あの日出会った貝殻の彼女が、審神者に戻ってから半年。私が審神者を辞めてから2年が経った。
貝殻の彼女から、やっと本丸の刀数が増え、審神者として再スタートを切れた気がすると手紙が届いてからというもの、近況報告や雑談を入り混じった手紙が定期的に送られてくるようになった。どの刀を顕現出来ました、この時代へ飛ぶことになりました、当時脅威だった検非違使と交戦しました、交戦した場合の戦略が政府から送られてきました、あの刀が頻繁に誉を取ってくれるようになりました、このふた振りの喧嘩が多くて困っています……など。他愛もない話を書き取られたそれを読むたびに、記憶に残っている私の刀を思い浮かべて、くすりと笑みを浮かべては、最後の瞬間が脳裏に過って胸が締め付けられる。
そして今日の手紙には、審神者の集まりで政府に呼び出された時、昔、演練で出会った他の審神者が政府側の人間として本当に居たこと、今の環境が昔と変わっているのを実感していること、……貴女も、今ならきっと大丈夫だと書かれていた。
彼女からの手紙は、本丸から密かに私のもとへ届けているらしい。審神者をしている以上、本拠点である本丸が敵にバレるわけにはいかない。そのため現代へ物を流す時、本来は政府へ通して、そこから現世へ渡す流れらしいのだが。彼女の本丸を担当しているこんのすけに、無理を言って政府へ通さずに来てもらっているらしい。危険はないのか聞いたことがあるけれど、こんのすけだけが使える道で行き来しているのでその辺の問題はないらしい。政府へ報告する記録に、この手紙の事は当然削除して。なんでもありだ。……なので、届けに来るのは、もちろん彼女の本丸のこんのすけだった。
「今日もありがとう。お返事を書くので、少し待ってくれますか?」
「もちろんでございます!」
「あと……今朝お稲荷さんを買ったので、よかったら食べます?」
「なんと……!! 良いのですか!?」
「ふふ、いつものお礼ということで」
書く内容は決まっていた。だって私は、もう、戻ってはいけない……戻れないのだから。
その日、稲荷を食べて、満足そうに表情を緩ませていたこんのすけに返事の手紙を渡したとき、その眉をしゅんと下げて「今日のご友人様の霊力は、いつも以上に冷たく感じます」と呟いた言葉が、眠る直前まで、妙に頭に残っていた。
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「主〜、文が届いてたぜ?」
「ほんと?持ってきてくれてありがとう」
礼はいらないと言うように手をひらひらさせる鶴丸から、見慣れた封筒を受け取る。貝殻の彼女からのようだった。封を開けるわたしの隣で、それを覗き込みながら「随分可愛らしい装飾だが、誰からだい?」と聞いてくるので、いつもの彼の言葉を借りて「恋文かな」なんて言ってみせると、蛇に睨まれたかのようにビシリと固まってしまう鶴丸に、ぷすりと笑みが落ちる。
普段は冷やかすように恋文でも来てるんじゃないかと聞いてくるのに、その反応とは。全く本当に、この刀は、とんでもない。彼の言う可愛らしい封筒を書斎机に置きながら、無意識に上がっていた口角をそのままに冗談だよ、と伝えると、一瞬頬を引き攣らせ、力が抜けたようにしゃがみ込んでしまった。真っ白な神様が、右の手の甲で額を押さえて、ものすごく重いため息をつかれている。予想以上の刺激だったようだ。驚いてもらえたのなら、彼的には良かったのではないだろうか。
弱弱しく「きみな……!」と嘆く鶴丸の、低い位置にある頭に手を伸ばしながら、片手でその手紙を開いた。こんな驚きは求めていない、のだそうだ。相変わらず他愛ないことが綴られている手紙に目を細めると、大人しく撫でられていた鶴丸にその手を取られた。しゃがんだままわたしの手をつかみ、少しだけ不服そうに見上げて「それで、誰からなんだ」と聞いてくる鶴丸が、なんだか愛らしくて。
