「んで、買うものはそれで全部か? 大将」
「うん。……あー、あともう一個だけ、わたしが個人的に欲しいものがあって……」
「おう、どれだ? ああ、その前に。そら、荷物はこっちに寄越しな。持っといてやる」
「うっ、あ、ありがとう……!」
どうってことねえよと言いながら、わたしの手から片手でひょいと買い物袋を受け取ると、で、どれだい? と首を傾げて先を促す薬研くんに、ほう、と感嘆のため息がもれる。
本丸は、基本的に万能が足を生やして歩いているような場所だけれど、何から何までが万能なわけではない。大勢が同じ屋根の下で過ごしているのだ、日常的に足りなくなってくるものは当然ある。食材や日用品は、流石に人の手で買い足すには消費量が多すぎる為か、定期的に政府からこんのすけ経路で支給が届くので、そちらの心配はいらないのだけれど。個人的に欲しいと思ったものなどは、万屋で調達しているのだ。
そろそろあれとあれも、それからこれも買い足さないとなあ、と頭の中でメモを取りながら外出の準備をしていたとき、鉢合わせた薬研くんが、護衛として着いてきてくれることになったのだけれど。……あの、なんと言えば良いのだろう、とても、とても。今のようにさらっと荷物は持ってくれるし、会話しながら前を見ずに歩いていると、人や物にぶつからないよう、さりげなく誘導してくれていたりする。目を閉じていても安全に歩けてしまいそうなくらいだ。つまり、とっても、格好良い。本人にはこれくらい当然だと笑われてしまったけれど。うっかりときめいてしまうから困った、困った。彼に心奪われる審神者は、数多いのではなかろうか。
一通り目的の品を買い終わった後、最後に見たいと思ったのは、彼らの身を守る御守りが売られているコーナーだった。とは言っても、彼らの御守りを買うためではない。ついつい深手を負わせたくなくて、力量が足りないと判断した場合、すぐさま撤退しがちで、一度も消費したことがない御守りは、十分すぎる程持ち合わせがある。……わたしが探しているのは、実用性のあるそれではなかった。
「……これ」
「ん? ……へえ! こんなのも売ってるんだな」
「霊力とか、そういうのは感じないよね」
「ああ。模造品ってやつだが……、お? 俺のもあるのか」
よく出来てるなとそれを手に取り、まじまじと見る薬研くんは、「けど、ちょっとばかし複雑だな」と苦笑した。
それは、模造品である、手のひらよりも小さな刀の入った、一般用の御守りだった。刀剣男士として顕現されている刀や、まだ顕現を許可されていない、見覚えのない刀を型取ったものなど、様々な種類が置いてある。小さな刀が、装飾の施されている袋に入っているのだけれど、刀身のみで言うならば小指程の大きさだ。……確かに、模造品の手の平サイズとはいえ、自分自身のレプリカをこうして見るというのは、何とも言えない心境なのかもしれない。自分をモデルにした日本人形を見ているような感覚だろうか。……想像しようとして、やめた。ゾッとしない話だ。
それもあるが、と御守りを棚に戻した薬研くんは、腰に手を当てて清々しく笑う。「これに頼らなくても、俺自身が懐刀として、大将を護ってやれるからな」と。頼もしすぎるお言葉を頂いてしまった。男前だなあ、と、またため息が落ちる。
「鶴丸も鯰尾兄も、大将を独り占めしがちだからなあ……。短刀にしかできない懐刀、って役割くらいは、しっかり熟していかねえとな」
「……もう、そんなこと言って。薬研くんに頼り過ぎて、申し訳なくなるくらいなのに……。疲れたら疲れた〜って言ってね、本当に」
「もっと頼ってくれていいんだぜ? なあに、自分の限界くらいは把握してるよ」
「……限界になる前に、言ってください……」
「ははは!分かった分かった、冗談だ」
