はじめまして






陽気が暖かく、道の至る所で桜の木達が満開に咲き乱れる中をおじ様とおば様と3人で歩いていた

とうとうこの日がやって来た
今日は忍術学園の入学式だ

暫くの間、おじ様とおば様の元を離れての寮生活。ある程度の衣類や日用品の荷物の中には髪染めのひょうたん2本とじぃじの短刀もちゃんと入っている



「心白羽、緊張してるのですか?」
『ぇ…』

「顔が強張ってますよ?」

手を握るおば様はクスクスと笑う。そんなに引き攣っていただろうか、と顔に触れると、そんな私の反応に隣を歩くおじ様も笑う



「そんなに緊張しなくとも大丈夫だ、心白羽。他の子達もきっと同じ様に緊張して、難しい顔をしているだろうからな」

頭を撫でながらおじ様が盛大に笑うと、私も釣られて笑った。気持ちが落ち着かないというのもそうだが、内心わくわくしている私もいる

どんな人達がいて、どんな授業で、どんな生活なのか。想像が未だに出来ない中で、足を進める度に心臓の鼓動が速くなっていた







◆◆◆ ◆◆◆







「おぉ、なかなか賑やかだな」

忍術学園でも桜の木があったのか、満開の桜であの立派な門も飾り付けられた様に華やかになっていて、入学生である私達を出迎えてくれた



「母様!母様!私、頑張ります!」
「はいはい、身体には気を付けるのですよ?」

「俺!父ちゃんみたいなカッコいい忍になるからな!」
「おーおー、こりゃあ父ちゃんもうかうかしてられんな?」

後ろからゾロゾロと親子がやってくる。ふと見るとそんな和やかな会話をするみんな仲の良さそうな家族である

考えたくなくても…どうしても母上と父上の姿と重ねて見てしまい、胸がズキズキと鈍く痛みだす



「心白羽、大丈夫ですか?」
『ぁ…いえ、申し訳ありません…』

おば様の反応で漸く握る手に力が入っていたのに気付いた。私が俯くと、おば様は私の前に移動してしゃがみ込んだ



「心白羽」
『…はい』

「いつでも嫌になったら帰ってきて良いのですよ?あまり無理なさらないで下さいね」
『…はい』

「髪染めはなくなりそうになる前に文を送るのですよ?学園に届けますから」
『…はい』

返事をした後、おば様は何も言わなくなった。ゆっくり顔を上げたのと同時におば様に身体ごと引き寄せられ、抱き締められた



『おば様?』

「心白羽、貴女は私達の為にくの一になると仰って下さいました。ですが、心白羽にはやはり自分の為に生きて欲しいのです」

それが私達の幸せなのだから…と身体を離したおば様の表情は舞う桜が似合う優しい笑顔だった



「私達の事は気にせず、貴女は貴女の求める幸せを探すのですよ?」

此処を卒業する頃にはきっと見つかるでしょう、とおば様は頭を撫でてくれた。おじ様の方を見ると、おじ様も笑顔で頷いた



『行って参ります』

心白羽は微笑んで2人に一礼し、門へ向かった。その小さな後ろ姿を2人は心配気ではありつつも、温かい目で見送った







◆◆◆ ◆◆◆







「あ、心白羽ちゃん。久しぶりだね?」

あの事務員さんから名簿を受け取り、サインしていると、覚えていたのか声を掛けてくれた



「これからよろしくね」
『ぁ…よろしくお願い致します』

微笑む事務員さんに釣られて私も微笑み返した。門を潜ると中は入学式という事もあり、賑やかだ。色の違う忍装束を着ている人達が所々で見える。おじ様から教えてもらった事で分かっているけれど、色で何年生なのか分かる様になっているらしい

一先ず入学生の集合場所である学園長先生のいる庵へ向かおうとあの時のおじ様の足取りを思い出しながら歩いていると、すぐ後ろでド派手な転倒音が鳴った

慌てて振り向くと、何故か地面に穴が空いている。恐る恐る中を覗き込むと、ピンクの着物を来た茶髪の男の子が落ち葉や枝と一緒にすっぽり落ちていた



『だ、大丈夫!?』
「いたたぁ…な、何とか…」

ゴソゴソと体勢を変えて此方を見上げて苦笑する男の子。女の子みたいな風貌だな…と思いつつこのまま立ち去る訳にも行かずに手を差し伸べた



『貴方もほら、手上げて』

「き、君も落ちちゃうよ!」
『落ちた人を放っておけないでしょう!』

他人を心配している場合じゃないだろ、とつい声を上げてしまった。男の子はその私の声に驚いた様に目を見開くと、微笑んで手を上げた

だが、2人が思いっきり手を伸ばしても全然届かない。そして迂闊にも、目の前の男の子を助ける事に意識を向けすぎて、自身の体勢がどれほど傾いていたかなんて気付かなかった


