そもそも、人の身を得てから、眠りに落ちる瞬間が、あまり好きではなかった。自分の意識が、真っ暗な深いところへ落ちていくあの感覚が、どうも昔を……昔の主と共に墓に入っていた時の、土の冷たさを思い出してしまうからだ。眠りから覚める感覚は、墓を暴かれ、掘り起こされた時の感覚に少しばかり似ていた。実際、眠っていたところを叩き起こされたようなものだからな。
そんな、今は遠い遠い過去の事を、意識が沈む瞬間に、ふっと思い出した日の夜は、身体が寝るのを拒絶しているかのように、一向に眠りにつけなくなってしまうのだ。
いつまでも過去に縛られているようで嫌になるけれども、それが俺という刀の物語なのだから、今の俺はどうすることもできないし、その物語を否定などできない。昔のことだ、とも思う。今は今のことだけを考えていれば良いとも、思う。それと同じくらい、あの出来事が無ければ、今の自分は無いのだとも、思う。そうやって過去の痛みを受け止めること、吹っ切れることができていても、身に沁みついた、トラウマとも呼べるだろうあの瞬間の嫌悪感、悪寒は、忘れられるものでもないんだ。
だから、そんな日はいっそのこと寝ること自体を諦め、ふらりと部屋を出ることにしている。眠れないからとはいえ、部屋の中で数時間何もせず、天井を見上げてぼうっとしているのは、流石に退屈すぎて死んでしまいそうだからな。
もう慣れてしまったもので、どうせ一晩くらい寝なくても、明日に支障は全くない。その分、次の日は逆に身体が睡眠を欲するから、よく眠れる。まあ、一睡もしていないのだから当然か。真夜中にひとり、本丸の屋根の上で夜空に輝く星や月を眺めるのも、登ってくる日の出を眺めるのも、季節の移り変わりによって表情を変えるそれは、小さな驚きに満ちていて、なかなか良いものでもあった。これは、不眠の日が無ければ気づけなかったことでもある。
ただ、眠れなくなるこの原因が原因だからか、どうも、主の安否が気になってしまう。敵の気配が微塵もないのだから、本丸に危険が及ぶ可能性すらあるわけがないのに。それでも毎回、主が寝室としても使っている書斎の前まで訪れ、襖の向こうにある主の正常な霊力を数秒確認してから、屋根の上へ移動して、皆が起きてくるまで時間を潰すことにしていた。……そんな、ひとりで夜明けを待つ日が、何度も何度もあった。
そして、今夜も。
むくりと起き上がって、深くため息をつく。自分が掛けている毛布は、季節のせいか、この時間のせいか、外側はもうひんやりと冷たい。体温に触れている内側はほんのりと温かいけれど、体の芯まで温まるくらいに……とは、ほど遠い温度だ。
……今は、丑三つ時程だろうか。目を閉じても眠れず、既に眠りについている二人……光坊と伽羅坊を起こさないよう、物音を立てないように、慎重に部屋を出た。
俺は自室など別にどこでも良かったんだが、光坊たっての希望で、同室になっている。俺自身、馴染み深い彼らとなら気を使わずに過ごせるし、「いつか貞ちゃんが来たら、その方が喜ぶと思うんだ」と目を輝かせていた光坊の願いを聞かないわけにもいかないだろう。まあ、主の部屋からは少しだけ距離があることだけが唯一の難点だ。
因みに、一番主の部屋に近いのは、三条派が揃って使っている部屋だ。彼らは鯰尾たちのように、同じ刀派とはいえ兄弟刀という関係ではないのだが、近しみは感じているらしく、同室になることに誰も異論はないようだった。主の部屋に一番近い理由は、刀種が綺麗に分かれているからだ。各自が寝静まっているこんな夜に、もしも、もしも突然の奇襲が起きた際、どんな敵にも瞬時に対応できるように。……こんな世の中だ、例え無駄な心配だとしても、万一の備えってのは大切だからな。
月明かりに照らされながら、廊下を歩く。夜の冷たい空気に、思わず肩を窄めた。本丸の季節は、審神者の意思で変えることができるのだが、主は四季をしっかり味わえるよう、主の現代と同じ間隔で季節を変えてくれている。景趣もその意図を汲み取っているかのように、同じ夏の景趣だというのに、時間が経つにつれて段々と涼しくなり、秋を知らせてくるものだから、本当に不思議だ。
