朝一番にとある報せを政府から受け取り、それに目を通した後。急いでそれを届けてくれた髭切さんを追いかけると、足音を聞いて振り返った彼は「どうしたんだい?」と緩慢な動きでこてりと首を傾げた。
そんな髭切さんをいいからいいからと審神者部屋に招き入れて、不思議そうにしている彼と向き合うように座ってから、数十分。
「それで……これはいつまで続けるのかな?」
「もう少し……」
「ふふ、困ったさんだねえ」
まあ、僕はずっと続けててくれても良いのだけど。と、ほわほわな笑顔のまま目を閉じた髭切さんの、その瞼を指でそっとなぞってみると、擽ったそうにくすくす笑った。
初めは頬を何回かふにふにと指でつつくだけだったのだけれど、綺麗だなあと常々思っていた淡黄色の髪に触れた瞬間、その髪質に感動したと同時に、何だか楽しくなってきてしまって。髪に指を通してみたり、頭を撫でてみたり。すっかり私のやりたい放題になっている。不思議そうにしながらも、抵抗せずに好きにさせてくれている髭切さんは、本当に優しいと思う。私なら羞恥心で逃げてる。
髭切さんの髪は、想像よりもふわふわしていた。内巻きになっている髪に、耳の横から指を差しこんで、毛先までを引っ張り過ぎないように伸ばしてみても、毛先から指が離れると、またくるんと内巻きに戻ってしまう。全く動じない髭切さんそのもののような動きが愛らしくて、思わずふす、と笑みがこぼれた。
根元から毛先まで、何度も髪を、頭を撫でていると、髭切さんの瞼が眠たそうに落ちてくる。このまま眠ってしまわれるのは困るので、髪から手を離して、今度は頬に手を滑らせた。うとうと伏せていた瞼が持ち上がり、その金色に改めて私をぼんやり映した。
そういえば、刀剣男士の中には、金色系の瞳をもつ子が多くいるように思う。溶けてしまいそうな蜂蜜色、琥珀色や、月を映したような金色も。目の前の彼や、弟の膝丸さんの瞳は、どちらかと言うとトルマリンやシトロン……そう、まるで宝石のように、鋭くも眩い瞳をしている。
その宝石が数回、眠気を遠ざけるように見え隠れした後、少しだけ微笑みながら私の手にすり、と頬を寄せてきた。……猫みたいだ。
そのまま親指で頬をふにふにと押してみる。肌はきめ細かくて、すべすべで、羨ましい限りだ。神様だからかな。神様になると美形になれるのかな。いいなあ、生まれ変わったら神様になりたい。
中指と人差し指で耳たぶをするりと撫でた時は、「くすぐったいよ」と笑いながらも、少しだけ目に怪しい光を灯していたものだから、ちょっと焦った。よしよし、と頭を撫でたら、あっさりそれは引っ込んだのだけれど。
されるがままの髭切さんが、楽しい?と聞いてくるから、素直に「楽しい」と返した自分の声が、驚くほどふやけていて、とてつもなく恥ずかしいったらない。髭切さんも一瞬目を丸くしていたけれど、直ぐにふっと目を細めた。後ろにはらはら桜が舞っているのが見える。……ご機嫌みたいだ。よかった。
もう暫く堪能していたかったけれど、もう少し、と言ってしまった手前、長々と続けるのも良くないだろうと手を離そうとした瞬間、それを察したのだろう髭切さんが、ふと笑みを消した。
離れていく指を引き止める犬のように、口を開いて。指をかぶりと、噛む……前に、素早く手を引っ込めた。待って。危ない。名残惜しそうに眉を下げる髭切さんに、頬が引き攣る。なんで噛もうとしたの。
彼を形作る伝承上、鬼の腕を切ったことから、鬼丸……一説では、鬼切とも呼ばれていた時代があるからか、彼は鬼の話を度々する。それを語る彼にも、物語で良く見る鬼のように……吸血鬼のように八重歯があったりするものだから、噛まれたら多分、刺さる。痛いどころか……、ううん、想像するのはやめておこう。とにかく、とっても痛いと思う。
思わず噛まれそうになった手を、もう片方の手で隠した私に、髭切さんは自分の行動などさして気にもしていないように「もうお仕舞いかい?」と首を傾げた。ふわふわの髪が、やはりくるりと内巻きのまま、顔の動きに合わせて揺れる。
「うん、おしまい。……どうだった?」
「どう……?んん、そうだねえ……。吃驚したけど、良い気分だった、かな」
「そっかそっか!」
「うんうん。……それで、」