「女性だよ。他の審神者の」
「他の……?」
鶴丸の腕を掴み返して、軽く引っ張ると、わたしの意思をくみ取って立ち上がってくれる。わたしのことが分かっているようで分かっていない。分かっていないないようで分かっている……そんなところにも、とても救われているのだけれど。掴んでいる手を腕から手へ滑らせて、軽く繋ぐと、不思議そうに揺らぐ月色の瞳と視線がぶつかった。
「今日、演練でその人と当たってるんだって。早めに用意して行こう?」
「は、あ、ああ。いや待て、いつの間に他の審神者と、」
「鯰尾〜! 薬研く〜ん! あと誰に参加してもらおうかな……」
「全く聞く気がないとは驚いたな!!」
なんて言いながら、手は離れないようにしっかり握って来るものだから、先程から頬が緩みっぱなしだ。ふと思い立って、早足で急ぐふりをして少し強めに手を引くと、やはり予想通り少しだけ呆れ声を出しながらも同じようについてきてくれる。
「おやおや、そんなに急いでも演練場は逃げないぜ?」
「……よっ、と」
「おわっ!?」
だから、自分の足に急ブレーキをかけて、そのまま体を後ろに傾けて。鶴丸に、背中からぽすんとぶつかった。繋いでいた手が離れ、けれど今度は彼の右手とわたしの右手が繋がる。見上げれば、鶴丸がどうかしたのかと上から逆さの顔で首を僅かに傾げる。……いつかの、あの時のようだった。
きっと思い出したのだろう。鶴丸がふと懐かしそうに目を細めて、あの審神者か、と少し安心したように呟いた。
──彼女に審神者に戻ることにしたと返事を書いた時、文字からその喜色が飛び出て見えるほど喜んでくれたのを覚えている。刀解したことは既に話してあったから、本丸に居た鶴丸と鯰尾の事を話したときも、返事の手紙にぽつぽつとしみが出来ていて、そこだけ文字が滲んでいたから。……泣いてくれたのかもしれない。優しい人だと、本当に思う。誰かのために感情を動かせる人は、男女構わず信頼できる人だと想っているから。わたしの背中を押してくれた人だから、会ってちゃんとお礼を言いたい。そう、ずっと考えていたのだ。
「あれから結構経ってるし、練度高いんだろうなぁ……。一筋縄じゃいかないかもしれないね」
「そりゃあ良い、こっちも驚かし甲斐があるってもんさ。……それともあれかい? 俺達が負けるかもしれない、なんて言わないよな?」
「まさか」
わたしの右手を遊びながら、左手で抱き包み込んでくる鶴丸に、殆ど全身で寄りかかって、息を吐くように笑いが零れた。……鯰尾を初め、薬研くんや後から顕現した子たちも、比較的最近顕現したはずの信濃くんも、次々に修行を積んで立派に成長してくれている。……強くなっているのだ。あの頃よりも、ずっと。
「それでも、勝って来てくれるんでしょう?」
「っはは! 言うようになったな、きみも。──ああ、もちろんだ」
胸を張って言いたい。あの日笑ってくれた、あの日呼び止めてくれた、貝殻の彼女に。また、あの時のように。「ええ、もちろん。わたしの自慢の刀たちですから」と。
演練へ参加するメンバーを決めた後、そういえば遠戦の刀装が少なくなってきたなあと考えを巡らせながら、ひとりひとりに金色の刀装を手渡したり、着けてあげたり。
審神者に戻ってから出撃するまで、かなりの時間を用いたけれど、それでも日頃の任務はこなさなければと、日々作り続けていた刀装は、全員に特上を渡してもまだそこそこ数がある。塵も積もればなんとやら、だ。薬研くんにも着けてあげようとしたら、「おいおい、このくらい自分でやるって」と苦笑されてしまったけれど。微かに頬に赤みを差していたから、妙に微笑ましく思ってしまった。