本丸が秋になってから、暫く経つ。そろそろ冬の景趣にする時期が近づいているのだろう。いつものように羽織をしているけれど、それだけでは足りないほどに冷えてきたと思う。確か、鯰尾と二人だった時はちょうど今と同じように秋の景趣だったから、少しだけ寒いと感じた頃に、こんのすけに頼んで持って来てもらった上着があったはずだ。主が本丸に帰ってきたのは、夏だった。秋のまま二年が過ぎ、冬も春も向かえないまま、景趣が夏に変わったものだから、仕舞いこんでしまった上着の事などすっかり忘れていた。……久々に、太陽を浴びせてやるのも良いな。
とりとめのないことを考えながら、気づけば、自分の足はいつものように主の部屋へ向かっていた。戦場では気配を消すことに慣れ、夜の出歩きでは本丸の中を足音を立てないように歩くことにも慣れてしまったものだから、今なら隠者にでもなれるんじゃないかなどと考えが浮かび、密かに笑う。確か主が折り紙で手裏剣を作れたはずだ。それを使って、今度索敵能力の高い短刀たちと遊びながら、気づかれずにどれだけ近寄れるか試してみようか。
主の部屋の前にたどり着き、襖にそっと手を添える。この壁の向こうで、彼女も今頃健やかに眠っていることだろう。眠れない自分の為に、わざわざ眠りを妨げるようなことはしたくない。けれど、壁の向こうにある彼女の生命と共に揺蕩う霊力を感じて、ほっと息をつくのだった。
……あと何度、こんな夜を繰り返すのだろう。少なくともひと月に一度は訪れるこんな日に、終わりはあるのだろうか。眠ることは好きではないが、嫌いでもないのに。
暖かな日差しを浴びて縁側で微睡むのは、恐ろしくも心地が良いと知っている。深く眠れた翌朝、身体を伸ばしながら朝一番に太陽の光を見上げるのは、なんとも爽快であると、知っている。眠りに落ちていく感覚は苦手だ。好きになれない。けれど、眠るという行為は嫌いじゃない。
何度も思っていることだけれど、人の心とは、感情とは、思い通りにはいかないものだ。
……そろそろ移動しよう、と襖から手を離した瞬間だった。その、一瞬前まで先程まで触れていた襖が、そろりと開いたのは。誰が開けたかなんて、確認するまでもない。
相手からしたら、開けた瞬間目の前に俺が居たんだ、驚いて当然だろう。俺も同じように驚きはしたものの、彼女は酷く大げさにビクリと肩を揺らし、目を真ん丸にして、引き攣った表情で俺を見上げてくるものだから、逆に冷静になれてしまった。……そのまま六秒ほど、彼女の時間が止まっていたように思う。
襖から指を離してはいたけれど、下げてはいなかった自分の手をそのままに、「……よ、主」と控えめに言ってみる。と、糸が切れた人形のように主がへなへなとその場にへたりと座り込んでしまたものだから、慌ててしゃがみ込み、片膝をついた。
「お、おいおい、大丈夫か?」
「……び、……びっくりした……びっくりした……!」
「あー、……それは、すまんな」
はああ、と大きくため息をつく主に思わず苦い笑いを落としながら、背を軽く摩ってやる。そりゃあ、呼んでもいない人物が、気配を殺して自分の目の前に出てきたんじゃあ、そうなるよな。幽霊かと思われても仕方がない。……いや、それは少し複雑だ。
そんなことより、気になることがある。何故、起きているのだろう。もう夜が更けている。いつもなら、既に夢の中のはずだ。
「きみ、こんな時間にどこへ?」
「……さっき、仕事が終わったから、ちょっと暖かいものでも飲もうかと……」
「は?」
待て、聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がするぞ。自分でも低い声が出てしまったと思うが、それを聞いた主がぽかんと俺を見上げて、しかし次にはしまった、とでも言いたげに口元に手を添えた。いやいや、きみ、正気かい?