からから楽しそうに笑う薬研くんに、思わずふと力が抜けて、釣られるように笑みが溢れる。最初に鍛刀したときから、目を見張る勢いでどんどん強くなっていく薬研くんは、鯰尾と並んで立派な特攻隊長だ。戦場で道を切り開いていく様は、通信映像で見ていても、帰還後に報告を聞くだけでも、その活躍ぶりに毎回に驚いてしまう。冗談でも、そんな彼なら本当に限界まで言わなそうだなあと、少しだけ心配になってしまうくらいに。乱ちゃん辺りに、それとない力の抑制を頼んでおこうかな。
薬研くんがわたしの肩をぽんと叩き、あれだろ?と指差したのは、いくつか種類が並ぶ、模造品である刀御守りの内の一つ。多様な色合で装飾されている袋が並ぶ中、シンプルである故に存在を主張する、白。それだった。
他と同様、小指程の大きさしかない、小さなレプリカであるというのに、店内の照明に反射してきらりと輝くそれは、やはり美しかった。
「う、…………欲しい……」
「見たことない刀も、売ってない刀も結構多いんだな……。どうした大将、買わねえのか?」
「買う。買う……けど」
「うん?」
それを手に取り、角度を変えながら眺める。……やっぱり、綺麗。
鶴丸のレプリカが入った御守りを買ったなんて、それを懐に入れて持ち歩きたいなんて、本人が知ったらどんな反応をするだろう。先程の薬研くんのように複雑そうにするだろうか。嬉しく思ってくれるだろうか。拗ねてしまうだろうか。どれもありそうで、どれも違うような気もする。
恥ずかしいから、鶴丸には内緒にしてねと人差し指を立てると、薬研くんは一瞬間を開けて、分かったよとぷすり、笑った。わたしと護衛さんの、ちょっとした秘密が出来た瞬間だった。
――――
「――あ、白の審神者さ〜ん!!」
唐突にかけられた……けれど、聞き慣れた呼び声に、思わず頬が緩んだ。「こんにちは、貝殻の審神者さん!」と少し声を張りつつ応えると、照れくさそうにはにかみながら、相変わらず身に着けている貝殻のネックレスに触れる女性は、いつしか、現代で出会い、今も手紙のやり取りをしている、貝殻の人だ。
今日の演練は、彼女とマッチングしていた日だった。
演練場には、本丸ごとに席が用意されているのだけれど、彼女の席はひとつ隣……とはいえ、審神者の持ち場同士はそこそこ離れているので、例えるならば、サッカーのベンチとベンチのような間隔だけれど。それでも、知り合いが演練の相手に選ばれること自体稀だというのに、持ち場も珍しく隣だった。
審神者の持ち場、待機場には参考書の置かれている机も用意されているのだけれど、その参考書を使っている審神者はあまり見たことがない。多分、本丸に元から置かれている参考書と同じだからかもしれない。机の上には、他にも、演練場を真上から見れるようになっているモニターが用意されている。このモニターも、審神者部屋にあるものと同じく、部隊への指示が出せるようになっている。便利だ。
前にわたしが自己責任とはいえ、掌を怪我してからというもの、何かあった時に手当てがすぐにできるように、必ず救急箱を持っていくように口酸っぱく言われているため、本来手ぶらでいいはずの演練場に、やけに大きめの鞄を毎回持って行っているのだけれど、これが地味に恥ずかしい。救急箱をそのまま持っていくのは流石に躊躇われるので、最低限の道具と、サンドイッチなどの入ったお弁当箱も入れるようにしている。お弁当は、演練が終わったらお疲れ様の意味合いを込めて、演練に参加した六振りと一緒に食べるものだ。……そのせいか、お弁当を持っていくようになってから、演練に参加したいと申し出る刀が昔よりも多くなったように思う。……今度、普通のピクニックでも提案してみよう。
その鞄を、用意されている机の空いているスペースに置き、現在の時間を確認した。うん、まだ演練開始まで余裕がある。隣の持ち場に居る貝殻の彼女を見ると、どこかそわそわしていた。……行っても、良いだろうか。振り返り、壁に寄り掛かっていた鶴丸と目を合わせると、言いたいことを察したんだろう彼は、壁で背を押し出すように一歩踏み出し、直ぐ近くで演練場の様子をきょろきょろと興味深そうに見ていた貞くんと光忠さんに、「五分前には戻る」と言伝を残しながら歩いてきた。