髭切さん手が、ぽんと私の頭に乗る。「突然どうしたのかな」と言いながら、するりと髪をなぞるように指に通した後、その指でふにふにと頬を押して、手のひらで包むように頬に触れた。先程の、私の真似をしているようだった。
驚いて固まっていた私を、ほら、びっくりするでしょう?とくすくす笑う彼の笑顔が、なんだかさっきよりも花開いているような気がする。彼も、楽しいんだろうか。
「朝、手紙届けてくれたでしょう?」
「ああ、そうだったね」
「そこに、刀たちとスキンシップを図ることも大事って書いてあったから」
「うん?……すきんしっぷ?」
「あ、ええと、触れ合う、こと?」
へえ、とゆるく口角を上げた髭切さんは、再び私の頭を撫で始めた。と思ったら、もう片方の手で、わたしの手に触れる。親指から小指まで、根元から爪先をゆっくり撫でて。握ってみたり、指と指を絡めてみたり。……正直、とても、気恥ずかしい。
でも、さっきまで好き勝手触らせてもらっていたのだし、と大人しくされるがままになっていたのだけれど、やっぱり気になってしまって、髭切さんに目線で訴えてみた。彼は、それを受け止めると、
「だって、触れ合い、なんだから。僕も主のこと触っていいはずだよね」
なんて言うんだ。選んだ言葉を間違えたとは思ったけれど、今更訂正するわけにもいかず、返す言葉がない。そうですね、しか言えなかった。次からは気を付けよう。
やがて満足したのか、髪をひと撫でした後に手を離し、またも私と同じように「どうだった?」と聞いてきた。どうだった、と言われても。すごく緊張した、しかない。
「なんというか、すごく、照れました」
「ありゃ?僕と同じように感じてくれるものだと思っていたのだけれど……。もう少し優しく、かな?」
「うわわ、もう!いいです!」
「むむ、それは残念」
再び伸ばしてくる髭切さんの手を慌てて避けた。だから照れるんですってば。残念そうに肩をすくめた彼に、先程受け取った政府からの手紙をほらこれ、と渡した。
手紙に目を通す髭切さんの隣に座って、自分でももう一度その報せを覗き見る。
最近、刀剣男士が増えてきたのは喜ばしいことだけれど、その分、刀たちとの時間が取れなくなっているのではないか。時には彼らとスキンシップを図ることも、闘気を養うのに大切だと、そんな感じの事が書かれている。
確かに、本丸に迎えた刀が増えた分、初期の頃から此処に居る刀でも、全員で取る食事の時以外は、顔を合わせることがなかった……なんて日が、近頃は増えてきていた。
そんなわけで、まずはこれを届けてくれた髭切さんから、と思っての行動だったのだけれど。
彼は、ふうん、とその紙を持ったまま、目線だけを私に寄越して、どこかつまらなそうに言った。
「それって、もし手紙を届けたのが僕じゃなくても……、別の刀でも、同じようにしたってこと?」
「え。えっと……あー、うーん……どうだろう」
そうだねと言おうとして、しかし答えに悩んでしまった。
例えば、三日月さんや鶯丸さんなら、多少は許してくれると思う。あの人たちと髭切さんは、包容力……というのだろうか、大らかな部分が少し似ているから。短刀や脇差の子たちにも、遠慮なくできると思う。普段から戯れているから。青江さんは……ちょっと反応が想像つかないけれど。一期さん、歌仙さんや鶴丸さんには、難しいかもしれない。驚かれたあと、こらこら、と窘められそうだ。気難しい性格の刀たちも少なからず居るし、彼らが届けてくれたとして、行動を起こすのは躊躇うかもしれない。というか、怒られるか逃げられる。
……だから、多分。髭切さんだから、咄嗟に引き止めることが出来たんだと思う。
彼は、それは嬉しいねとまた髪をふわりと揺らした。
「ところで、主って、鬼は嫌い?」
「は、えっと、突然ですね。……会ったことないから分からないですけど、会いたくはないです」
「うんうん、そうだよね。それじゃあ、鬼に会わないように、約束してほしいことがあるのだけど」
話の流れがつかめない。約束、とは。髭切さんは、約束の内容を言う前に、私の手を取って小指を絡めてきた。指切りげんまん、だ。
「今は、こうやって約束するんだよね」
合ってる?と小首を傾げて微笑む彼に頷くと、にこやかに言った。
「さっきの、すきん……えっと……」
「……スキンシップ?」
