「あっ…たまきた……!」

私がブチ切れた勢いのままにそう言って、凛に別れ話を持ち掛けてからすでに半月が経とうとしていた。
あれだけお互い愛し合っていても、別れとなると意外とあっさりするもんだなぁ…なんて思いながら、多少の後悔と共に、私は感傷にひたる日々を送っていた。


「璃黛、凛から連絡は来た?」

「……来ないけど?」

「そ、そっかぁ……」

「璃黛、真琴にあたるな。」

「じゃあ放っといてよ。」

「じゃあお前もあからさまな態度でいるな。そんな態度でいたら真琴が心配するのは当たり前だろ。」

「別に頼んでないし。一々なんな…

「わー!ストップ、ストップ!ごめん、俺がお節介だったから二人とも喧嘩しないで!」


そう言って、口喧嘩に発展する前に、私と遙の間で真琴が止めに入った。
双方止められたことにより、止めた相手を遠慮なく睨んだわけだが、当の真琴は両手を前にして静止の意を伝えつつ、苦笑いをしながら私と遙を遮る壁となっていた。その困った笑顔に私はため息をひとつ吐いて、「ごめん。」と一言真琴に謝った。


「いや、俺も無神経だったと思うし…ごめんな。ほら、ハルも。」

「…………」

「ハルも悪かったって。」


そう、真琴は遙の代弁をした。
いつものことながら黙ったままの遙を軽く睨みつけ、「はぁ…」と私はため息をひとつ零したあと、用があるらしい真琴に向き直り口を開いた。


「それで、何?」

「え?」

「用があるから来たんでしょ。」

「あ、うん、そうなんだけど。凛から璃黛に直接連絡が無いなら……うん……」

「はっきりして。」

「えっと、その、なんでもな…

「凛が、お前に会いに行くって言ってた。」

「ちょ、ハル……!」

「はぁ?」


遙からのまさかの情報に、自分でもびっくりするくらい間抜けな声が出た。
「凛が直接言ってないなら内緒だったかもしれないじゃん!」「俺たちに言ったなら別に言っても良いってことだろ。」「でも、ハルぅ……」と、側で真琴と遙が話している声も、私の耳にはどこか遠くに感じるほどに、遙の言った一言は衝撃だった。

凛が私に会いに来る?
音沙汰もないのに私に会いに来ると?
そう思えば、「……は?なんで?」と、私の口からは素直な疑問が漏れていた。


「なんでって、凛…さ、璃黛と仲直りしたいんだよ。」

「…………」

「いいからさっさと話し合え。」

「だからハルぅ…!」

「いい加減、鬱陶しいから早く解決させろ。」

「だからそんな言い方……もう。……璃黛、凛は不器用なところあるけど、今回はすごく悩んで落ち込んでて…後悔してたよ。」

「……うん。」

「凛が会いに来るのは、きちんと話したいからだと思うよ。」

「……うん。」

「だから、会ってちゃんと二人で話し合ってよ。これでも、俺もハルも二人のこと心配してるんだよ?」


そう言った真琴は、また困ったような顔をして笑っていた。
ちなみに遙はというと、相変わらずの仏頂面だった。

真琴が「頑張って!」と、一言だけ声援を残して去って行った昼休み。午後の授業は案の定、何の勉強をしていたのかうろ覚えなくらい上の空だった。悶々と考えれば考えるほど、会いたくない方の気持ちが募って、なんだかすごく息苦しい。それでも時間は刻一刻と過ぎ去るわけで、気づけば、あっという間に放課後になっていた。