今日の演練参加者は、顕現して日が浅い貞くんと、貞くんが行くと聞いてから落ち着きがなかった光忠さん、の二振りに引き摺られるように参加することになった大倶利伽羅さん。ならば、行くに決まっていると言いたげに手を挙げた鶴丸。そして、同じようにまだ日が浅い髭切さんと膝丸さんだ。太刀の割合が高くなってしまったけれど、たまには良いだろう。仕方がない。こういう場面でどう立ち回るかを学んでおくのも大事だ。
鶴丸にお礼を言って、彼女の持ち場を見ると、目が合った彼女がぱっと表情を明るくして、すぐ近くで待機していた刀に話しかける。……一期一振だ。彼がひとつ頷いたのを笑顔でお礼を言うと、ぱたぱたとこちらに駆けて来るから、わたしも思わず駆け足で彼女に近寄った。
……演練で対戦相手に選ばれる本丸は、完全にランダムマッチになっている。知り合いや同じ審神者と二回以上当たることは、滅多にないのだ。けれど、貝殻の彼女と演練場で会うのは、これで三回目になる。これは、何か運命めいたものまで感じてしまうなと思いながら、彼女からの勢いの良い抱擁を、よろけつつも受け止めた。元気そうで何よりだ。
「また会えて嬉しいです、貝殻の審神者さん」
「私も! 私もです、白の審神者さん! それに、鶴丸さんも!」
「よ、久しぶりだな」
顔を合わせた回数に加え、日々手紙のやり取りをしている彼女には、鶴丸も親しみを覚えているらしい。彼女にひらひら手を振って、嬉しそうに笑った。
彼女に着いてきた一期一振は、前回には参加していなかった刀だ。前回の演練後、顕現したのだとか。一期一振がわたしの前まで来て、胸に手を当て、恭しくお辞儀をしてくる。……えっ、ど、どうして。
「お話は常々お伺いしておりました。主と親しくしていただいていること、大変感謝しております」
「えっ、……え。……え! そんな、そんな、お礼なんて良いんです、感謝されるようなことは、あの、そんな、わたしの方こそ、あの……!」
どうしよう、友人の刀に頭を下げられてしまっている。友人の神様に頭を下げられてしまっている。貝殻の彼女は少しだけ呆れたように、一期さんったら律儀なんだから、と息をついていたけれど。正直助けてほしかった。姿勢を戻した一期一振は、「これからも、どうぞよろしくお願い致します」とふんわり微笑む。一つ一つの仕草がとても丁寧で、本当にお伽噺に出てくる王子様のようだなあと、心底思った。
こちらこそと彼にわたしからも頭を下げると、今度は貝殻の彼女と一期一振が大慌てで顔を上げるように言ってくるものだから、後ろで耐えられなかったのだろう鶴丸がぷすりと笑う声が聞こえた。釣られて、つい、わたしも微笑んでしまう。折角会えたのに、会って早々にこんないたちごっこを始めるなんて。
「ところで、白の審神者さん」
「はい?」
ちょいちょい、と手招きをする彼女に近寄ると、そのまま手を引かれて二振りからすすす、と距離を取る。と思うと、内緒話をするように、とてもとても小さな声で「あれ、買いました?」と聞いてきた。こくこく頷いて、内ポケットのある部分をぽんぽん、と指で叩く。そこに入っているのは、昼間に薬研くんと買った、鶴丸の刀の御守りだ。聞くと彼女の瞳が爛々と輝いて、鶴丸の居る方をちらりと見、またわたしを見て、手のひらから歓びが溢れてしまいそうなほどの笑顔を浮かべる。それが何だかとても気恥ずかしくて。そろりと視線を逸らすと、そんな照れなくても、とくすくす笑われてしまった。言っていないはずなのに、誰のを買ったのかもお見通しのようだ。余計に照れくさい。
……実は、この御守りが万屋に売っているらしいと教えてくれたのは、他でもない彼女だった。変わらず定期的にやり取りをしている手紙に、白の審神者さんも見に行ってみてはいかがでしょう! と楽しそうに文字が弾んでいたものだから、つい探してしまったというわけだ。