「え……、あっ」
「は、……はあ? 仕事だって?」
「まっ、違、違くないけど、その……。つ、鶴こそ、どうしてここに?」
「あ、いやそれは……」
「……」
「……」
――さてさて、どうやらこんな夜中にだけれど、ひとつ、話し合う必要があるようだ。
「ほら」
「ん、ありがとう」
「礼には及ばないぜ」
主の部屋から少し離れたところにある、池の上にかかる赤い橋の手すりに彼女が腰掛け、その隣で俺は手すりに寄りかかり、二つ持っていた湯呑の一つを渡した。ここあを飲みたかったらしい彼女が俺の分も作ってくれたのだが、室内で話して居ては、話し声で起きてしまうやつもいるかもしれないからと、外に出てきたわけだ。もちろん、主は大きめの上着を羽織っている。
主が作るここあには、いつもましゅまろが浮かんでいる。それに口をつけると、ほろ苦い味と共にするりと溶けたましゅまろが口の中に入り、ふわふわとろけていく。甘いな、と呟くと、罪の味だねと返ってきた。確かに、こんな時間にこんな糖分を摂取するだなんて、歌仙や光坊が黙っちゃいないだろう。長谷部に知られでもしたら殴られるかもしれない。俺が。共犯者ってことかと呟くと、一緒に怒られようねと返ってきた。おっと、説教をを受ける前提かい?
「で? きみは、なんだってこんな時間まで仕事してたんだ?」
「んん……。キリが良いところまで、終わらせようと思ってたら、なかなか、キリが良いとこ、無くて。じゃあもう、最後までやっちゃおうって思ったら、」
「……夜中になっていたと」
「その通りです」
「…………。まあ、そんなとこだろうと思ってはいたが……」
目が冴えてしまったから、暖かいものを飲んでほっと一息してから寝ようと思っていたらしい。まったく、どんな集中力だよ、そりゃ。明日から、主が寝るまで鯰尾に見張っててもらうか、などと考えながら、もう一口。……やはり甘いな、と思う。けれど、温かい。
鶴は? と聞いてくる主をちらりと横目で見上げ、しかし彼女の瞳にとらわれてしまう前に、すぐに秋の夜空に目線を映した。……なんとなく、心の内を全て見透かされてしまいそうだと、思ったから。
空というのは不思議だ。明け方は薄い橙色に染まっていたというのに、段々と日が昇るにつれて水色に変わり、真昼には深い青色が濃くなり、日によっては深い青に染まる。日が沈むと今度は明け方とは違い、濃い橙色に変わっていき、夜を知らせる黒に近い紺色に姿を変える。今見上げている夜空は、紺色に紫を混ぜたような色合いをしていた。夜色、とは、こんな色の事をいうのだろう。日々、それこそ本当に毎日変わる空の色だけを見ていても、この世界は本当に驚きに満ちていると思う。
そんな夜色を眺めながら、また一口、ここあを啜った。……ましゅまろが無くなってしまった。
「単に、眠れなかっただけさ」
応えれば、じっとりと、横から疑わしげな視線が突き刺さる。ふと、頬が緩んだ。……どうしてそういう時ばっかり鋭いんだ、きみは。
なんだ、疑ってるのか?と肩を竦めてみせると、少し拗ねたようにふいと目線を下げて、眠れなかったのは疑ってない、と口の中で言葉を転がすように呟いた。
「でも、”単に”じゃないんでしょう」
「……何故そう思う」
また、不機嫌そうに見下ろされる。ここで「なんとなく」「なんでもない」と言ってくれれば、そこで話は終わるだろう。しかし彼女の目が、話をあやふやにして終わらせようとしている俺を咎めているようで、返しに困ってしまった。とはいえ、こんな風に不機嫌丸出しな主を見上げるのはなんだかとても新鮮で、思わずまたふすりと笑いが零れた。……眉を顰められてしまった。引いてくれるつもりは、ないみたいだ。
「俺は聞いているだけだぜ?」
「…………もう」
「ん?」
「……言ってくれたらいいのに」
「何を」
主は、少しだけ躊躇った後、しかしやはり不機嫌そうに……寂しそうに、言った。湯呑の温度が、低くなり始めていた。
「鶴が、……たまに、一晩中眠れなくなる理由」
「…………きみ、いつから」
彼女が湯呑を持つ両手を膝の上まで下ろして、結構前、とぽつり、言った。その指先に、力が込められる。半分ほど残っている、ここあの水面が揺れた。
嘘だろ、いつから、どうして気づいたんだ。物音ひとつ、足音だって立てていない。主の部屋から物音が聞こえたことだってない。熟睡しているものだと、ずっと思っていたというのに。たまに起きる、ということは、俺が眠れなかった日に気づいたのが、一回や二回ではないのだろう。まさか、ほとんどの夜を気づいていたり、するのだろうか。どうして。彼女は比較的睡眠が好きだったと思うし、今までも寝つきが悪い、という話は聞いたことがない。不眠症というやつではないはずだ。それでも気づいたのは、何故。
主は僅かに首を傾げ、考えるそぶりを見せて、しかしすぐに「なんとなくかな」と答えた。……なんとなく?
