憶い






『心配掛けてごめんね、みんな』
「いや、気にするな」

頬を氷袋で冷やしながら言うと隣を歩く仙蔵が肩を軽く叩きながら微笑んだ。今日は安静にした方が良い、という仙蔵の気遣いで今はみんなに連れられてくのたま長屋へ戻っていた



「お前らいつまで不貞腐れてんだ?眉間にシワが残るぞ?」

小平太が2人を悪戯に笑いながら言う。今は留三郎と文次郎の間に伊作が入ってまた掴み合いにならない様に気を配っている


『留三郎も文次郎も何も喧嘩しなくても…やっぱり傷薬貰って来ようか?』

立ち止まり、振り返って2人に歩み寄る


「心白羽、甘えさせなくて良いよ」
「いつもの事だしね」

仙蔵と長次が首を左右に振りながら言うが、構わずに私は2人の手を取ってお互いを横並びにさせた



『喧嘩してる所…あまり見たくないから、此処でちゃんと仲直りしてほしいな』

手を握ったまま、2人を交互に見て黙っていると、口を開いたのは文次郎だった。そっぽを向いていた目を私に向けて軽く頭を下げてきた



「その…さっきは強く言って悪かった」
『は?』

すまない、と続けた文次郎に思わず間の抜けた声が漏れてしまった。隣の留三郎はそんな文次郎の行動に目を丸くしたと思えば、照れ臭そうに頭を掻いた


「わ、分かってくれりゃあそれで良いんだよ。俺もその…言い過ぎた」

悪い、と留三郎は文次郎に謝った。とりあえずは2人に漂っていたよかならぬ雰囲気が消えたのは良かったものの、私は勝手に戸惑った



『もしかして…え?最初の内容でずっと喧嘩してたの?』

最初の内容とは私への声の掛け方についてだ。文次郎の口調が強いと留三郎が食い付いたのが始まりだけれど、もうてっきり内容が変わっていると私は思っていた。でも2人はずっと同じ事で口論していたのだった



「目の前で怪我されて…驚いた拍子に強く怒鳴る様に言っちまった」

とりあえずは大きな怪我じゃなくて良かったよ、と文次郎は微笑んだ。隣の留三郎ももう気にしていないのか、同じ様に微笑んで頷いている。その2人を見て安堵からか私も微笑んだ






◆◆◆ ◆◆◆






『落ち着かない…』

みんなに連れられたままくのたま長屋に戻った。氷袋を頬に当てたまま次の授業まで教室でくのたまの友をペラペラ適当に捲っていたのだが、まだ始まるには時間が空いている

さっきまでみんなと一緒にいた直後だからか、ぽつんと1人でいるのに違和感しかない



「こんにちは」

ボーッとふすまから見える空を眺めている時に突然後ろから声を掛けられて思わず身体が跳ねてしまった。振り向くとそこには学園では先生方が着る黒の忍装束を身に付けた男性が笑顔で隣に立っていた



『ぇ…あ…こんにちは』
「そ、そんなに驚いた顔しなくて良いよ。私は忍術学園の教師見習いの土井半助という者だ」

『教師見習い?』
「教育自習生って所かな。君は心白羽ちゃんで良かったかぃ?」

未だに戸惑いながらも頷いた。全く気配とか足音とかしなかったから本当に驚いた。そんな私の心情とは打って変わって和やかな笑顔を向けてくる土井先生に警戒心はそもそも芽生えず…



『何かご用ですか?』

「午後の授業、シナ先生が急用で不在になるから自習になると聞いてね。許可は貰っているから、少しだけ心白羽ちゃんと話せないかと思って」

ダメかな?、と困った様に眉を下げて尋ねてくる土井先生。生徒である私が拒否する訳もなく、分かりましたと答えた。話とは何だろうか。そういえば土井先生って…学園長先生が花霞家について話しておくと仰っていた先生方の中に入っていた様な…