本人に聞かれやしないかとこっそり視線を鶴丸に向けると、どうやら彼は一期一振と話し込んでいるようだった。他の本丸の戦略や、状況を聞いてみたいと言っていたこともあったから、良い機会だと思っているのかもしれない。
鶴丸は、あれでいて任務や仕事には真面目に取り組む刀だ。戦闘中、目をぎらつせつつも、常に笑みを浮かべている辺り、戦闘を好んでいるようにも思える。持ち帰った情報を鯰尾と共有しながら、二人で動く際の作戦を立てている時の横顔は、とても……とても、普段少年のような笑顔を浮かべる神様とは思えない程、真剣そのものなのだ。だというのに、わたしが来たことに気づいた途端、二人とも線が切れたように表情を崩して微笑むものだから、とことんずるい神様たちだ。
視線に気づかれないうちにさっと貝殻の彼女に目線を移し、内緒ですからね、と声を潜めて言うと、彼女はもちろん、ところころ笑った。もちろんわたしも、手紙に書いてあった、彼女が買った御守りの刀のことは秘密にするつもりだ。それを伝えると、浮かべていた笑顔を引き攣らせて、頬がさっと赤く色付く。……可愛らしいな、と思う。恋する女の子の顔だ。
審神者の中には、刀の付喪神である彼らと恋人になったり、夫婦になったり。そんな人も既に存在するらしい。出会ったことはまだないけれど。彼女も、そんな、神様に恋する審神者の一人だった。
ちらりと、鶴丸と会話をしている、王子様のような彼を見ると、ぐいっと手を引かれ、貝殻の彼女が声を抑えながらも「内緒、内緒ですからね、内緒!」と必死に言葉を紡いでくるものだから、ぷすりと吹き出してしまった。かわいいな、ともう一度思う。言うと否定されてしまうから、言わないけれど。くすりと笑みが漏れ、「応援してます」とひっそり言った。それに対して彼女が何かを言おうとした時。
「――わっ!」
「ひぃっ!?」
「っ!?」
肩をくっつけてこそこそ話していたわたしたちの後ろから、肩をポンと叩かれると同時に聞き慣れた声が耳元でして、ビクリと肩が……いや、全身が跳ねた気がする。バッと振り向くと、鶴丸が……ううん、違う。わたしの神様である、鶴丸ではない。他の本丸の鶴丸国永が、良い反応だなあと可笑しそうに笑っていた。隣で、貝殻の彼女がびっくりした、どうしたのと肩を落としている。成る程、彼女の本丸の鶴丸国永らしい。鶴丸と一期一振も、彼の登場には驚いたようで、僅かに目を丸くしてこちらを見ていた。
「すまんすまん。そろそろ時間が来るぜと、伝えにな」
「え、もうそんな、ですか」
「ほ、本当ですね。申し訳ありません主、つい話し込んでしまって……!」
慌てて駆け寄ってくる一期一振と、同じように申し訳なさそうに眉を下げる鶴丸が、その後ろからゆったり歩いてくる。演練の開始時間はまだなのだし、そんなに急がなくても大丈夫だろう。気にしなくていいよ、と意味を込めて微笑むと、すぐ後ろにいた彼女の鶴丸国永が、物珍しそうにへえ、と言葉を落とした。見上げると、挨拶がまだだったな! と笑顔を向けてくる。……本丸によって性格や個性は変わると聞いていたけれど、なんだろう。こうやって改めて他の本丸の鶴丸国永を見ると、わたしの神様は比較的落ち着いているのだなあと、少しだけ感慨深くなってしまった。
宜しくお願いします、と軽く頭を下げ、彼に応えれば、そんなわたしを一瞬じっと見て、ふと視線をわたしの後ろへと向ける。その先には、鶴丸がいるはずだ。なんだろうと思っていると、わたしが鶴丸を見やる前に、鶴丸国永がぐぐっと顔を近づけてきて、反射的に少しだけ顔を後ろに反ってしまった。本当に、なんだろう。隣で、貝殻の彼女もどうしたのだろうと首を傾げている。
「ちょ、ちょっと、鶴丸……?」
「きみ、噂の白の審神者だろう?」
「う、うわさ。そう、ですね……?」
「……白の、ねえ」
「なに、なん、ですか」
鶴丸国永の唇の端が、愉快そうにゆるゆる持ち上がった。……毎日見ている顔なのに、雰囲気がこうも違うのか。口元に手を添え、わたしと彼女にしか聞こえないように、耳元で、とてもとても小さな声で、囁いた。「きみは、その"白"のこと、好いているのかい?」と。
