。どうやら、去年の誕生日にケーキを手作りしたことを覚えていたようだ。
百太郎の期待に満ちたような、キラキラした瞳が私へと向けられる。
「えー、今からー…?」
「今から!食べたい!!」
「俺も食べたい。」
「って、お兄ちゃんも?!」
思わずガタリと椅子を鳴らした。
食べたい食べたいと呪文のように唱える二人に後押しされ、面倒だなぁと、おもむろにため息を吐きながら渋々リクエストを承諾する。途端、「よっしゃあ!」と声を合わせてハイタッチをする男が二人。
そんな姿を横目に、どんなケーキにしようかと、私は奥底から脳内のメモリーカードを引っ張り出していた。
「あとチキンも食べたい!丸焼きか、手で持って食べるやつ!!」
「それ、いま?このシーズン、どこの家も買うだろうし、今からの予約じゃもう無理でしょ……」
「ええぇ?!チキンが無かったら誕生日感もクリスマス感も皆無じゃん!!」
「私に言われても困るんだけど」
「……俺が作ろうか?」
「え?待ってお兄ちゃん、料理…出来たの?」
「任せろ!!」
今まで黙っていた兄からのまさかの発言に、私と百太郎は、疑心暗鬼とも言える表情を浮かべながら清十郎へ目を向ける。
当の本人はといえば、ドーン!という効果音が聞こえてきそうなほど、自信に満ち溢れた表情をしたままニヤリと笑っていた。
では、その自信を信じて、チキンは兄に任せることにしよう。
そう思ったところで、今まで黙っていた末っ子が「俺も、俺も!」と言い出すのはご愛嬌のことで。案の定、「ずりぃ!兄ちゃんが作るなら俺も何か作りたい!!」と言い始めた。
百太郎が兄の真似をしたがるのはいつものことで、競う訳でもないのに、何故か負けず嫌いっぷりを発揮する。そんな百太郎の競争心を煽るように、「お前にはまだ早い!」と清十郎が言い始めたところで、私は事が穏便に済みそうな提案を思い付き、それを口にする。
「あーっ、じゃあさ!今年の料理は、みんなで一品ずつ手作りしようよ!」
と、割って入って静止させる。
黙った二人は私を見やり、目から鱗だとでも言うように瞳を光らせているところ、双方共にそれで納得したようだった。
気が変わらないうちにと、早々に食料品売り場へと移動する。とりあえず、百太郎と他のものは兄に任せることにして、私は足りないもの揃えるべく、すでに家にあるであろうものを思い浮かべながら売り場を隈なく探し歩く。
たまに私の方へと顔を出す百太郎には、課せられた食材を探すという、ミッションという名のパシリを請け負ってもらったりしていた。
相変わらずちょこまかと動き回る百太郎を見て、ふと思う。
外見は(多分)良い方なのに、彼女が出来ないのはきっとこれが原因なんだろうなと、酷、冷静に分析する。久しぶりに見る落ち着きの無さから、昆虫以外の女の子に好かれる日は来るんだろうかと、私は姉ながらに少しだけ心配になった。
程なくして、難なく他を揃えてくれた兄とも合流し、わいわいと楽しく会話をしながら車へと向かった。
車は、今年に免許を取ったばかりの清十郎が運転する。初心者マークの運転なんて…と、始めのうちはビクビクしていたものが、今となっては安心して乗車できるほどになっていた。慣れとは恐ろしいものである。
大学生になってからの兄は、運転は出来るしで何かと使い勝手がいい。それに、元が優しい性格ということもあって、頼みごとは無茶ではない限りきいてくれるし、体格の良さから重いものを持ってくれたりもするから、更に良物件になったと言う方が正しいだろう。
それでも未だに彼女ができないのは、この暑苦しさと女心が分からない無神経さが原因なんだろうなと、妹ながらにその感性だけは不憫に思うのだった。
(……まぁ、家族とクリスマスを過ごす時点で、私も人のことは言えないのだけれども。)
そんなことを思いながら帰路に着き、買い込んだ荷物をリビングへと運んで、狭いキッチンを背にエプロン姿の兄弟が鎮座する。コホンと咳払いを一つして、「では!」と言ったあとに、私は一呼吸置いてから言葉を続けた。
「各々が最善を尽くすように!健闘を祈る!!」
「「いえっさー!!」」
と、何故か軍隊のような掛け声と共に、各自が調理を開始する。
ちなみに、清十郎は宣言通りにチキンを担当することになり、璃黛はリクエストされたケーキを、戦力外の百太郎はサラダを作ることになっている。
一応、主役でもある百太郎には、問題児ということもあって見てても良いよとは言ったものの、有言実行が彼の性分でもある。やはり引くこともなく、仕方なしに誰でも出来そうなサラダをチョイス。