視線を動かして、見慣れた白と黒と目が合うと、二人同時に身に着けた金色をちらりと見せてきて、返事の代わりにひとつ頷く。二人とも、わたしが審神者に戻ってきてから、戦闘で一度も刀装を壊して来たことがない。わたしからのたったそれすら手放すのが惜しいとでも言うように、戦いでの立ち回りが上手くなっているものだから、本当に驚きだ。ありがたいけれど、とても照れくさい。
あと渡してない子は居なかったかな、と出発の準備をする面々を見渡していると、未だ聞き慣れない低い声がわたしを呼んだ。振り返れば、彼の肩から茶色がぴょんと飛んできて、咄嗟に受け止める。……ふさふさだ。本能的に撫でてあげれば、気持ちよさそうに目を細めるそれ……キツネを一瞥して、わたしを呼んだ当人である鳴狐は、もう一度「あるじ、」とわたしを呼ぶ。
指で狐の形を作る鳴狐に、同じように狐の形を作ってやれば、ちょうど口の部分になる三本指を、狐同士が口づけるようにこつんと当ててくる。彼との挨拶みたいなものだった。
「どうしたの?」
「それ、……作る?」
「それ」
「刀装の事ですぞ主殿! まだ出発までお時間があるようでしたら、忘れないうちに作りましょうと鳴狐は言いたいのです!」
「ん、投石兵は、もう無くなるはずだから」
「あ、そうそう、無いなって思ってたの。……お願いしていい?」
鳴狐がこくりと頷くと、彼のお供であるキツネがするするとわたしの肩に登って、いつも彼にしているように首に巻きついてきた。……ふさふさだ。ちょっとくすぐったい。
「そうと決まれば刀装部屋へ行きましょうぞ!」
「うん」
「……あるじ、他に作るものはないか」
「んー……、出来れば銃兵も欲しいかな……」
「わかった」
「お願いね。鳴狐は刀装作るの上手だから、すごく頼りになるよ」
「……そうか」
修行してきてからの鳴狐は、本当によく喋る。意思疎通がしやすくなったのもそうだけれど、以前よりも考えていることが分かりやすくなったのをとても嬉しく思う。今だって、分かってはいたけれど「鳴狐は喜んでおられます」と耳元で囁くキツネの声に、ああやっぱりかと笑みが落ちた。
刀装作って来るね、と集まっていた面々に告げて、その場を離れようとすると、おーとか、はーいとか、返事の代わりに手を上げたり頷いたりしている中、どうも表情が引き攣っている鶴丸が目に入った。どうかしたのかと首を傾げると、後ろにいた鯰尾が苦笑しながら、鶴丸の見えない位置で、指で狐の形を作ってみせた。……なるほど、さっきのか。そういえば誰かの前であの挨拶をしたことって今までなかったかもしれない。鳴狐とはそれが普通だったから、何とも思わなかったけれど。……嫁入り前の女がそう易々と手ちゅーしてるんじゃないってことだろうか。
「……過保護だな……」
「過保護?」
「うーん、鶴のこと」
「……あるじ」
耳に心地よい低音に、顔を上げる。隣を歩く彼は少しの間目線を逸らして、口を開きかけ、けれどゆるゆる首を振って、結局言葉は発さなかった。
刀装部屋へ行く間、そのことをずっと考えていたのだけれど。今朝の反応を思い返すと、あれもこれも、もしかして鶴丸は、嫉妬したんだろうか。とか、そんな考えに行きついた。手紙にだけじゃなく、鳴狐にも。そんなまさか、と言いたいけれど、言いきれないのが苦いところだ。そして、それを自覚してしまうわたしに、また頭を抱えたくなってしまう。だって、あれだけされて愛されていないだなんて、これっぽっちしか想われていないだなんて、誰がどうして言えるだろう。
……とはいえ、あのたった一瞬だけで深刻そうに思い悩むなんて。
「……やっぱり重症だよ」
「……」
鳴狐は、もう何も言わなかった。
18.10.22