学校の敷地内、我が校のプールを、柵の外から覗き見ている人物が居るのを見つけた。よくよく見ると、見覚えのありすぎる後ろ姿だなぁと思った私は、その場に立ち止まって観察した。
あの身長に柄の悪そうな後ろ姿。
少し長めの襟足に赤みのある髪色。
近所ではわりと有名校の部活のジャージ。
この距離間で見間違えるはずもなく、「あれ、今日って、水泳部の合同練習なんてあったっけ?」なんて思ったが、彼が一人で居るところを見ると多分それは違うようだ。そうなると、彼が何故こんなところに一人で居るのかと疑問に思うのはごくごく自然なことだと思う。
「何しに来たんだろう?」だなんて一人であれこれ考えても埒が明かないので、とりあえず、私は少し不審なこの人に話しかけてみることにした。
「外部の生徒が本校の敷地内で何をしてるんですか?先生、呼びますよ?」
「……あ…いや、俺は……!」
少し真面目な口調で声をかけると、彼は肩をビクつかせ、焦ったようにして私が立つ方へと振り返る。
思っていた通りの反応に笑いそうになったが、取り繕ったままの顔でニヤニヤしていると、こちらを向いた彼の瞳と目が合った。かと思えば、「なんだよ、璃黛かよ!」と私にツッコミを入れたあと、彼は安心したように少々間抜けな顔をしながら盛大なため息をついた。
「はは、江なら居ないよ?」
「いや、それより、なんでお前がここにいる?」
「そりゃ、私もこの学校に通ってるからね。だから、居ること自体はおかしくないと思うよ、凛ちゃんさん先輩。」
「……お前、その呼び方やめろよ。」
やっぱり凛だった。なんて思いながら、ちゃん付けにさん付けまでして名前を呼べば、凛は綺麗に整った顔を嫌そうに歪ませながら私を見ていた。
「じゃあ……りんりん先輩、とか?」
「……おい。それもやめろ。」
「え〜?他にどう呼べって言うの。」
「普通でいいだろ、フツーで!」
「じゃあ…凛ちゃん?」
「…………はぁ、もうそれでいいわ。」
埒が明かないと悟ったのか、凛は諦めたように了承し、ため息をついた後にがっくりと肩を落とした。
私はというと、昔のようなこういうやり取りが随分と久しぶりに感じて、「性格がスレてても、根っこのところは変わらないなぁ……」と目の前の彼に少し安心していた。
「それで〜?」
「あ?」
「うちの学校に何しに来たの?知ってるよ、たまに岩鳶と鮫柄の水泳部が合同練習してるの。今日は部活ないよね?」
「江から聞いてるよ。」と私がそう聞くと、「あー……知ってるわ。別に何か用があるって訳でもねぇんだけど……」と歯切れの悪い返事をして、凛はあからさまに私から目を逸らした。その態度に、「なんだなんだ、隠し事?」なんて思いながら、私は彼がわざわざ岩鳶まで来た理由を脳内で必死に考えた。
部活が無いのを知っていたということは、水泳部に用があった訳じゃない。
江に会いに来たって風でもなかった。
いつかの約束を果たすために会いに来てくれた訳ではないだろう。
今の彼に限ってそんなのは絶対にありえない。じゃあ……と、次が出るよりも先に、脳内である結論がポーンと頭に浮かんできたので、私は勢いのままにそれを口に出した。
「わかった、彼女!凛ちゃん、彼女に会いに来たんでしょ?!」
「ちっげーよ!」
「違うくなーい!凛ちゃん、図星のときとかすぐに、目、逸らすもん。分かりやすいからそのクセ直しなよ。」
「放っとけ!それにこの学校に彼女なんか居ねーし!」
そう言う凛に、「あ、じゃあ、気になる子が居るんだ?」と聞けば、明らかに動揺したような顔をした。
今日は直感が冴えてる。
まさかの大当たりのようだ。
「え、誰?何年生?」
「誰だって良いだろ、うるせぇな。」
「え〜?ねぇ、不法侵入で先生呼んだりしないからさ、教えてよ!」
「……お前、性格悪いな。」
「今更?あいにく初期装備なんですけど。」
「はっ、昔はもう少し可愛げあったと思ったんだけどな。」
「ひっどーい!……じゃあ、何、昔は可愛げがあった私にでも会いに来たってわけ?」
性格が悪いと言われた仕返しに、昔のことを掘り下げてからかってやろうと思った私は、ニヤニヤしながら凛にそう言った。きっと、少し照れながら目を逸らして、「それは昔の話しだろ!」と言って、焦って突っかかってくるに違いない。
そしたらまた更にからかってやろうと目論んだところで彼に目をやると、私を見ていた瞳とバッチリ目が合った。「そろそろ逸らすぞ……」なんて思っていたが、凛は私と目が合っても、逸らすどころか微動だにしない。
予想と違う反応に肩透かしをくらってしまった私は、表情をピクリとも変えない彼に対して戸惑いながらも声をかけた。
「えー…っと、凛ちゃんさん?どしたの?」
「…………そうだよ、お前に会いに来た。」
そう言った凛は、私の「凛ちゃんさん」呼びを総スルーして、今更、私の予想通りに少し照れながら目を逸らした。
え、何それ、冗談?と勘ぐってしまうほどにまっすぐ過ぎる言葉を言われたことにびっくりして、今度は私の方が硬直してしまった。
「文句あるかよ。」
「ない、けど……凛ちゃんが素直なの、珍しいと思って。」
「お前が自分で言ったんだろ。」
「確かに言ったけど、」
珍しいこともあるもんだな、なんてびっくりしたっていうか。冗談で言ったつもりが正解で、まさか本当に来てくれるだなんて。本当に珍しいことが続くなぁ……なんて、そう思えば、思わず笑いが込み上げてきた。
一人ニヤニヤしていると、癇に障ったのか、「何、笑ってんだよ!」と凛が少しだけ怒ったような口調で突っかかってきた。
「いや、あの日の約束の続きみたいだなぁ……って思っちゃって。」
そう言って、私はいつかの出来事を思い出した。
それはまだ私たちが小さい頃の約束。
その頃の私は凛が好きで、当たり前のように凛も私を好きでいてくれた。幼稚な恋愛感情なんて、すぐに塗り替えられてしまうようなものだけど、凛が転校する前に「俺が必ず迎えに行く。」と言ってくれた言葉を私はずっと覚えていた。
ただの口約束かもしれない。
だけどそれは、私たちを繋ぐ唯一の架け橋で、もろく崩れそうなっていても、それはまだしっかりと私たちを繋いでくれていた。
「それで、続き……なの?」
「そんなん、お前が一番よく分かってんだろ?」
「自意識過剰みたいじゃん。」
「今更だろ。……遅くなったけど、璃黛、迎えにきた。」
そう言って差し出された凛の手に、自分の手を躊躇なく重ねれば、離れていた距離さえも埋まるような感覚になる。
「こんな告白の仕方もあるんだね。」なんて笑いながら、私は胸いっぱいに広がる幸福感を噛み締めていた。
2014.10.08
修正 2016.07.22
あの日の約束みたいだね