※ホモ


2年に上がってすぐくらいに、隣のクラスの竜ヶ崎のホモ説が水泳部から浮上した。
これは俺にチャンスが巡ってきたんだと本気で思った。

その矢先、相手が居るらしいことを風の噂で聞いてから何日も経たないうちに、その相手は竜ヶ崎が陸上部だったときの先輩だと知った。


「……あの、」

「……ん〜?」

「……退いてもらっても、良いですか。」


焦りと不安が折り重なった挙句に密かに抱いていた好意が膨れ上がった結果、俺は竜ヶ崎に対して此れ見よがしにスキンシップ過多な日々を送ることに専念する生活に力を注いでいた。


「なぁなぁ竜ヶ崎、俺の話し聞いてる?」

「……一橋くんも僕の話しを聞いていますか?作業がし辛いので離れて下さいと何度も言っているのですが。」

「えー!?葉月もよくやってるだろ?減るもんじゃないし、別に良いじゃんかよー」

「君たちが良くても僕は良くないです。それに、渚くんにされるのは不可抗力ですよ。彼は僕の後ろの席なんですから。」

「……竜ヶ崎、葉月ヒイキだ!」

「ですから一橋くん、僕の話しを……

「あ〜!怜ちゃん、#あだ名#、2人でくっ付いて何してるの?!僕も僕も〜!」

「ぅえっ!」

「わっ、ちょ…っと!止めてください、渚くん!」

「いいじゃん!ね、#あだ名#?」


勢い任せに飛びついてきた葉月は、竜ヶ崎の言葉を聞く素振りもなく、終始ニコニコ顔で俺に同意を求めてきた。
その割には返事も待たずに、楽しそうに会話の続きを始めようとしている。


「ねぇねぇ、何の話ししてたの?」

「竜ヶ崎の彼氏の話し。なぁ、葉月も水泳部だから知ってるんだろ?そこんとこどうなの?」

「あはは、それね!陸上部の部長さんでしょ?年上の彼氏だなんて、怜ちゃんってばやっる〜!」

「……渚くん、誤解を招くような言い方はやめてください。それと早く僕らの上から退いてください。」

「ええ〜?」

「やっぱそれ、本当なんだ。」

「一橋くん、それも誤解だと何度も言っているでしょう。それに世良先輩とはそんな関係ではありません。あと、一橋くんも早く僕の上から退いてください。」

「でもでも怜ちゃん、先輩は本気かもよ〜?」

「そりゃ困る!」

「ですから違うと何度も言ってるじゃないですか。それと僕の上でいつまでも会話してないで、2人ともいい加減退いてください!」

「ぅお、怒った。」

「怜ちゃんが怒ったー!」


勢いよく立ち上がった竜ヶ崎によって、俺は葉月を背中に乗せたまま強制的に立たされた。
俺の背中に乗っていた葉月は、重力に逆らわずにずるずると地に足を着け、きゃーとわざとらしく甲高い声をあげながらその場から逃げて行く。

……葉月。その声、お前は女子か。

心の中で一人ツッコミを入れつつ、さっさと逃げた葉月によって一人とり残された俺は、いつの間にかこちらを向いている竜ヶ崎と対峙する形になっていた。


「なんで最近そんなにくっ付くんですか!」

「なんでって……、そりゃ竜ヶ崎にくっ付きたいからくっ付くんだし。」

「だからなんで僕ですか!くっ付き虫同士、渚くんと一橋くんでくっ付いていれば良いじゃないですか!」

「いや…俺、葉月とくっ付く趣味ねぇし。」

「 意 味 が 分 か ら な い ! ! 」

「ははっ!てか、くっ付くっていうか……正しくは抱きつくだな。俺、竜ヶ崎のこと好きだし。」

「………………は?」

「…あ、」


やべ、思わず口に出た。

言ってしまえば後の祭りである。冷やかされるのを覚悟して、シラを切るつもりでよそ見をしたが、しばらく経っても何の反応もない。
気になって竜ヶ崎の表情を盗み見れば、何を言っているんだと言いたげな顔をしながら、脳は完全にフリーズしたようで固まってしまっていた。


「……おーい、竜ヶ崎?」


そう言って彼の目の前で手をひらひらさせれば、あからさまにハッとして、いま意識が戻ってきたような顔をしていた。
そのまま黙って様子をみていると、竜ヶ崎は見る見るうちに顔が赤くなり、何か言葉を発しようと口をパクパクさせているが全く声になっていない。かと思えば、俺の顔を凝視した後に焦ったような顔をしながら、ガタガタと手を震わせ必要以上にぐいぐいと眼鏡を押し上げていた。
その姿は明らかに動揺しまくっている。

そして竜ヶ崎はそのまま俯き様にブツブツと何かを言っていたが、この距離では何を言っているかまではさすがに聞こえなかった。


そんなことよりも、俺は笑いを堪えるので必死だった。
今の竜ヶ崎は一人で百面相をしている。

うわぁ…何これ、超おもしろい。

一人笑いを堪えながらそれを観察していると、何やら聞き覚えがある言葉が聞こえたので、タイミングを見計らって聞き返そうと俺は口を開いた。

……が、それとほぼ同時くらいに竜ヶ崎がいきなり顔を上げた。
そのことにびっくりした俺は口を開けたまま動きが止まってしまい、そのままごく自然に目の前で真剣な顔をした彼の瞳とぶつかることとなった。

内心ちょっとビビりながら様子を伺っていると、竜ヶ崎は意を決したような表情をした後に、バッと両手を広げて大きく息を吸い込んだ。
そして、


「それに、抱きつくならこうです!!」


二人の間の距離を一瞬で詰めた竜ヶ崎は、正面からしっかりと俺の身体を抱き込んできた。

まさかの展開に俺の頭がフリーズする中、竜ヶ崎の声量にびっくりした教室はシーンと静まり返り、クラス中の視線が俺たちへと向けられていた。
それも一瞬のことで次の瞬間には、おおー!という一部の男子からの歓声と、キャー!という一部の女子からの奇声に混じり、ドン引きした人からはこっちを見ながらヒソヒソと話す声が聞こえてきた。

それぞれが近くで話しているはずなのにやけに遠くに聞こえるなぁ、と考えることを放棄した脳で俺はぼんやりとそう思っていた。
その中で、ちゃっかり冷やかす葉月の声が聞こえた。確実に。

あいつ、覚えてろよ。

今になって周りの状況に気付いたらしい竜ヶ崎は、俺の肩に手を置き、ビリッと効果音が聞こえてきそうなくらいの勢いで抱き込んでいた身体を引き離した。
そしてまた眼鏡を必要以上に押しあげている姿を見れば、また明らかに動揺しているのが誰がみてもよく分かる。

自分の美意識の欲求に対して忠実に行動した結果だったとはいえ、そんなことは今の俺にとってはどうでもいいことだった。


「……竜ヶ崎、惚れ直した。」


また思わず口から出てしまった俺の言葉に、さっきとは違う表情で顔を真っ赤にさせた竜ヶ崎の姿が目に入った。

その顔を見た瞬間、俺は今後の展開を一瞬で妄想したわけだが、幸せな未来しか考えられない病的なハッピーエンド脳に感謝をしつつ、この時ばかりは本気で死んでもいいと思っていた。

あれは何と無くだけど、脈ありを確信した瞬間だったと思う。

2014.07.30
修正 2016.07.22
偏屈メガネ


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