「皆!!大変だ!!」
刀たちが朝餉を取っているであろう大広間の襖がガタンと揺れる程、勢いよく開く。朝から驚かせる気かと誰かのおどける声に、驚かせるどころじゃない!と声を荒げ、更に言った。
真剣に、大真面目に、本当のことをだ。
「主が幼くなってしまった!!」
嘘ではないと、自分に宿る主の霊力で、皆分かるのだろう。俺が片腕に抱いている幼子を見た瞬間、その場にいる全員が、一斉に口を閉ざして唖然とする。気持ちは分かるぞ。俺もそうなった。
カラン、と誰かが箸を落とす音が、静まりかえった大広間に、やけに大きく響いていた。
ドッと吹き出る噴水のように騒がしくなった大広間に、どこからともなくポン、とこんのすけが現れたのはそのすぐ後。政府から伝令にございますと加えていた巻物を広げ、内容を見てみると。
簡単に言うとこうだ。十月三十一日、はろうぃんと呼ばれる外来の行事……元は、秋の収穫祭のようなものだったらしいのだが、現代の日本では、仮装をしたり、奇妙な言葉を言い合い、お菓子を配ったり、貰ったりする……驚くほど意味合いが分からない行事に変化しているようなのだが。
政府からの伝令では、何をどうしてそういう考えに至ったのか、今日一日全審神者を仮装の代わりに縮めてみたので、上手くいっているかどうか後日報告するように、との事だった。一日で元に戻るが、万が一戻らなかった場合は早急に連絡するように、とも書かれていた。
「審神者の変化は以下である。……二十四時間のみ、身体の幼体化、無声化……。意っ味わかんねえな」
読み上げた和泉守が、最後の一文を口にし終わった後に吐き捨てるように言った。全くだな。近頃の上役は、茶目っ気がある人物ばかりらしい。
「取りあえず、主さんは明日には元に戻る……んだよね?」
「って書いてあるんだから、信じるしかねえよな」
「だなあ。……今日出陣や遠征の予定が入っている部隊は、急で悪いんだが中止にしてくれ。何かあってからでは遅いからな。……それでいいだろ?主。……主?」
六つか七つくらいだろうか。幼くなってしまった、抱えたままだった主に呼びかけると、羽織に顔を埋めていた主が眠たそうに目を擦りながらのろのろ顔を上げて、真ん丸の瞳に俺を映す。小さくなっても雰囲気は変わらないものだと、頭の隅で思った。
ゆるりと皆の方を振り返った主に、わあ、と声を上げる者や、相変わらずぽかんとする者、控えめに手を振る者など居たが、そのどれにも反応することなく、また俺の方に向き直り、羽織にぽすんと顔を埋めてしまった。
いや、……これは。……何と言ったらいいのか。
「鶴さん、顔、顔」
「…………」
全く、とんでもない贈り物をしてくれたものだな!
―――
主が小さくなって数時間。分かったのは、やはり主は体だけではなく中身まで幼くなってしまっているということ。
幸いなのは、そのせいで両親を求めて騒ぎ出す、といった事態にはならなかったことだった。ただ、それでも心細さはあるのかどうなのか、どこへ行こうにも何をしようにも、俺の羽織か手を掴んで離さないものだから、まるで雛鶴だなと三日月に言われていた。……いや、良いのだが。俺は一向に構わないのだが。
今は、そんな三日月と縁側に座り、間に主が俺の羽織を相変わらず小さな手で掴んだまま座り、小動物のように団子をもくもくと食べていた。
乱を筆頭に、短刀たちにあれもこれもと遊ばれて、器用に髪を結わかれ、髪飾りをつけられ。すっかり着飾れている。本丸内でも短刀や脇差達が仮装をしたり、太刀や大太刀に菓子を強請ってみたり。ああ、もちろん蛍丸は短刀に混ざっているがな。今でも遠くで騒ぐ声が聞こえていた。
口に含んでいた団子を飲み込んだのを見計らって、茶の入っている湯呑を渡すと、触れると熱いと思っていたのか、恐る恐る受け取った。
「湯呑は熱くないが、茶は熱いからな、ふーふーして飲むんだぞ」
こくりと一つ頷いて、忠告した通りにふうふうと吹きかける息で、小さな水面が揺れる。一度唇に湯をつけて、……まだ熱かったらしい。再度ふうふうと茶を冷ます姿を見て、三日月が「愛らしいな」と微笑んだ。俺もそう思っていた。分かるぞ。主の幼少時代はこんな姿だったのだなあ。
団子を食して、茶を飲んで。満足したらしい小さな主がよたよた立ち上がったと思うと、俺が背を支える前に、ぽすりと座ってきた。……俺の膝の上にだ。
「ど、どうしたどうした、小さいきみは本当に甘えただなあ?」
「ははは。そうしていると、まるで鶴丸が父親のようだ」
「……父親ねえ……」
「不満そうだな?」
「んー……いやっ、そんなことはないぜ?ただ、こうして小さくなった主を見ていると、」
羽織に隠れるように懐へ潜ってくる主を、こらこらくすぐったいぞと笑いながら、そっと抱きかかえる。こちらに手を伸ばして、ぱくぱく口を開閉するけれど、その声は一切響いてこない。……無声化、と書いてあったのは、こういうことだ。
確かに姿は愛らしいし、この頃からちらほら見え隠れする癖や仕草から、ああ主だな、と思えてしまうのも愛しく感じる。けれど。
両手で抱えた主の額に、自分の額をこつりと合わせる。こうすると相手の考えていることが分かる、なんて、何処かのお伽噺で言われていたが、まあ、そんな事起こるわけもなく。ただ、小さな主が額をぐりぐりと擦り付けて来るものだから、思わず声を上げて笑ってしまった。
「ん、やっぱり、そうだな。早く明日になれば良いと思ってしまうんだ」
「……鶴丸らしい答えだ」
「そうかい?」
自分の膝の上に降ろし、早く元のきみに会いたいなと小さな主に向けて呟くと、こてりと首を傾げて、また羽織に包まってしまった。……きみ、小さくなってもこれが好きなのか。
まあ、どうせ今日だけなのだし、主からここまでぴったりくっついて甘えられることなんてなかなか無いのだし。今日だけの小さな主人を堪能するのも悪くはないかと、眠そうにすり寄ってくる主の背をとん、とん、と指で軽く叩いて、残っていた自分の分の団子を頬張った。
……しかし、はろうぃんとは、こんな平和な行事だったっけか?
18.10.31