中一の冬。凛月のお兄ちゃんの零くんが、夢ノ咲学院に行くのだと知った。
 単に普通科を受験するものだとばかり思っていたのに、どうやら彼はアイドル科を専攻したらしい。それを、しばらく経ったころに凛月の口から聞かされた。
 夢ノ咲学院といえば、アイドルの養成学校とも言われている。他とは毛色の違う学び舎として有名なところだ。
 高校生のうちから社会を学び、卒業をしたと同時に芸能の道に進んでいく人が数多くいる。そんな高等学校を零くんが受験したということは、例に漏れることなく彼もアイドルになるのだろう。
 凛月もそうだけど、零くんも綺麗な顔をしている人だと思ってはいた。だから案外、向いているような気がする。
 だけど。いつしか零くんは、手を伸ばしても届かない、雲の上の人のような遠い存在になってしまうのだろうか。
 ふとしたときにそう思ったら、わたしは先に進むということに、すこしだけ恐怖した。
 そのことを、強く、覚えている。

 翌年の春。わたしと真緒は、中学二年生になった。
 義務教育課程で無事もなにもないとは思うが、凛月もちゃんと、中学三年生に進級した。そして彼は今年、受験生の年だ。
 なんだかんだでお兄ちゃんっ子である凛月は、零くんを追って、夢ノ咲学院に進学するつもりなのだろうか。まだ進級したばかりだというのに、わたしは行く末が気がかりでしようがない。
 答えを急かしているような気もしていて、そのことをまだ凛月には聞けていない。だけど、きっとそうなんだろうな、という予感だけはしている。

「なまえ、どうした? ぼうっとしてるけど、大丈夫か?」

と、真緒が顔を覗きこませながら、声をかけてきた。
 心ここに在らずだったわたしは、ハッとする。顔をあげると、真緒と、その奥にあった凛月の瞳までもがこちらに向けられていた。
 あれ。なんの話をしていたんだっけ。と、すぐに思い出せない程度には、意識が他所へ向いてしまっていたらしい。

「どうせ、兄者のことでも考えてたんでしょ」

と、凛月が言う。責めるわけでもなく、ただ紅い瞳を気だるそうにさせて、わたしを射抜いた。
 凛月のあれは、お見通しって顔だった。たしかに、半分は正解。でも、あとの半分は凛月のことだったんだよ、とは口が裂けてもまだ言えない。――――いや、口が本当に裂けることがあるなら、言うかもしれないけど。
 頭のなかで、あっちこっちと動く意識のなか、ああ。と、納得したような声を拾った。その言葉を発したのは、真緒だった。

「たしかになまえ、あのときは泣き出しそうな顔してたもんなぁ……」

 遠い目をして、思い出すかのように真緒が言う。
 真緒が言う『あのとき』というのは、零くんが夢ノ咲学院に合格した、と知らされたときのことだろう。嬉しい反面、寂しいような、複雑な気持ちを感じてしまったことを思い出した。
 わたしが、彼の前でうまく笑えていたという自信はあまりない。ただ、『おめでとう』と、祝福の言葉は忘れずにかけられていたように思う。
 ただ思い出しただけなのに、目元に熱がこもる。また懲りずにふたりの前で、泣いてしまいそうだった。

「んな深刻になるなって。な?」

そう言って、頭に乗せられた真緒の手に、ガシガシと乱雑に頭を撫でられる。
 同じ男の子の手なのに、どうしてこんなにも違うんだろう。比べてしまう。零くんと。余計、虚しさのようなものが込み上げてくる。

 家自体、徒歩で通えるような距離感であるのに、なぜ零くんをこんなにも遠くに感じてしまうのか。それが不思議でならなかった。

2017
2021.11.09
凛月と真緒と、あのころ


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