「そうそう。それ、僕以外の刀にはしちゃだめだからね」
「え?でも」
「いいね?や、く、そ、く。…………破ったらこの指、切って貰っちゃうよ」
「え」
一瞬表情を消し、けれど次にはゆるりと唇を持ち上げて、眼光を怪しく光らせた彼に、びくりと体が固まった。「……ふふ、冗談だよ」といつもの笑顔に戻って、それじゃあねと部屋を出て行った髭切さんを、ぽかんと眺めることしかできなかった。いや、それじゃあね、じゃない。
だって、だって。絶対冗談じゃなかった。もし髭切さん以外の刀に触り放題しているところを目撃されたら、絶対、小指を切りに来る。あれは、絶対に、本心だった。
思わず、指切りを交わした小指を摩った。切られていないのに、切られてしまったかのような感覚がして、肩がぶるりと震える。怖い。……怖い、けど。
指切りを交わす前、髭切さんは”鬼に会わないように”と言っていなかっただろうか。私が他の刀にスキンシップをしたら、何故鬼に会うことになるんだろう。暫く考えを巡らせて。
「あ、」
けれどすぐに思い至る。そうだ、髭切さんは、この本丸に来たばかりの頃、こうも言っていたじゃないか。
「嫉妬とかよくないよ、」
鬼になってしまうからね、と。
「ま、……っま、まどろっこしい……!!」
他の刀にスキンシップしたら嫉妬しちゃうから、心中立てとしてこちらから小指を切りに行くよと、つまりはそういうことなのかもしれない。そういうことなんだろう。なんて恐ろしいことを言う神様なんだ。
そういえば、髭切さんに政府からの手紙を返してもらっていない。多分、破られるか燃やされるかして捨てられてしまうんだろう。読んだ誰かが私に強請りに来ないように。自分以外に、知られないように。
いつもふわふわのほほんとしているのに、嫉妬なんてよくないって言うくせに、実は彼が一番嫉妬しいのではないだろうか。いや、そんな、まさか。
なんだか落ち着かなくて、もう一度自分の小指を摩った。……私も早く朝餉に向かおう。
その日、弟の膝丸さんに、あなたのお兄さんちょっと怖いところあるねと話しかけたら、「確かに時折恐ろしく見えるかもしれんが、」から始まり、いかに兄が素晴らしいかを数十分かけて語り尽くされてしまった。違う意味で怖かった。
そんな髭切さんをいいからいいからと審神者部屋に招き入れて、不思議そうにしている彼と向き合うように座ってから、数十分。
「それで……これはいつまで続けるのかな?」
「もう少し……」
「ふふ、困ったさんだねえ」
まあ、僕はずっと続けててくれても良いのだけど。と、ほわほわな笑顔のまま目を閉じた髭切さんの、その瞼を指でそっとなぞってみると、擽ったそうにくすくす笑った。
初めは頬を何回かふにふにと指でつつくだけだったのだけれど、綺麗だなあと常々思っていた淡黄色の髪に触れた瞬間、その髪質に感動したと同時に、何だか楽しくなってきてしまって。髪に指を通してみたり、頭を撫でてみたり。すっかり私のやりたい放題になっている。不思議そうにしながらも、抵抗せずに好きにさせてくれている髭切さんは、本当に優しいと思う。私なら羞恥心で逃げてる。
髭切さんの髪は、想像よりもふわふわしていた。内巻きになっている髪に、耳の横から指を差しこんで、毛先までを引っ張り過ぎないように伸ばしてみても、毛先から指が離れると、またくるんと内巻きに戻ってしまう。全く動じない髭切さんそのもののような動きが愛らしくて、思わずふす、と笑みがこぼれた。
根元から毛先まで、何度も髪を、頭を撫でていると、髭切さんの瞼が眠たそうに落ちてくる。このまま眠ってしまわれるのは困るので、髪から手を離して、今度は頬に手を滑らせた。うとうと伏せていた瞼が持ち上がり、その金色に改めて私をぼんやり映した。
そういえば、刀剣男士の中には、金色系の瞳をもつ子が多くいるように思う。溶けてしまいそうな蜂蜜色、琥珀色や、月を映したような金色も。目の前の彼や、弟の膝丸さんの瞳は、どちらかと言うとトルマリンやシトロン……そう、まるで宝石のように、鋭くも眩い瞳をしている。
その宝石が数回、眠気を遠ざけるように見え隠れした後、少しだけ微笑みながら私の手にすり、と頬を寄せてきた。……猫みたいだ。