それに加えて、動き回られても迷惑だとキッチンは全面立ち入り禁止にして、ダイニングテーブルでひたすら千切る作業をしてもらうことにした。始めはブーイングだった百太郎も、今では千切る作業に没頭しつつある。
それに、百太郎だけ隔離したのにはもう一つだけ理由がある。
実は、百太郎が売り場で動き回る最中、兄と相談しながら手分けして買い揃えた誕生日プレゼントが隠してある。それを、百太郎側から見ての死角となる場所に隠し置くためでもあったのだ。
オープンキッチンという役割を果たし、百太郎を視野に入れながらきちんと対話も出来ている。今のところ勘繰られている様子もないし、我ながらいい考えだったと安堵して、自分も調理を再開した。
その隣では、某有名俳優が担当する料理コーナーを意識してか、ワザとらしい手付きで調理をしていく清十郎の姿が目に留まる。わざわざ実況して笑いを誘ってくるため、こちらも手元が狂わないように必死である。一度笑ってしまうと、ウケたことで更に調子に乗るので注意したいところだが、いつも私が肝に銘じるより先に百太郎が吹き出してしまうのだ。
結局、それにつられて笑ってしまい、最後は何ともないことでみんなが爆笑の渦に包まれるのが、我が御子柴一家のパターンとも言える。
そんな異様な雰囲気に包まれる中、各自が己の担当する料理を完成させて、残るはケーキのみとなっていた。
ガシャガシャと、金属を擦らせるような音だけが狭くない部屋に響いている。その音を聞きながら、完成を今か今かと待ち侘びる姿が二つ、ダイニングからキッチンを覗き込んでいた。
「まだー?」
と、待ちくたびれたとでも言うような百太郎の催促が入る。
チョコレートのペンで丸を書き続けている私は真剣そのもので、空返事を挟みながらも無視をして、ひたすらその作業に集中していた。
「璃黛ちゃんまだー?まだー?」
「うるさい。」
「まーだー?まーーだーー?」
「璃黛、待ちくたびれたぞー」
「……っもう!あと少しだからお兄ちゃんもモモも黙ってて!!」
璃黛にピシャリと言い捨てられ、ビクッと肩を震わせてから二人は固く口を噤んだ。何故なら、この女を怒らせると怖いということは、幼少の積み重ねから重々に承知しているからだ。
ここは黙って見守るかと二人は視線のみで会話をし、真剣な璃黛の姿を見つめ、静観することを約束した。
しばらくして、「完成ー!」という声と共に、その喜びを分かち合うような歓声が二つ挙がった。
完成したばかりのケーキを前にして、百太郎の「すげーカッコイイ!!」と言う言葉に達成感と安堵感が湧き上がり、ふぅと一つ、私は小さく息を吐き出した。
ホールケーキも良いけれど、今年は意外と簡単にできるブッシュドノエルをチョイスした。見た目が切り株ということもあり、飾りはもちろん、クワガタやカブト虫に模したチョコレートだ。
この型抜きのプレートは、まだ弟が小さい頃、母親がバレンタインの時のためにと買ったものだ。もう使い道はないだろうと思っていた型が、こんなところで役に立つとは思わなくて、母親が帰ったらさぞかしびっくりするだろう。
それよりも、例年にない気持ち悪さ抜群のケーキになってしまった訳だが、味は(多分)問題ないだろうし、いい年した男が喜んでいるのだから、これはこれで良しとしよう。そう納得して、溶ける前にケーキを冷蔵庫へと押し込んだ。
「二人ともまだかなー」
と、豪快にソファに座りながらテレビを見ている兄の隣で、子機のゲームをしていた弟が、誰に言うでもなくそうぼやいた。
各自、お風呂も済ませてしまい、あとは親の帰りを待つのみを控えた状態だった。
テンポ遅れで、そろそろだろうと兄が言った拍子、なぜか百太郎と戯れ始めたのを横目に見やり、私は静かにリビングを後にする。
きっと騒いでリビングで寝てしまうだろう二人を想定し、今のうちに、内緒で用意したクリスマスプレゼントを各部屋の枕元に置いておくことにしたのだ。明日の朝、騒ぎ出すであろう姿が容易に想像できてしまい、自然と顔が綻んでいく。
同時に、毎年のように騒がしいけれど、こうして一緒にお祝い出来るのはいつまでだろうと、少しの寂しさが込み上げる。だけど、それでも良いと思えるのは、血の繋がりが変わることがないからだろう。
そう、柄にもなくしんみりしていたところ、ガチャリと玄関の扉が開く音が聞こえてきた。程なくして、「ただいま」と帰宅を知らせる両親の声が聞こえ、それを迎え入れる兄弟の声もリビングのドア越しに聞こえてくる。
少しでも長く思い出を共有したくて、私は急いで階段を駆け下りた。
日常の狭間
2014.12.06
2016.03.11了
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