目指すもの






◆◆◆数ヶ月後◆◆◆





『此処が…忍術学園ですか』
「そうだ」

入学まであと半年を切ったある日。おじ様が何故か忍術学園へ一緒に来る様に言われた。歩きでは少々距離のある所だったけれど、おじ様は何故忍術学園へ足を運ぶのか、その理由を言う事はなく、世間話をしていた


そして、漸く着いたその忍術学園を見て、思わずわぁ…と声が漏れた。立派な門である。忍の学校というけれど、意外な事に思ったよりも分かりやすく忍術学園と看板が掛けられている。敷地だって、門から伸びる塀から考えてかなり広いのだろう

私が立派な門を見上げて圧巻されている間に、おじ様は久しいな…と声を漏らして門を軽く叩いた




「はーい」

中から男性の声が聞こえた。そして、門ではなく、門の潜り戸が開き、顔を覗かせたのは紺色の忍装束を見に纏った男性。その男性はおじ様を見るなり笑顔で潜り戸から出てきた



「もしかして、学園長先生をお伺いすると文を送られた方でしょうか?」

「あぁ、そうだが…君は?」
「はい、私は忍術学園の事務員です。学園を出入りする方達を管理しています。此処にサインお願いしまーす」

そう名簿を差し出しながら笑顔でお願いする事務員さん。私にも気付いたのか、しゃがんで私の目線になって名簿を差し出してきた



「お連れの方もお願いしまーす」
『ぁ…はい』

一先ず心白羽とだけ記入する。苗字も書かなければいけないのか若干不安になったけれど、事務員さんは記入された私達の名前を見て、頷いた



「はい、ありがとうございます。もしよろしければ、学園長先生の所までご案内致しますよ?」

「いや、大丈夫だ。ありがとう」

行こう、とおじ様は私の手を引いて潜り戸を潜った。後ろで事務員さんがいってらっしゃーい、と陽気な声が聞こえて、何だか初めから学校に対する印象が変わった気がする




「まるで変わっていないな、此処は」

おじ様は慣れた足取りで迷う事なく、学園内を歩いていく。懐かしそうに目を細めながら周りを見渡しているのに、私も同じ様に辺りを見る



『あの、誰もいないのですが…』
「あぁ、今日は休校だからな。生徒や一部の先生方は留守にしているのだろう」

そうですか…と再び辺りを見渡す。おじ様の口調から考えると、敢えて休校の時を狙って訪問したのだろうか、と想像できた

おじ様の後ろに大人しく着いて行く。真っ直ぐ学園長先生の所へ向かっているのだろうけれど、やはり思った通り敷地内は広い

長く続いた長屋も途切れ、広い庭を歩いていると、前を歩くおじ様の足が止まった。背中にぶつかる寸前で気付き、私も立ち止まり、前方へ視線を向けた

学園の最奥だろうか、ひっそりとした所に立派な庵が佇んでいる。そこから中が見えるが、真っ赤なちゃんちゃんこを羽織った白髪のご老人と水色の頭巾を被った犬がお茶を飲み合っていた