「不思議と、たまに、夜中に目が覚めるの。そのあとまたすぐ寝ちゃうんだけど、……起きたときにね、部屋の外に、なんとなく鶴がいるような気がするの。でも次の日、鶴の様子はいつもの同じだし、気のせいだと思ってたけど……そんな夜が何度もあったから、不思議だなあって思ってて」
「……」
「でも、今日は、部屋の前に鶴がいて。さっき、"いつから"って言った、から。気のせいじゃなかったんだよね」
「おい、……まさか。まさかきみ、かまかけたのか!?」
「しーっ! 声大きい!」
はっとして口を噤むと、だってそうでもしないと教えてくれないでしょうとため息をついた主に、内心とても頭を抱えたくなってしまった。ついさっきの俺の発言が、主の確信を得てしまったということか。ああ、やられた。
主が起きてしまう理由は分からない。けれど、俺が主の霊力を感じ取ることに集中していたから、矛先を向けられた彼女の霊力が無意識に反応していたのかもしれない。引き寄せられるように、目を覚ましてしまっていたのかもしれない。ああ、盲点だったなあ。
ここまで来たら、彼女も話をしっかり聞き出すまで部屋に戻ろうとはしないんだろう。明日、寝不足になるかもしれないぜと一言添えておくと、今更だよと返された。……それもそうだ。
空は、すっかり紫色に染まっていた。
「……で、一体これは、どういう状況なんだ?」
「どうして俺まで……」
「いや、この時間にその恰好で居る奴の言う台詞じゃないだろ」
「違う、俺の意思じゃない。……貞が」
「……なるほど?」
主と夜中に語り合った日。それでも一時間ほどの睡眠で起きた彼女は、眠たそうにしている様子もなく、いつも通りに振舞っていたのだけれど。
昼餉の後、伽羅坊と鍛刀部屋へ向かった主が呼び出したのは、なんと太鼓鐘貞宗……髭切や膝丸と同じく、主のひと振り目となる短刀、貞坊だった。鍛刀部屋で彼らに何を言ったのか、皆への挨拶もそこそこに、目を輝かせて駆け寄った光坊を引き連れて、主とその三人が席を外した。……てっきり、本丸の案内でもしているのだろうし、あの二人と主に任せていようと思っていたのだが。
暫くすると、何故か俺を探して居たらしい主に突然手を引かれ、連れて来られたのは俺達……と、これから貞坊も同室になるのだろう部屋だった。のだが、どういうわけか、既に布団が五組敷かれていた。……五組。真昼間から敷かれている布団の意味もそうだが、数が多い。なんなんだ。
「わたしも用意してくるから、これ着て待っていて」と押し付けられたのは、白い寝巻き。俺が普段使っているものと同じものだ。どうして主が持ってるのかは、……深く考えないことにした。恐らく光坊あたりに出してもらったんだろう。部屋には、同じように茶褐色の寝巻きを着ている伽羅坊が、片膝を立てて不機嫌そうに座っていた。本当に、どういう状況なんだ。
「今度、貞宗くんにも作ってあげるね」
「なら、僕も手伝うよ。きっと、貞ちゃんも気に入ってくれると思うな」
「ほんとか!? そりゃあ楽しみだぜ! ――あっ、鶴さん!ちゃんと来てくれたんだな!」
それから数分もしないうちに、会話をしながら残りの三人が歩いてくる。ぱあっと表情を輝かせて駆けてくる貞坊も、後ろから歩いてくる光坊も、そして主も、それぞれ寝巻き姿だった。まだ昼だ。まだ昼だぞ。……俺の時間間隔が狂っちまったわけじゃあないよな?