『Σきゃッ…!』
「危ないッ!」

嫌な浮遊感。下半身から重心は上半身に傾き、そのまま私も穴に真っ逆さまに落ちると思った直後、グンッ!と落ちそうになった身体が突然止まった



「何してんだ!落ちちまうだろ!」

後ろからの声。振り向くと、黒髪の男の子が切羽詰まった顔をして、後ろに投げ出された私の支え手を掴んでいた。男の子はそのまま私を引っ張って、座らせてくれた



「落とし穴を覗くなんて危ねぇだろ」
『ぁ…で、でも男の子がッ…!』

落とし穴を指差しながら言うと、男の子も穴を覗き込んだ



「おーい!お前ー!大丈夫かー!?」
「だ、大丈夫だよー!」

私が落ちなかったのに安堵しているかの様な笑みを浮かべて男の子は此方に手を振った。すると、その黒髪の男の子の声が誰かに聞こえたのか、深緑の忍装束の男性が駆け寄ってきた




「君達、入学生だろ?早く学園長先生の元へ行かないと」

「誰かの落とし穴に僕達と同じ入学生が落ちてるんですよ」

えぇ!?、と上級生であろう男性は慌てて落とし穴を覗く。すぐさま振り向いた男性は私達にすぐに助け出すから先に行く様に、と指示した




「誰だー!こんな大切な日に落とし穴を掘った奴はぁああ!」

にこやかな笑顔で指示した男性は一変して、鬼の血相で叫びながら長屋へ駆けて行った







◆◆◆ ◆◆◆







結局落とし穴に落ちた彼の事は先輩に任せ、私と男の子は一緒に集合場所へ向かっていた



「俺、食満留三郎。お前は?」
『えっと…私は心白羽って言うの』

「心白羽か。俺は食満でも良いし、何なら留三郎って呼んでくれ。これからよろしくな」

男の子は歩きながらも笑顔で手を差し出してきた。流される様に私はその手を握って、笑った



『留三郎、さっきは助けてくれてありがとう』

留三郎は私が言った言葉にキョトンとした反応を見せた



『ほら、穴に落ちそうになった時』
「あぁ、あれか。別に気にするなよ」

そう歯を見せて笑う彼の第一印象は桜が舞う和やかな雰囲気にとても合う優しい人だった






◆◆◆ ◆◆◆






学園長先生の庵に着くと、雰囲気的に先生方であろう黒の忍装束の方達と案内役と掘られた板を首にぶら下げている深緑の忍装束の人達が待機していた




「結構人数いるな」
『そうだね。あぁ…緊張してきた…』

心臓がバクバクする中で留三郎は私の背中を軽く叩いて、笑って見せた



「深呼吸、深呼吸。お互い立派な忍になる為の第一歩なんだから気張ってこうぜ」

『そう…だね、ありがとッ…』
「ま、間に合ったぁ…」

真後ろからの聞き覚えのある声に私と留三郎は同時に振り向いた



「あれ、お前は…」
『あぁ、さっきの穴に落ちた子だよね。良かった、ちゃんと助けてもらえたんだね』

「うん、おかげ様で。2人共ありがとう」

そう言って苦笑しながら頭を掻くあの穴に落ちた茶髪の男の子。まだ服に砂が付いていたから払ってあげると、彼は照れ臭そうに微笑んだ



「僕は善法寺伊作。入学初日からこんなに優しい人達に会えたなら、不運…じゃないかも」

えへへ、と笑う彼は失礼ながら女の子の様に見える。可愛らしい、という単語が似合いそうだ



『私は心白羽』
「俺は食満留三郎だ。そんなおどおどしてないで、もっと胸張れよ。胸」

ほら!、と留三郎は伊作の横に立つとお腹部分を軽く叩いた。その助言に伊作は戸惑いながらも胸を張る様に頑張っている




「そろそろ学園長先生がいらっしゃる!男女に別れて整列しろー!」

先生の1人が声を上げた。次には案内役の上級生が此処に並んでね、と辺りの子達に声を掛け始めた




『じゃあ、私はあっちみたいだから』

「あ、そうだ。先輩方から聞いたけど、後で自由時間があるみたいだよ?」
「おぉ!そりゃあ良いな!後でまた話そうぜ!」

集合は此処な!、と留三郎は意気揚々と場所指定をしてきた。でも、誰も知らない人達ばかりで不安もあってか素直にお誘いは嬉しい

その嬉しさは隠さずに自然出た笑顔で頷いた



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