い…犬が正座してる…

雰囲気的にはあのご老人が学園長先生だというのは分かった。だけれど、隣にいる犬が異質すぎてそちらに目が行っているが、おじ様は小さく笑うと歩き出した







「学園長先生、お久しぶりです」
「おぉ、来たか来たか。久しぶりじゃな」

ヘムヘム、2人にお茶を、と学園長先生に頼まれた犬はヘム!、と元気よく返事をして二足歩行で立ち上がると何という顔もせずに部屋を出ていった

空いた口が塞がらないとはこの事だろうか。普通の犬じゃない…というか人間の言葉も分かるのかと謎が多くて呆気に取られた

庵に上がらせてもらい、学園長先生、お茶を用意してくれたヘムヘムと向かい合わせの形で座った



「お2人が元気そうで何よりです」
「お主も元気そうじゃな。それで、そこの娘さんが文に書いていた子か?」

はい、とおじ様は私に挨拶する様に促した。耳打ちで苗字も名乗る様にと言われ、頭を下げて挨拶した




『花霞心白羽です。来年の春から忍術学園に入学させて頂きます。よろしくお願い致します』

「うんうん、やはり立場があった者故に礼儀正しいのぉ」

私が普通の娘ではない…とまるで分かっているかの様な反応に思わず下げた頭を上げた。学園長先生はにこやかに微笑んだまま頷いている




「そなたの事はこやつが送ってきた文で大体分かっておる。花霞家の一人娘である事もその独特な体質の事も…わし自身、花霞家の事は知っておったしのぉ」

「学園長先生、あまり苗字を無闇に口にされてはッ…」
「大丈夫じゃよ。人払いは済んでおるし、もしくせ者がおってもヘムヘムがすぐに勘づく。安心なさい」

愉快そうに笑う学園長先生に改めて頭を下げた。そして、次は学園長先生が自身の事を伝えてきた。話の内容はほぼほぼ全盛期の頃の武勇伝で、話の最後には私とおじ様に1枚ずつ自身のサインを記したプロマイドを手渡してきた



「いつもなら売りつけるのじゃが、お主達は特別じゃ。記念に取っておくが良い」

『はッ…はぁ…ありがとうございます』
「このプロマイドも変わっておりませんね、学園長先生」

おじ様がプロマイドを見て苦笑しながら頭を掻く。その様子に学園長先生はまた愉快そうに笑った



「まぁ、わしの話はここくらいにして本題に入るとするか。文には心白羽の学園生活間で頼みたい事があると書かれておったが…」

「そう…ですね。因みに来年のくのたまの新入生は今の時点で何人くらいでしょうか」

学園長先生の話では、男はそれなりに入るらしいけれど、女は私を含めて9人だという。クラスもその少人数なら1クラスとしてまとめるつもりらしい



「生活する長屋での部屋割りについてなのですが、心白羽だけ1人部屋にして頂く事は可能でしょうか?」

「例の髪染めの件か?」
「はい」

学園長先生の口調から察するに、私が髪染めをしている事も把握済みなのだろう。私を見て、頷いて見せた



「そこは安心せい。最初からそうするつもりじゃよ。そなたが花霞家の人間であると知る者は少ない方が良いじゃろうしな」

感謝の言葉を言った後、続けておじ様は学園長先生にお願いを伝えた

・入浴時間も私だけずらす事
・最低限接する先生にのみ、私が花霞家である事を伝え、常日頃名前で呼ぶ様にする事
・決して苗字で呼ばない事
・1人で外出させない事

私が花霞家の人間である事がバレない最低限のお願いである。学園長先生は嫌な顔1つせず頷き、約束してくれた



「心白羽の事を伝える先生方はわしの方で決めても良いのか?」
「はい、お願い致します」

「そうじゃな…まずくの一教室の担任である山本シナ先生。実技や他の教育面では…山田先生、土井先生、それと戸部先生。そして、校医である新野先生で良いじゃろう」

学園長先生の提案にその先生方なら安心だ、とおじ様は安堵の笑みを浮かべた。その先生方がどんな人達なのか分からないけれど、おじ様が信頼する方達なら安心する

一先ず話す内容は話し終えたらしく、おじ様は心白羽をよろしくお願い致します、と頭を下げた。慌てて私も頭を下げたが、次に顔を上げた時には学園長先生は私の目の前にいて、ぎょっとする前に両手を握られた





「そなたがカハタレドキ城のせいでどんな目に遭ってきたかは分かっておるつまりじゃ。辛かったじゃろう…じゃが、この忍術学園に入るからには同情はせん。そなたを立派なくの一にする為にわし等も厳しく指導する所存じゃ。覚悟は出来ておるか?」

学園長先生は微笑んで首を傾ける。カハタレドキ城の名を聞いた途端に過ぎるあの時の焼き付いた光景。思わず握られた両手に力が入ってしまうが、首を左右に振って誤魔化した



『覚悟はあります。ご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願い致します』

もう決めた事なのだ。弱音は吐けないし、吐くつもりもない。経験を積んで、おじ様とおば様を支えられる様な強いくの一になるのだから

深々と頭を下げた心白羽に2人は微笑んで頷き合った



【目指すもの END】

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