一瞬、何を言っているのか、頭が理解してくれなかった。いや、今なん、なんて。え、……え? 顔が、だんだん熱くなってくる。好き、……好き? そりゃあ、もちろん好きだ。けれど、鶴丸国永の言っているそれは、友愛や家族愛、敬愛などではなく、恋情の意味で言っているのだと、なんとなく気づく。
――瞬間、自分でも驚くほど、かっと目の下が熱くなるのが分かった。眼前にいる鶴丸国永が目を丸くして、しかしすぐに興味深そうに唇の端を持ち上げる。にたり、という擬音が似合う笑みだった。
隣で彼女が、顔を赤らめながら何言ってるの! と鶴丸国永の頭を叩く。突然の自分の主の行動に目を丸くする一期一振だけれど、すぐに呆れたような目を鶴丸国永に向けていて、ああ、よくあることなのだなあなんて、頭の隅で思った。
「何って、そういう意味の白、じゃなかったのか?」
「……あ、え、ち、ちがっ!」
「ち、違うって!違うけど、もう、馬鹿!」
「ば……っ!? 馬鹿とはひどいな!」
白の審神者と呼ばれているのは、彼女が。貝殻の彼女が、わたしのことを鶴丸の人と呼んでいたから。わたしは貝殻の人と呼んでいたから、そのまま貝殻の審神者さんと呼べたけれど、鶴丸の審神者さんとは、語弊があり過ぎて呼べないからということで、鶴丸の色である白にしてもらっただけなのだけれど。それでも、そっか、そうか。それでも確かにそう思えてしまうのかもしれない。軽率だった。だけど、今更変えるのも遅すぎるというもので。
違う、違うのだ。他の誰かに同じ事を聞かれたら、なんて返せばいいのだろうと思い悩むだけで済んだだろうけれど。彼と同じ顔で、同じ声で、すぐ後ろにいるのであろう彼の事が、そういう意味で好きなのかと、直球で聞かれてしまったから。……ものすごく、頭が沸騰してしまっただけで。
口の中でああでもないこうでもないと言葉を転がしていると、初々しいな、と鶴丸国永に笑われてしまった。ものすごく、顔が熱かった。
「……きみ、」
「はいぃ……っ! つ、鶴、……び、びっくりした……」
腕を軽く掴まれて、素っ頓狂な声を出してしまいながら、反射的にそちらを見上げる。わたしの火照った顔を見た鶴丸が、驚いたのだろう、一瞬ぽかんと目を丸くして。しかし次にはきゅっと眉を顰め、鶴丸国永に目線を移す。直ぐにわたしから視線を離してくれてよかったと、思った。頭を冷静に、冷静にしなければ。
鶴丸の視線を追うように彼女の鶴丸国永を見れば、また愉快そうに、意味ありげに笑みを浮かべた。本当にやめてほしい。思わず顔を逸らすと、鶴丸国永には「照れるな照れるな」と笑われて、鶴丸の「照、れ……!? まさかきみ、……いや、毎日見てるだろ!?」なんて声が上から降ってくる。いろいろ待ってほしい。話がややこしくなっていっている気がする。
そうじゃない、違うから、違うの、と必死に言葉を紡ごうとしているわたしと怪訝そうにする鶴丸見て、貝殻の審神者の鶴丸国永は、ふは、と吹き出した。貴方が原因でしょう! と思わず睨んでしまったけれど、ひらひらと手を振って笑いながら視線を受け流し、上機嫌に自分の持ち場へ戻っていった。「もしまた会えたら教えてくれ、俺も応援してるぜ」と言葉を残して。
……だめだ。これは完全におもちゃにされている。というか、俺も、とは。さっきまでの彼女との会話を聞いていたんだろうか。……ぬ、抜け目がない。頭上で、応援? と疑問符を浮かべる鶴丸のその疑問に、わたしは応えることが出来ない。貝殻の彼女が、片手で頭を抱えていた。その気持ちはとてもよくわかる。本当にごめんね、言い聞かせておくからととても謝られてしまったのだけど、何だかその様子が手のかかる子を持つ親のようで、少しだけ笑ってしまった。
