「水は生きている。ひとたび飛びこめば、たちまち牙をむき襲いかかってくる。だけど恐れることはない。水に抗わず……

「ハル、それ余計怖がらせるだけだよ。ほら璃黛、大丈夫だから……おいで?」

「………………」


真琴が優しそうな笑顔で手を差し出してくれているが、遙の話しで青褪めた私は水面にいる二人を引き攣り顔で凝視している。


海は苦手だ。
得体の知れないものが潜んでる気がする。

それに幼い頃のトラウマが今も続いている。

笑われるかもしれないがジョーズだ。
私には海=鮫の定義が出来てしまっている。

一番は鮫が脅威だが、それ以外にも高い山となって襲ってくるのも怖いし、急激に深くなるのも怖い。

みんなが綺麗だという水平線でさえも終わりが見えないからか、言い知れぬ恐怖を感じてしまうのだから末期だと思う。

誰と行こうが何年も海に入っていない状態だ。


そんな私が海水に浸かれる日が来るだなんてことを、誰か一人でも想像出来ただろうか?
否、出来るわけがない。

そんなことは本人が一番分かっている。


「ほら来い。」

「やだやだやだやだやだやだやだやだ!」

「手、貸してやる。」

「無理、死ぬ、鮫いる。」

「死なない。鮫もいない。」

「俺も入れてるし、大丈夫だよ。」

「...うえぇ......、やだよおぉ.........」

「泣くな。」

「璃黛、怖いなら無理に入らなくても...」

「…砂浜飽きた。私も一緒に遊びたい。」

「じゃあ早く来い。」






今日は水泳部で近くの海に泳ぎに行くと言うので、暇な私は幼馴染に引っ付いて飛び入り参加。
江ちゃんも居ると思えば、まさかの不在。

一人遊びも流石に飽きた。
なので、岩場まで来た遙に言って試みる。
真琴も心配だからか様子を見に来てくれた。

けどやっぱ怖い。
こんな思いまでして入りたくない。

だけど飽きたのだ。
つまらないのはもっと嫌だ。


「璃黛ちゃん大丈夫かなー?」

「どうしたのでしょう?遙先輩達もあの状態から動きませんね。」

「璃黛ちゃん怖いのに海に入れるのかなぁ……」

「そうなんですか?」

「うん。小っちゃい時に見たジョーズが怖くて、もう海に入ったことないんだって!」

「そうだったんですか。あの様子だと相当なトラウマなようですし、どう考えても無理なんじゃないでしょうか……?」

「えー、そっかなー?ハルちゃんとマコちゃんがついてるのにぃ?」


沖から3人の様子を観察して居た渚と怜だが、かれこれ数時間あの状態が続いている。




「…はぁ、めんどくさい。」

「こらハル。璃黛、岩場からじゃなくて浜の波の緩やかなとこから入ってみるのはどうかな?」

「……やってみる。」

「だって。ほらハル一度上がろう?」

「…はぁ。」


遙は面倒そうな顔をしながらも、真琴と一緒に移動する。


そして決戦の刻は来た。

左手に真琴、右手に遙。
私はその手をぎっちり握る。
腰には浮輪を装着済み。準備は完璧だ。


「美しくない……」

「怜、うるさい。」

「璃黛ちゃん浮き輪かっこいー!」

「渚、うるさい。」

「どこがだ?どう見てもお子様だろ。」

「遙、うるさい。」

「みんな茶化さない。璃黛は真剣だよ?」

「真琴、天使。」

「ええ?!」


ふざけるのもそこそこに私は2人の手をぎっちりと握って、そろそろと海に向かって歩いていく。

足元に軽く波が押し寄せる。
……思ってたより怖くないかも。


「平気そう?」

「…うん」

「じゃあ離すぞ。」

「絶対やめて下さい。」

「もう、ハル。意地悪しない。」

「……水キチ悪魔。」

「離す。」

「嘘です。ごめんなさい。遙、殺す気?」

「璃黛も落ち着いて。ほら、膝まで浸かれたよ。」


気持ちに少し余裕が出て来た。
いつの間にか緊張も溶けてきて、私はすっかり油断していたんだと思う。

そんな時に限って、なんてよくあることだ。

急に腰くらいまでの大きな波が押し寄せてきたことにびっくりして、思わず後ろに仰け反ってしまったのだ。


「ッきゃ!わっ?!」

「おいっ!」
「ちょっ、璃黛?!」


恐怖心から握ってた手を思いっきり引っ張ってしまい、もちろん2人は自ずと道連れである。
3人で尻もちコースだ。


(とうとう海に沈むのね。そして鮫に食べられて死ぬのね。短い人生だった。お父さんお母さん、さようなら。親不孝な娘でごめんなさい。)
※かなりの浅瀬で溺れる訳が無い。


その時の私は、今思えばどうかしてると思うほど訳が分からないことを考えていた。




………あれ?

いつまで経っても来ない衝撃に疑問を感じ、怖さから閉じていた目を開けた。

見れば私が倒れないように遙が腰を支え、真琴は手を上に引いてくれている。おかげで転ばずに済んだ。


「璃黛、大丈夫か。」

「…びっくりした。璃黛平気?」

「あ、ありがと……」

「お前もう上がれ。…少しなら俺が浜に居てやる。」

「ほんと!?遙大好き!」

「抱きつくな。鬱陶しい。」

「ふふ、璃黛良かったね。じゃあハルが泳いでる間は俺が浜にいるよ。それなら退屈しないでしょ?」

「もう!嬉しい!真琴大好き!」

「ちょっと璃黛、恥ずかしいからやめて」


2人の腕をギュッと抱えじゃれながら、そう遠くない距離を浜に向かって歩いて行く。

途中で手を繋げば遙はしっかり握って導いて、真琴は離れないように握って後ろに付いててくれる。
この幼馴染は、なんだかんだ優しいのだ。

それに私はドキドキしている。

理由なんてそんなの言わなくても分かる。
ふざけてる訳じゃない。

すごくドキドキするのだ。


……波がまたくるんじゃないかって。


結局その後は交代しながらみんなで砂遊び。

今年の夏の思い出が出来た。

それに、膝まで海に入れたのだ。
今年は充分な成果有りだったのではないか。


今度は海じゃなくてプールが良いなぁ、なんて話しながら幼馴染の手を引いて帰路に就いた。

2014
修正  2016.05.05
とある日のサマーレッスン


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