そのまま親指で頬をふにふにと押してみる。肌はきめ細かくて、すべすべで、羨ましい限りだ。神様だからかな。神様になると美形になれるのかな。いいなあ、生まれ変わったら神様になりたい。
中指と人差し指で耳たぶをするりと撫でた時は、「くすぐったいよ」と笑いながらも、少しだけ目に怪しい光を灯していたものだから、ちょっと焦った。よしよし、と頭を撫でたら、あっさりそれは引っ込んだのだけれど。
されるがままの髭切さんが、楽しい?と聞いてくるから、素直に「楽しい」と返した自分の声が、驚くほどふやけていて、とてつもなく恥ずかしいったらない。髭切さんも一瞬目を丸くしていたけれど、直ぐにふっと目を細めた。後ろにはらはら桜が舞っているのが見える。……ご機嫌みたいだ。よかった。
もう暫く堪能していたかったけれど、もう少し、と言ってしまった手前、長々と続けるのも良くないだろうと手を離そうとした瞬間、それを察したのだろう髭切さんが、ふと笑みを消した。
離れていく指を引き止める犬のように、口を開いて。指をかぶりと、噛む……前に、素早く手を引っ込めた。待って。危ない。名残惜しそうに眉を下げる髭切さんに、頬が引き攣る。なんで噛もうとしたの。
彼を形作る伝承上、鬼の腕を切ったことから、鬼丸……一説では、鬼切とも呼ばれていた時代があるからか、彼は鬼の話を度々する。それを語る彼にも、物語で良く見る鬼のように……吸血鬼のように八重歯があったりするものだから、噛まれたら多分、刺さる。痛いどころか……、ううん、想像するのはやめておこう。とにかく、とっても痛いと思う。
思わず噛まれそうになった手を、もう片方の手で隠した私に、髭切さんは自分の行動などさして気にもしていないように「もうお仕舞いかい?」と首を傾げた。ふわふわの髪が、やはりくるりと内巻きのまま、顔の動きに合わせて揺れる。
「うん、おしまい。……どうだった?」
「どう……?んん、そうだねえ……。吃驚したけど、良い気分だった、かな」
「そっかそっか!」
「うんうん。……それで、」
髭切さん手が、ぽんと私の頭に乗る。「突然どうしたのかな」と言いながら、するりと髪をなぞるように指に通した後、その指でふにふにと頬を押して、手のひらで包むように頬に触れた。先程の、私の真似をしているようだった。
驚いて固まっていた私を、ほら、びっくりするでしょう?とくすくす笑う彼の笑顔が、なんだかさっきよりも花開いているような気がする。彼も、楽しいんだろうか。
「朝、手紙届けてくれたでしょう?」
「ああ、そうだったね」
「そこに、刀たちとスキンシップを図ることも大事って書いてあったから」
「うん?……すきんしっぷ?」
「あ、ええと、触れ合う、こと?」
へえ、とゆるく口角を上げた髭切さんは、再び私の頭を撫で始めた。と思ったら、もう片方の手で、わたしの手に触れる。親指から小指まで、根元から爪先をゆっくり撫でて。握ってみたり、指と指を絡めてみたり。……正直、とても、気恥ずかしい。
でも、さっきまで好き勝手触らせてもらっていたのだし、と大人しくされるがままになっていたのだけれど、やっぱり気になってしまって、髭切さんに目線で訴えてみた。彼は、それを受け止めると、
「だって、触れ合い、なんだから。僕も主のこと触っていいはずだよね」
なんて言うんだ。選んだ言葉を間違えたとは思ったけれど、今更訂正するわけにもいかず、返す言葉がない。そうですね、しか言えなかった。次からは気を付けよう。
やがて満足したのか、髪をひと撫でした後に手を離し、またも私と同じように「どうだった?」と聞いてきた。どうだった、と言われても。すごく緊張した、しかない。
「なんというか、すごく、照れました」
「ありゃ?僕と同じように感じてくれるものだと思っていたのだけれど……。もう少し優しく、かな?」
「うわわ、もう!いいです!」
「むむ、それは残念」
再び伸ばしてくる髭切さんの手を慌てて避けた。だから照れるんですってば。残念そうに肩をすくめた彼に、先程受け取った政府からの手紙をほらこれ、と渡した。
手紙に目を通す髭切さんの隣に座って、自分でももう一度その報せを覗き見る。
最近、刀剣男士が増えてきたのは喜ばしいことだけれど、その分、刀たちとの時間が取れなくなっているのではないか。時には彼らとスキンシップを図ることも、闘気を養うのに大切だと、そんな感じの事が書かれている。
