やれる事






男神おがみ先ぱーい!」

用具倉庫が空いているのを見て、留三郎と仙蔵が揃って先輩の名前を呼ぶ。暫く待つと、ゴトゴトという音と共に何やら作業をしていたのか、中から腕まくりしている男神先輩が出て来た



「おぉ、お前達か。どうした?まだ委員会活動前だが…」

先輩と目が合った。すると、先輩は目を丸くしてから、すぐに明るい笑顔を浮かべた



「無事復帰して良かったな、心白羽ちゃん」
『ぁ…ご心配お掛けして申し訳ありませんでした』

頭を下げながら告げると、先輩は手を横に振って気にするなと慰めてくれた


「んで?俺に何か用か?」

私からみんなに視線を向き直して先輩が尋ねる。遠慮気味ではあるものの、留三郎達が話をしてくれたが、内容が内容であるからか、先輩の表情はだんだん険しくなっていく



「…という訳で、心白羽の自主練用に手裏剣を貸しては頂けませんか?」

頼み終えてから先輩は腕を組んで悩む様に唸った



「お前達の気持ちも、心白羽ちゃんの気持ちも分かるけれど…それを許可する訳にはいかない」

やっぱり…と無理強いしている事は分かっていたから、気持ちは沈みながらも諦めようとしたが…



「えー!何故ですか!心白羽が休んだのは心白羽自身のせいじゃないのは先輩もご存知でしょう!?」
「他の奴等のせいで心白羽だけ練習時間が少ない方が不公平ですよ!」
「出来なかった分だけ時間を作って練習させるべきでしょう!」

私が諦め気味なのとは違い、みんなは先輩に食って掛かる。その光景を見て、嬉しい反面、申し訳ない気持ちがまた込み上げてくる

先輩も気持ちを察してくれているからか、そんなに強くダメだと言えない様子で、困った様にみんなを宥めている…と、倉庫からゴトゴトと物音がして直後に出て来た人物を見て、私は息が詰まった



「うっせぇぞ!チビ共!」

朝丘あさおか先輩だ。朝丘先輩は男神先輩の隣までやってくると、みんなの先頭にいる留三郎と仙蔵の身体をドンッ!と荒々しく突き飛ばした

尻餅を付いた2人に大丈夫かと私含めみんな駆け寄る



「朝丘!そんなに手荒くするんじゃない!」
「先輩に無理矢理な事を頼んで困らせてるこいつ等がどう考えても悪いですよ。こんな奴等放っておいて早く作業進めましょ」

舌打ちを漏らして背を向けた朝丘先輩だったが、すかさず留三郎が呼び止めた



「ちょっと待って下さい!話をッ…」
「は?聞く話なんてあるか!」

呼び止められたのが苛ついたのか、振り向いた朝丘先輩は私達の目の前までズカズカと歩いてくるとそう言い捨てた



「迷惑なんだよ!これ以上面倒を増やすんじゃねぇ!」

呼び止めた留三郎に続けてそう怒鳴った朝丘先輩の鋭い目が今度は私の方に向けられ、ビクッと思わず身体が震えてしまった



「何を被害者面しやがって!背後からの手裏剣の気配を感じ取れなかったてめぇが能無しだっただけだろうが!」

ビクつく私とは打って変わって、周りでみんな言い返そうとしてくれているのが表情で分かるけれど、やはり上級生の気迫というのだろうか。身体が震えてくる



「関係ねぇてめぇのせいで男神先輩の手間も俺達用具委員会全体の手間も増えたんだ!その上そんな我儘を無理強いしやがって何様なんだ!?」
「言い過ぎだ!馬鹿者!」

そう男神先輩に肩を強く引かれると、朝丘先輩は大きく舌打ちをして私に指を差して最後に一言言い捨てた



「いいか!気配を察知出来ねぇなんて忍として致命的だ!また恥を掻く前にとっととくノ一なんて諦めろ!」

気分悪いんで残りは放課後やりに来ます、と男神先輩に告げて朝丘先輩はその場から早々に立ち去って行った



「なッ…何だあの言い方!」
「小平太、落ち着いて」

先輩が立ち去って行った方を見て威嚇する様に言う小平太の背中を叩く長次の隣で伊作と文次郎が尻餅を付いたままの留三郎と仙蔵の手を取って立ち上がらせる


「あの先輩とは初めてお会いしたが…強烈過ぎねぇか?」
「うん…でも綿谷わたや先輩が言うには上級生がいる時には大人しいって…」


「何だよ…心白羽が何したってんだよな?」
「くのたまを良く思ってないんだよ。見学の時も心白羽にキツく当たっていたし」

ムスッとしたまま留三郎と仙蔵は服に付いた砂埃を払う。そんなみんなを見つめたまま、私は呆然と立ち尽くしていた。声も出ず、身体も未だに動けないでいる

朝丘先輩の口調は荒々しいけれど、言っている事はブスブス突き刺さる程に的を得ている気がする。私の1件で確かに用具委員会の規則が増え、委員長である男神先輩の負担が増えた。今だって私の我儘を頼み込んで、男神先輩を困らせている…


