「ちょ、と!追いかけて、来な...いで、よー!」

「あはは、りぃちゃん先輩大丈夫ー?」

「...は、...も、いい加減、来ないでー!」


発端は昼休みの購買から始まる。
最近やたらと引っ付き回る後輩くんと鉢合わせ。

私の野生の本能が逃げろと指令を出したので、全力で来た道をダッシュで引き返したが何故か後ろを着いて来る後輩くんの姿が目に入る。

昼休み特有の賑わう廊下で追いかけっこ開始のゴングが鳴った。

彼は水泳部で持久力がある。
反対に私は帰宅部で持久力など無いに等しい。
運動なんて体育くらいしかもうしたことない。

そんな私が追いつかれるのなんて目に見えてる。

数分も経たないうちに追いつかれた。
しかも彼は隣に並んで私と一緒に走る始末。


おい、何がしたいんだ葉月渚。


なけなしの体力が限界を訴え、荒い息を吐きながら渡り廊下で立ち止まる。

懸命に酸素を取り込みながら呼吸を整えている私を見て、大丈夫かと気にかける声がかかる。

そもそも追いかけて来なければこんなことにはなってない、と文句含みの抗議を投げ掛ければ


「先輩が逃げるからいけないんですよ?」


うずくまる私の顔を覗き込むように見ながら、渚くんは笑顔でそう返してきた。

校内で可愛いとよく噂されるが本性は天使の皮を被った悪魔だということは、いつも一緒に居る幼馴染たちと私だけが知ってる。


「りぃちゃん先輩、なんでいつも僕のこと見つけては逃げるんですか?」

「...渚くんが、絶対追いかけてくるから、」

「そりゃ逃げたら追いかけたくなるもん。」

「この野生児!鼠を追う猫か!」

「あ、猫って可愛いよねえ〜」

「こんな腹黒い猫怖い。」

「あはは、りぃちゃん先輩面白い!」


そう言っていつものように柔らかく笑う。
さっきからずっとドキドキと心臓がうるさい。

私が逃げる理由なんて単純なもの。
ほら、今も、心臓がもたない。
何でも無く笑った顔にときめいてしまう。

頭では分かってるのに。
年下なのに。

...ああ、もういやだ。


「もう、いい加減折れて欲しいなぁ。」

「...何に。」

「ね、璃黛先輩。......好きです。」


年下なのに。
頭ではそう思えるのに。

ああ、落ちた。


「僕が追いかけて、先輩が追いかけられて。そろそろこの関係も次に進もうと思わない?」


そう言って渚くんは私に歩み寄ってくる。

答えなんてもうずっと前から決まってる。
聞くまでもなく分かってるくせに、葉月渚という人は本当にタチが悪い。

私が返事を声に出すよりも早く、遠くで昼休み終了のチャイムが鳴ったのが聞こえた。

日常の狭間
2016.07.22了
先輩が逃げるからいけないんですよ


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