確かに、本丸に迎えた刀が増えた分、初期の頃から此処に居る刀でも、全員で取る食事の時以外は、顔を合わせることがなかった……なんて日が、近頃は増えてきていた。
そんなわけで、まずはこれを届けてくれた髭切さんから、と思っての行動だったのだけれど。
彼は、ふうん、とその紙を持ったまま、目線だけを私に寄越して、どこかつまらなそうに言った。
「それって、もし手紙を届けたのが僕じゃなくても……、別の刀でも、同じようにしたってこと?」
「え。えっと……あー、うーん……どうだろう」
そうだねと言おうとして、しかし答えに悩んでしまった。
例えば、三日月さんや鶯丸さんなら、多少は許してくれると思う。あの人たちと髭切さんは、包容力……というのだろうか、大らかな部分が少し似ているから。短刀や脇差の子たちにも、遠慮なくできると思う。普段から戯れているから。青江さんは……ちょっと反応が想像つかないけれど。一期さん、歌仙さんや鶴丸さんには、難しいかもしれない。驚かれたあと、こらこら、と窘められそうだ。気難しい性格の刀たちも少なからず居るし、彼らが届けてくれたとして、行動を起こすのは躊躇うかもしれない。というか、怒られるか逃げられる。
……だから、多分。髭切さんだから、咄嗟に引き止めることが出来たんだと思う。
彼は、それは嬉しいねとまた髪をふわりと揺らした。
「ところで、主って、鬼は嫌い?」
「は、えっと、突然ですね。……会ったことないから分からないですけど、会いたくはないです」
「うんうん、そうだよね。それじゃあ、鬼に会わないように、約束してほしいことがあるのだけど」
話の流れがつかめない。約束、とは。髭切さんは、約束の内容を言う前に、私の手を取って小指を絡めてきた。指切りげんまん、だ。
「今は、こうやって約束するんだよね」
合ってる?と小首を傾げて微笑む彼に頷くと、にこやかに言った。
「さっきの、すきん……えっと……」
「……スキンシップ?」
「そうそう。それ、僕以外の刀にはしちゃだめだからね」
「え?でも」
「いいね?や、く、そ、く。…………破ったらこの指、切って貰っちゃうよ」
「え」
一瞬表情を消し、けれど次にはゆるりと唇を持ち上げて、眼光を怪しく光らせた彼に、びくりと体が固まった。「……ふふ、冗談だよ」といつもの笑顔に戻って、それじゃあねと部屋を出て行った髭切さんを、ぽかんと眺めることしかできなかった。いや、それじゃあね、じゃない。
だって、だって。絶対冗談じゃなかった。もし髭切さん以外の刀に触り放題しているところを目撃されたら、絶対、小指を切りに来る。あれは、絶対に、本心だった。
思わず、指切りを交わした小指を摩った。切られていないのに、切られてしまったかのような感覚がして、肩がぶるりと震える。怖い。……怖い、けど。
指切りを交わす前、髭切さんは”鬼に会わないように”と言っていなかっただろうか。私が他の刀にスキンシップをしたら、何故鬼に会うことになるんだろう。暫く考えを巡らせて。
「あ、」
けれどすぐに思い至る。そうだ、髭切さんは、この本丸に来たばかりの頃、こうも言っていたじゃないか。
「嫉妬とかよくないよ、」
鬼になってしまうからね、と。
「ま、……っま、まどろっこしい……!!」
他の刀にスキンシップしたら嫉妬しちゃうから、心中立てとしてこちらから小指を切りに行くよと、つまりはそういうことなのかもしれない。そういうことなんだろう。なんて恐ろしいことを言う神様なんだ。
そういえば、髭切さんに政府からの手紙を返してもらっていない。多分、破られるか燃やされるかして捨てられてしまうんだろう。読んだ誰かが私に強請りに来ないように。自分以外に、知られないように。
いつもふわふわのほほんとしているのに、嫉妬なんてよくないって言うくせに、実は彼が一番嫉妬しいのではないだろうか。いや、そんな、まさか。
なんだか落ち着かなくて、もう一度自分の小指を摩った。……私も早く朝餉に向かおう。
その日、弟の膝丸さんに、あなたのお兄さんちょっと怖いところあるねと話しかけたら、「確かに時折恐ろしく見えるかもしれんが、」から始まり、いかに兄が素晴らしいかを数十分かけて語り尽くされてしまった。違う意味で怖かった。
18.11.15