◎現パロ社会人設定
 兄さんが兄さんじゃないかもしれない


その日、エドワードと璃黛は、珍しく盃を交わしていた。

仕事柄、拘束時間が不規則ということもあり、互いに話す間がないなんてよくあること。しかし、最近は不運が幾重にも連なり、話はおろか、顔を見合わす暇さえ儘ならない日が続いていた。
これはやばいと思いつつも、現状況を打破することもなく、幾日か過ぎた先日のこと。痺れを切らした璃黛から息を飲む一言が告げられる。別れましょう、と。
互いに忙しいから仕方ないとはいえ、これでは100年の恋も冷めると言う。事実、簡単に修羅場を迎えることとなった。その後はひたすら謝り倒し、やっとの思いで冷戦を乗り越えたばかりである。

あの時は、仕事でミスをするよか焦ったものだ、と今になって思う。
やれやれと自分の不甲斐なさに反省し、近いうちに仕事を放っぽることを決意した。部下には申し訳ないが、優先すべきは私生活である。
そう思うが早いか、エドワードは己の上司であるロイ・マスタングに向け、叩きつけるようにして有給休暇を申請した。
なんだ、珍しいなとの声に、プライベートの危機だと伝える。ロイは唖然としたのち、嬉々として口角を吊りあげた。そして、言う。

「なんだ、愛想でもつかされたか? それは良かった、好都合だ。さっさと別れてしまうがいいさ。なに、心配しなくとも、璃黛なら私がもらってやるぞ」

はっはっは! と、軽快に笑う声とセットにして、いつものように、嫌味混じりの戯言が返ってきた。
未遂にしろ、一度は危うさを体験した身。それがロイのおふざけであるが故に、エドワードの胸には、易々とその言葉が突き刺さる。
あー、あー、耳が痛いと聞き流しているうちに、休暇申請は呆気なく受理されていた。今度はこちらが面喰らう番で、忙しいのに平気かと問えば、「この日は付き人同然のように過ごすんだな」と言われたのが一週前の話である。

すれ違いにも拍車がかかってきた頃、ようやく、有休を明日に控えるだけとなった。
帰宅は変わらず、深夜に近い時間帯。彼女はすでに寝てるだろうと軒をくぐると、間を置かずして室内履きの擦る音が訪れる。少しして、ひょっこりと顔を出した璃黛から、「おかえり」と声がかけられた。
玄関先まで出迎える姿に珍しさを覚えつつ、「ただいま」と返すと、璃黛はほくそ笑んだ。明日が休みになったという。
だから、起きて待ってたんだよと、彼女は加えた。

稀代なこともあるものだと思い、訊くと、昨日の昼時、他科の上司が訪ねてきたという。ここでいう他科の上司というのは、エドワードの上司であるロイ・マスタングを指す。
ロイは、璃黛の上司であるマース・ヒューズと親交があり、気心の知れた仲だというのは周知の事実である。ゆえに、堂々とサボり、両者が贔屓する璃黛までもを引き入れて話し込む、なんてことはよくあることだ。
テメーら仕事しろよとは思いつつも、周りは我関せずを決め込んでいるので、咎められることは、ほぼない。両部署内での頻度としては、わりかし良くあることと外野も見慣れていた。

つまりのところ、彼が来たときもそんな感じだったそうだ。
相も変わらず、璃黛を巻き込んでは三人で談笑をしていた。ひとしきり話し終えたころ、ロイが思い出したかのように、それはそうとと言葉を紡ぐ。