久しぶりだな!と飛びついてきた貞坊を咄嗟に受け止めて、「会えて嬉しいぜ!」とはしゃぐ姿に、思わずふっと頬が緩む。不可思議な状態でとはいえ、顔馴染みにまた会えることは、やはり素直に嬉しい。同じ気持ちを言葉にして返すと、貞坊がからりと笑った。
「……おい、寝るんだろ。……騒いでどうする」
「! それもそうだな!」
「は、寝る……?」
「主はそこだよ。……ああ、これは誰も使ってなかった、余ってた布団だから、安心してね? 新品だよ」
「気を遣わなくても良かったのに……」
「あ、主も寝るのか!? ここで!? なんでこんな時間から、」
「鶴さんは主さんの隣な! 俺、みっちゃんと伽羅のあ〜いだ〜!」
「勝手にしろ」
「本当に話を聞かないなこの面々は!」
ぼふ、と布団に飛び込んだ貞坊が、鶴さんも早く、と見上げてくる。だから、だからな、説明がない。意味が分からない。光坊が閉めた襖が、差し込む太陽の光を受け止め、部屋をほんのり照らしている。伽羅坊はもう騒がしい声を気にしないことにしたのか、単に相手にするのを止めたかったのか、既に毛布に包まっていた。お前はいっそ潔いな。
主が布団の上に座り、手招きしている。隣の空いている布団が、俺の場所なのだろう。説明する気はないってか? と苦笑しながら、仕方なくそれに入ると、満足そうに主も毛布に包まって、お昼寝だよと笑った。
「……ひるね?」
「主さん、俺を呼んだ時からなーんか、ふらふらしててよぉ、驚いたぜ。したら、昨日眠れなかったらしくってさ〜、寝不足なんだと」
「な、きみ、……」
「本丸を案内してるとき、伽羅ちゃんが、眠いなら仮眠でもすればいいって。……じゃあ、鶴さんも呼んで皆でお昼寝しちゃおうかって話になったんだよ。ね、伽羅ちゃん?」
「……さあな」
主を見ると、秘密の話をするように口元に人差し指を当て、しぃ、と小さく微笑んだ。俺と夜更かししていたことは、伝えていないらしい。……いつも通りを装っていたんだな、きみは。
口元に当てていた手を毛布の中に潜らせたと思うと、もぞもぞとこちらの布団にその手を忍び込ませてきた。なんだ、なんだ?
ちらりと視線をずらすと、主以外の三人は既に目を閉じ、しかし閉じながらも、「三時間経ったら長谷部君が起こしに来るからね」「布団あったかいな〜」「……もう寝ろ」などと小さく会話を続けている。
主に視線を戻す。既に眠たいのか、忙しなくぱちぱちと瞬きを繰り返してそれに抵抗しながら、俺の毛布の下で、何かを探すように手をうろうろさせているものだから。被せるように手を重ねてみると、へらりと表情を崩した。俺の手を探していたらしい。……なんだか胸の奥が、むず痒かった。
「一緒、なら……寝るのも、さみしくないよ」
ふやけた声で、そう言って目を閉じた彼女の手を、そっと握る。
――寂しい。さみしい、か。そうかもしれないなと、思う。何故、過去を思い出した日、眠れなくなってしまうのか。何故、主の様子を伺いに行ってしまうのか。それは……俺が、眠りという冷たい孤独を、少しだけ……少しだけ。怖いと感じていたのかもしれない。一人になる瞬間を、寂しいと、感じていたのかもしれない。
主が穏やかな表情のまま、静かに呼吸を繰り返している。眠ってしまったようだ。自分の寝不足だけを理由に、その原因であるはずの俺の睡眠不足まで解消しようとは、人が良すぎるのではないだろうか。……らしいとは、思うけれど。
外から入ってくる太陽の光を吸い取って、部屋も、布団も、……彼女に触れている手も、暖かい。思わぬ心地よさに、くぁ、と欠伸が零れて、密かに驚いた。不眠の次の日、夜になる前に、こんなに眠いと感じれるなんて、と。その微睡が、酷く気持ちが良い。それに従うように、既に寝息を立てている四人に続くように、目蓋を閉じた。
今なら、今なら。こんな風に主と、皆と、暖かな空間で、暖かな気持ちのまま眠るこの行為が、好きになれそうな気がした。
夜中に感じた冷たさは、此処には、もう無い。
18.11.30