◆◆◆ ◆◆◆







「山田先生、連れてきましたよ」
「おぉ、ありがとう」

やって来たのは先生方の部屋である職員長屋。その一室。掛けられている札には土井半助、山田伝蔵とある

一礼して入ったその部屋には既に山田先生であろう男性が待ち構えていた



「まずはご挨拶からだな。私は1年の実技担当教師の山田伝蔵だ。君と会うのはこれで初めてかな。よろしく」

心白羽です、と私も頭を下げて挨拶した。忍たまの方の先生と直で会うのは初めてかもしれない。山田先生は確か最初の集まりの時にいた気はする



『そういえば、おじ様がよろしく伝えてほしいと仰っていました』

「おぉ、久しぶりにお会いしたかったのだがね。お元気な様で良かった。なぁ、半助」
「そうですね」

2人が懐かしそうに話すおじ様の事。山田先生の先輩であるおじ様は学園の中で特に優秀な忍であったと知れ渡っていたらしい。土井先生も教師として入って間もなく、色々と教えてもらった事があるという



「私が入った時には既に学園の教師ではいらっしゃらなかったけれど、こまめに訪問しては親切に教師としての心構えなど教えて下さったよ」

最近はお互いに忙しく、暫く顔を合わせられていないのだと何処か寂しそうに土井先生は続けた



「我々の話はここまでにして、君の話を聞かせてくれるか?」

懐かしそうな笑顔とは打って変わり、真剣な表情で話を切り出した山田先生。思わず淹れられたお茶を口に運ぶ手が止まった



「学園長先生から話は聞いているのだが、どういう理由があってカハタレドキ城が君を襲ったのかは知らされていないのだ。どうも気になってな」

「あの城の評判を私は一応知ってはいてね。随分と派手に戦をしているだけあり、印象は良くないと聞くよ。そんな城とどういう関係で…」

無意識下で湯のみを持つ手に力が入ってしまう。頭に嫌でもあの日…あの時を思い出させるカハタレドキ城という名前。好きで関係を持った訳でもなく、一方的に壊された私の幸せ。私でも何であそこまでの事をしてきたのか理由はいまいちピンとこないけれど…心当たりがない訳ではない



『多分…私のせいだと思います』

予想外な言葉を言われたかの様に視線を向けた先の先生方は目を丸くさせた



「君のせい?」
「それは…どういう意味だ?」

この2人は既に私が花霞家の人間である事を知っている。だから、特に隠す事もせずに話した。縁談の話を持ち掛けてきたカハタレドキ城の本当の狙い。母上やじぃじから聞かされた事で直接私が知った訳ではないけれど、何の関係もなかったカハタレドキ城が突然襲ってきたタイミングがその縁談話を拒否し続けて暫く経ってからの事だったから…きっと理由はそれなんだろう



『私は混血で産まれてきましたが…花霞家の血を濃く受け継いでいます。そのせいか痛覚の欠如も産まれた時からではないものの、歳を重ねる事に失ってきています』

それにカハタレドキ城は気付いたのだ。いつからから分からないけれど、何処かで私の体質が花霞家寄りであると知った。だから…縁談を持ち掛けたのだ



「縁談を持ち掛けるには早いだろうに。その頃はまだ心白羽ちゃんは7歳だろう?」

土井先生の言葉に頷いた。でも、何故なのかは知っていた。じぃじから聞かされた事があったのを思い出す



『カハタレドキ城は戦好きで有名です。争いを好む故に殿様はいつ己の身が危うくなるか分からない状況で、早く跡継ぎとなる子を作らなければと焦っていたのだろうとじぃじは言っていました』

痛みに屈しない者は強く、永遠に戦い続ける事が出来る。カハタレドキ城の殿様が抱く花霞家の印象はそういったモノだそうだ。ごく一般的な家系の母上との間の子供でありながら花霞家特有の体質を持って産まれた私…

殿様は私の存在を知り、勝手に確信したのだ。何も純血でなくても良いのだと。少しでも花霞家の血が混ざれば、求めていた体質を持った子供が産まれるだろうと…

だからカハタレドキ城は私との縁談を持ち掛けたのだ。ただただ…望む跡継ぎ欲しさの為だけに…






「貴女には女としての幸せを感じてほしいのです」

母上の…あの時の涙顔が過ぎる。私は確かに幸せが何なのか分からない。母上やじぃじ、厳しいけれど父上と共にいれたあの日々が私にとっての幸せだったのだから。それが失われた今、何が私にとっての幸せなのだろうか。それを探す事も、本来の目的であるおじ様やおば様への恩返しも忘れている訳ではない。けれど…




「な、何だ。どうした?」

私は土井先生と山田先生に床に手を付いて、深々と頭を下げた

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