先ほど真琴と会ったときに、「帰ったらちゃんと連絡入れる。」と言ってしまった手前、帰ったら凛に連絡しなければいけない憂鬱さを抱えながら少し重い足取りで通学路を歩いていると、随分と久しぶりに見る白い制服を着た彼の姿を捉えた。
途端、ドキッと瞬時に心臓が跳ね、バクバクと動悸が早くなる。その左胸を右手で軽く抑えながら、私は自分で自分を落ち着くように促した。
表面上は何食わぬ顔をしているつもりだが、内心は「どうしよう…!」と動揺でいっぱいにしたまま、歩調は変えずに歩みを進めると、視野に私を捉えたらしい凛が、私の前に立ちはだかるようにして声をかけてきた。


「……よぉ。」

「……な、んか……用?」

「ああ。……少し話そうぜ。」


そう言った凛は、左手の親指を立てながら軽く後ろへ振りかざしてきたところ、どうやら彼が背を向けている公園で少し話していこうということらしかった。
一定の距離を保ちながら近くのベンチに座り身構えていると、「ちょっと待ってろ。」と言った凛は、近くに設置してある自販機の元へ駆けて行った。少し遠くで、自販機からガコンと商品が落ちる音がしたかと思えば、程なくして戻ってきた凛から「…ほらよ。」と一つの缶ジュースが手渡された。


「ありがと。」

「……別に。」


そう、ぶっきらぼうに返事を返した凛は、私とは違うジュースのタブに手をかけて缶をあけた。同時にプシッと、缶の中から圧縮された空気が抜ける音がする。私も彼と同じように缶をあけ、一口飲んで少しだけ乾いていた喉を潤した。
何から話そうかな……なんて思いながら目先の砂場を眺めていると、横から「ごめん。」と小さく呟くように謝る声が聞こえた。


「え?」

「だから……ごめん、悪かった。」


今度ははっきりと凛はそう言った。
素直というかなんというか、いつもと違う態度に、私は思わず拍子抜けしてしまった。

謝罪から語り始めた凛にはびっくりしたが、凛の言ったことを簡潔にすると、まだ私と別れたくないということだった。私は「うん、うん。」とたまに相槌を入れつつ、目線は砂場へと向けたまま、凛の紡ぐ言葉に静か耳を傾けていた。
しばらく聞いていると、凛の話す言葉が途切れ途切れになってきた。それを不思議に思い、ふと、彼の方へと目を向けると、凛は今にも涙を溢れさせてしまいそうな顔をしていた。


「だから、もっ……無理、とか……っ」

「うん?!…え、ちょっ…泣くなし!」


…というか、凛がまばたきをした瞬間、目一杯に溜まっていた涙は溢れて零れてしまっていた。
突然の事態に焦る私をよそに、凛はボロボロと涙を零しながら「俺、マジだっせぇ……」と呟いてそのまま下を向いてしまった。

別れ話の途中、彼女の前で泣いちゃうとかすごくダサい。でも、「泣くほど悩んでくれたの?」とか、「そんなに私のこと好きなの?」とか、色々思うとそんな凛に愛おしさみたいなものを感じてしまっていた。
涙もろいっていうか感受性が良すぎというか、凛のこういうところは、正直、ずるいと思う。


「もう、いつまで泣いてるの。」

「泣…いてなんか、ねぇし!」

「はいはい。ティッシュ使いますか?」

「…………使う。」


ズズッと鼻を啜りながら、なんだかんだティッシュを所望する凛に、私は「しょうがないなぁ」と思わず苦笑いを漏らした。
とりあえず、喧嘩の原因になった「彼氏にして欲しいランキング、親指で涙を拭う行為」を、私はこれ見よがしに凛にしてあげた。


「……それ、やめろよ。また喧嘩になったらどうすんだよ。」

「そしたら、また凛が泣くんでしょ?」

「なっ……いて、ねーよ!俺は泣いてねぇ!むしろ泣かせる!」

「はいはい、分かった。……私もごめんね。」


何度も何度でも、くだらない喧嘩をしても良いから、凛のこういうところだけはいつまで経っても変わらないで欲しいなぁと思った。


2014.09.05
修正 2016.07.22
泣虫彼氏


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