「おい、ヒューズ。たまには璃黛のことも休ませてやれ」

と。
それは同じ役職である身としてのアドバイスなのか、はたまた、贔屓目で見てる彼女のためを思ってのことだったか。
真相は知れぬと思ったが、噺の終盤に差し掛かるに連れて、エドワードは後者に加えて自身の為でもあったのだということを知ることとなる。
立ち返り、「そうだ、この日がいいな」とロイは加えて、どこから取り出したのか、手には有給休暇申請書が握られていた。
呆ける璃黛の手を取り重ねて、署名の欄に実筆のサインをし、これまた呆けるヒューズの手を取り重ねては、指定の欄に実筆のサインをさせる。そして、承諾の判を押した。なぜか、ロイが。
かと思えば、これは緊急事態だ、早急な措置が必要なのだと追い立てられ、ロイの言われるがままに、璃黛は書類の空欄部分の記入を余儀なくされた。話の折が見えず、外野を含めた一同がポカンとする中、あれよあれよと事は進み、最後、ロイだけが愉快そうに鼻歌交じりに去って行ったそうだ。

忙しさにかまけて、その件を忘れかけてた終業時、「おい、璃黛!」と、帰る寸前にヒューズに呼ばれて振り返る。
何かと思えば、他愛もない会話を少々。それと念を押すように、「お前さんは明日休みだ、良かったな! ゆっくり休むんだぞ」と、いい笑顔で言われたらしい。それが数時間前の話しである。

「ロイさんも、ヒューズさんも、なんかよく分かんないよね」

そう言って、璃黛は困った顔をして笑った。
一連の流れから、つまり、そういうことかとエドワードは理解した。どうやら、現場での頭の切れの早さと、隔てのない女たらしだけが取り柄のクソったれ上司に、気を回してもらったらしい。あの言いようだと、ヒューズは後から知らされたのだろう。当人たちの知らぬところで粋な計らいをしてくれるものだ。
日頃から嫌味ばかり言うくせに、意外と役に立つじゃんかと、それこそ悪い笑みを浮かべるようにしてエドワードはニマリと笑った。後に、「俺もさ、休み取ったんだよね」と、自身も休みである旨を璃黛に伝える。

「うそ!?」
「嘘ついてどーすんだよ、ばーか」

悪態をついて、彼女の額を小突いた。暫くして、璃黛は騒動のあらましを理解したのか、「ああ!」と声をあげ、だからロイさん…ヒューズさんも…と、うわ言のように呟いてから静かに笑んだ。
この顔が見れただけでも感謝だなと、憎たらしい上司の顔が浮かび、すぐに消えた。

「なぁ…予定、入れた?」

と、エドワードは問うた。
次いで、璃黛の顔を見遣り、首が左右に振れるのを確認する。だから何だとでも言いたそうな顔をながめ、そうか、良かったと一人安堵した。そして、提案をする。久しぶりに二人きりで過ごさないか、と。
その申し出に対し、璃黛はきょとんとしたままの顔をエドワードに向けた。どういう風の吹き回しなのかと。

「いや、だってよ…一緒の休みなんて滅多にないし。それに、この間は…さすがに…堪えましたし…」
「ふーん……じゃあ、明日はお出かけする?」

ラブラブデートでもしてくれるの? と、璃黛はニヤニヤしながら、悪戯顔でエドワードに訊ねた。
慣れない横文字に、思わず、うっと言葉が詰まる。どうやら、俺の羞恥心を煽る戦法らしい。だが、この節は生き地獄を知り得た身。過ぎし日を思えば屁でもないと、彼女の問いには「うん、する」と、二つ返事で了承した。

些か癪な気もするが、上司の言葉通り、それこそ一日中、璃黛に付き添うのも良いだろう。日頃の擦れの埋め合わせに、うんと甘やかしてやりたい気もする。ああ、でも、ゆっくりと過ごしつつダラダラするのも悪くないと、肩透かしを食った表情の彼女を見て、明くる日のプランを仮想した。
幸い、彼女の予定はまだない。そう思えば、まず何をするかなんて、決まっているようなものだった。

「璃黛。遅いけど、少し飲む?」

と、グラスを傾ける素振りをし、断られるかな〜と思いながら誘いをかけた。
二人きりの時間を余すことなく、有意義に過ごしたいとの思いからだ。お酌でもしてくれれば儲けもんだなと窺うと、「しょうがないなぁ」と言って、璃黛は満更でもない笑みを浮かべていた。


2016.03.14
酒は飲んでも呑まれるな


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