急に意識が浮上した。目をあけてみるけど視界は暗い。それだけなのに、なんとなく、いいようのない不安を感じた。
寝ぼけているのか、まだ少しだけうとうとする。目を閉じれば、このまま寝入ってしまいそう。ぬるま湯に浸かっているような心地のなか、ぼんやりとした頭で考えた。
いつのまにか眠ってしまっていたらしいことは分かるが、ここがどこか、なぜ暗いのかが分からない。それに不安を感じるはずなのに、優しいまどろみが、深くを考えることの邪魔をする。大きな心地よさが、またうたた寝をする準備をはじめようとしてしまう。
それに身を任せてしまいそうになったそのとき、頭上でわずかな音が鳴った。
カタリ。
そんな音だったような気がする。
空耳かとも思ったけど、音のしたほうを見ると細い光が漏れこんできている。
それで、思い出した。走馬灯のように記憶が巡る。自分がどこにいて、何をしたのか。しっかり、はっきり、理解した。
ふわふわとしていた脳みそが一気に覚醒して、つま先から頭のてっぺんまでが粟立ってゆく。
今日は、自らが携わったイベントが屋外で行われていたはずだ。
そのステージのメインがUNDEADだったから朔間さんを呼びにきたのに、引きずり込まれて玩弄されて。それでも、きちんと時間内に見送ったのだからここまではいい。問題なのは、そのあとだ。
棺に横たわったが最後、私は誘惑に勝つことができなかった。
まさか、他者の領域で自分のことを慰めてしまうだなんて、なんてことをしたのだろう。恥ずかしさで、顔から火が噴く勢いだった。
居たたまれないような気持ちが、胸のほとんどを占拠する。
とりあえず、めくれ上がった布地だけは直そうと、利き手でさらりとなでつけた。
そのあいだにも、光の筋は太くなる。漏れてくる光にもまぶしさを感じるようになっていた。
それに目を細めながら、外にいる相手は誰なのかを思案する。
軽音部に足を運びそうな面子を思い浮かべては、消えるというのを繰り返す。そんなときに、朔間さんの言葉を思い出して、ドクンッと心臓が大きく跳ねる。
かあっと顔に熱が集中して、温まった体に冷水を浴びせられたような、そんな気持ちになった。
ドキドキ、ドキドキ。狭い空間に、自分の心臓の音がやたらと響く。
どうか、持ち主でありますように。そんな気持ちをこめて、ただひたすらに隙間を見つめるしかなかった。
少しずつ、新鮮な空気が流れ込んでくる。一枚板の向こうが明らかになるまで、そう時間はかからなかった。
「……おや、起こしてしまったかのう?」
大きくなった光の幅から顔を覗かせたのは、私が望んだ人物であった。少しだけ驚いた様子の、赤の瞳と焦点が合う。
「真面目な嬢ちゃんがおらぬからもしやと思うて来てみれば、正解だったようじゃ。先より顔色も良くなっておるし、棺桶のなかでぐっすりと眠ることができたかのう?」
彼はふたを横にずらして置き、縁に腰掛けながら柔い笑みを浮かべた。横たわる璃黛に手を伸ばして、彼女の前髪をさらりとなでる。
それはいつもされているはずなのに、今日はなんだか恥ずかしい。彼の手を避けるように自分も手を伸ばし、すでに整えられていた前髪を少しだけよけた。
ふたりだけの甘美な空気がくすぐったい。だけど、そんなことよりも、薄っぺらい布地に隠していることが引っかかる。どうか、濡れそぼった奥地に気づかれませんように、と願うしかない。気が気じゃなくて、すべてを彼にゆだねてしまうだなんて気持ちにはなれなかった。
「んん? なんだか嬢ちゃん、いいにおいがするのう」
と、まだ頭のところにおいてあった璃黛の手をとり、朔間はすんすんと鼻をよせた。そのまま手の甲にキスをひとつおとして、璃黛のことを上から下まで一瞥する。
その動作に、心臓が喉から飛び出るかと思うほどに驚いた。気づかれた?、そんな気がして無意識に体もこわばってしまう。
その様子を眺めて、朔間が目尻の筋肉をふ、と緩めた。かと思うと、彼の綺麗な唇が割れて、そこから赤い舌がちろりと顔を覗かせた。
「あ、……っ!?」
声を発するより先に、彼の瞳と同じくらいに赤い舌が、璃黛の指の先までをゆるゆると這ってゆく。
ゆっくり、ねっとり。見せつけるように舐めあげるその奥で、朔間は楽しそうに口角をあげて璃黛のことを見下ろしていた。
その様子から目を離すことができない。変な感覚になって、もそりと脚を動かしてしまう。羞恥心を煽られているというのに、それでも追ってしまうことをやめられなかった。
舌は止まらず、じりじりと身体の中心に向かっていく。
指の先からはじまって、もう腕の内がわの柔らかいところまできていた。そのまま皮膚の薄いところに、吸いつくようなキスをひとつおとされる。
そこまで眺めていたとき、ふいに見上げられた瞳と目があった。さっきよりも恥ずかしい気持ちが溢れてきて、自分の顔に血液が集中してくるのが分かる。
さすがに見てられなくなって、その視線から逃げるように顔ごと横にそらしてしまった。同時に、彼の唇がそこから離れたこともわかっていた。
遠くはない距離感のなかで彼の視線を感じる。自分から背けた以上、また交差させるような勇気は私にはなかった。
だけど、それがいけなかった。
なぜなら、朔間の視線が知られたくないところをとらえていたことに気づくことができなかったからだ。
彼の目先には、少しだけめくれてしまった布地があった。そこから、スカートの裏地にこしらえた色濃いところが見えてしまっていたのだ。
「嬢ちゃんは『悪い子』じゃのう……♪」
そう言い、朔間はむき出しになってしまっている彼女の耳をとらえていた。小さなそこから目をそらさずに、璃黛の散らばった毛束を撫でよける。
いたずらっ子のような笑みを浮かべている隙間から、毒をもつように赤い舌が顔をだした。
そのことを、顔をそらしたままの璃黛が知るわけがなかった。
2016.10.23
愛しさと欲に溺れた罪悪感