「また恥を掻く前にとっととくノ一なんて諦めろ!」

私はッ…







「心白羽」

ハッと気付くと、すぐ周りにみんなと目の前には留三郎が。男神先輩も目の前に屈んで心配気に眉を下げていた



『ぁ…ごッ…ごめんなさい…』

「すまんな。あいつ最近気が荒れていて…勢いで言っただけで本心ではないから気にしないでくれ」

男神先輩が申し訳なさそうにしているから、慌てて首を左右に振って大丈夫です、とだけ伝えるも、私は気付いている。あれは本心だ。本気で言っていた

最後のくノ一を諦めろという言葉も…



「ほ、本当にすまなかった。さっきの頼みだが、顧問の先生にお願いはしてみるからッ…」
『いえ…大丈夫です』

男神先輩の言葉に即答すると、周りのみんなが目を丸くして一斉に私を見る


「先輩がお願いして下さるんだぞ?」
「そうだよ。もしかしたら貸してくれるかも…」

仙蔵と伊作がそう言ってくれるが、首を横に振った



『元々厳禁扱いなのを私だけ異例で破って良いなんて…身勝手過ぎたよ。先輩の仰っていた通り、これ以上用具委員会みんなの手間を増やしたくないし…』

自分で何とかするよ、と笑顔で言ったつもりなのだが、目の前のみんなの表情は険しいだけ。あぁやって言われた後にそんな表情を見たら、何故か泣きそうになったから、誤魔化す様に男神先輩に頭を下げた



『無理なお願いをして申し訳ありませんでした。自分の遅れは自分で取り返しますので…お話を聞いて下さって、ありがとうございました』

最後にみんなにも謝罪と此処までしてくれたお礼を伝える。その直後、助け舟とばかりに丁度良いタイミングで鐘が鳴り、授業に行くからとその場から足早に立ち去った。背後で呼び掛けられるが、振り向かない

正直、鐘が鳴る鳴らない関係なく、あんな言われ方をされた後でみんなにどんな顔を向ければ良いのか分からないし、いたたまれずに逃げ出したかっただけだ

くのたま長屋まで止まらずに走り、入り戸を潜った途端にへたり込んでしまった。精神的にショックが大きかったせいか、俯いた瞬間にポタポタと涙が地面に落ちた




「くノ一なんて諦めろ!」
パシッ!

またあの言葉が過ぎり、咄嗟に両頬を強めに叩き、目元を雑に擦った。泣いてるばやいじゃない。時間は待ってくれないのだから

今更くノ一を目指す気持ちがあのたった一言で揺れ動いてしまうのは、まだまだ私が弱いから。精神的にも強くならなくてはいけない。今日はその教訓を学んだと思えば良い

身体能力や技能、知識だけではなく、立派な忍になるなら鋼の様な精神も必要不可欠だ

そうだよ、そう
必要な事なんだから
こんな事でへこたれないぞ…

私は絶対立派なくノ一になるんだから






◆◆◆ ◆◆◆






『これ…いや、これは……違うな…』

手裏剣の実習の後、部屋に戻る前に辺りを物色。平たい石を探しては持って、吟味していると、背後から肩を叩かれた



「心白羽ちゃん、そろそろお夕飯だよ?」

『ぁ…え、もうそんな時間?』

仕方ない、と納得はいかないけれど、石を数個持って振り向いた。すると、呼びに来てくれたクラスメイトは手元の石を見て首を傾げた



「何それ?」
『え?あ…これはその…夜に手裏剣の練習するのに使おうと思って』

そう言うとクラスメイトは目を丸くした


「それの何処が手裏剣なの?」
『だって…本物の手裏剣は持ち出し厳禁だし。だからせめて重さだけでも手裏剣に見立てて練習するの』

「えー、夜にまで練習するの?」
『いやいや、1週間の遅れは大きいよ。諦めて今の調子で実習の時だけの練習じゃ…多分テストに受からないと思うし』

へぇ…と呆気に取られた顔をして苦笑するクラスメイト。テストと聞いて、そう苦笑出来る余裕があるのが逆に羨ましく思う



「そこまで根気詰めなくても良いんじゃない?」

気張り過ぎずにさ!と背中を軽く叩いて、クラスメイトはそのまま長屋の中へ戻って行った。その後ろ姿を見つめながら無意識にでも手の中にある石を握り締めてしまった私は性格が悪いのだろうか…

苛ついている…
こんなちまちました事が本当に糧になるのだろうか…
あの子はあんなに余裕そうなのに…私はこんな石なんか拾って…

ギリッと唇を噛んで石を投げ捨てようとしたが、寸前で止めた




『駄目ッ…落ち着いて……精神も強くするって決めたじゃない』

惨めでも…やれる事を見つけて1つ1つ取り組むしかない。やる事が成果として実るかどうかは私の努力次第。今出来る事をするだけなのだ

入り戸の時同様に強く両頬を叩いて長屋に入った

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