貝殻の審神者さんと別れ、自分の持ち場に戻ったのは、鶴丸の言葉通り、開始五分前だった。歩きながら、鶴丸に何度も何を言われたのか、何を問われたのか聞かれたけれど、言えるわけがなかった。当の、本人のことなのだから。不服そうな顔をされても、「本当になんでもないから」としか言えないのだ。お願いだから許してほしい。
「おや、おかえり」
「戻ったか」
「はい、ただいま戻りました」
「おっかえり〜! そろそろ始まるんだろ? 楽しみだなあ!」
そう。そうだ、これから演練が始まるのだし、取りあえず先程の言葉は一旦忘れて、こちらに集中しなければ。
俺に任せとけ! と胸を張る貞くんに、期待してますと微笑んだ。頼もしい限りである。まだどこかむすりとしている鶴丸を見上げて、思わず苦笑が零れる。ごめんね、だから、そんな顔されても言えないんだってば。
「鶴丸、今日は皆を引っ張ってください。……頼りにしてる」
今日は、演練初参加者が三振りもいるのだ。鶴丸には少し苦労を掛けてしまうかもしれないけれど、それでもまた、勝って来てほしい。皆を導いてきてほしい。わたしの、一番の刀として。
鶴丸は、むつり顔を仕方なさそうに緩め、はあ、とひとつため息をついた。先程の事を問うのは諦めたのだろう。腰に手を当てて、少しだけ眉を下げたまま、「ああ、任された」とからりと笑ってくれた。鶴丸が皆に目伏せして、わたしの肩をぽんと叩く。
「きみが驚くほどに、良い結果を持ち帰ってみせるさ!」
その言葉に、ほろりと頬が緩んだ。彼の後ろを、大倶利伽羅さんが続く。少しだけ振り返って、わたしと目を合わせた。……うん、行ってらっしゃい。目線だけで、応える。
更に後ろを光忠さんが、行ってきますとこちらに手を振って。貞くんが、俺の活躍、見てろよな! と笑って。二人に行ってらっしゃい、と手を振って声をかけた時、両肩を軽くぽん、とまた叩かれた。
「皆元気でいいねえ」
「行ってくる」
髭切さんと膝丸さんが、軽く手を上げながらそれに続いた。頑張ってきてください、と声をかけて、見送る。全員が演練場に入ったのを確認してから、先程荷物を置いた机の前に立った。
モニターの邪魔にならないよう、少しだけ荷物の位置をずらして、映し出された映像を見る。今日のお弁当は、光忠さんが演練に参加するからと、歌仙さんと堀川くんが作ってくれたものだ。いつも振舞ってくれる光忠さんも、珍しく振舞われる側だからととても楽しみにしていた。是非とも勝っていただいて、気持ちの良い気分で食べたいな、と思ってしまう。そのためには、わたしも判断を誤らないようにしなければ。最後まで、信じて見守らなければ。
一戦目の相手は、対戦したことのない人のようだ。相手の刀全員、なかなかに練度が高い。此処からでは声が聞こえないけれど、鶴丸が五人に一言二言言葉を伝え、それに皆頷いていた。作戦を伝えていたのかもしれない。
陣形はこちらからも指示できるとはいえ、その場でどう動くか、誰を狙うかは刀達次第だ。……さて、どうしようか。先手が取れるよう、満遍なく動きやすい陣形にするか、個々の守りを固めるか、勢いで切り込んでいける陣形にするか。
……わたしの判断はこうだと、モニターに触れると、彼らにその意思が伝わる。受け取った彼らが、刀を抜き、不敵に微笑んだ。――良かった。彼らにとっても好ましい選択ができたらしい。あとは、皆を信じて見守るだけだ。
安心から、ほっと胸に手を当てた時、内ポケットに仕舞い込んだままの、例の御守りに触れて、はたと思考が巻き戻る。「そういう意味の白、じゃなかったのか?」と問いかけてきた時の、鶴丸国永の声が蘇ってきたからだ。
そういう意味での白、では、無かったはずなのに。言及されてしまうと、なんだか、周りからはそうにしか捉えられていないんじゃないか、なんて思ってしまう。
……いけない、今考えることじゃないんだった。違う違う、と鶴丸国永の言葉を、頭を振って追い出した。刀の御守りを通して、わたしの緊張が彼に伝わりませんようになんて、意味のないことまで、考えて。
18.12.19