平穏






「心白羽様ー!」

じぃじの呼び声がお城に響く。私ははしゃぎながらじぃじから逃げる


「稽古のお時間ですぞー!何処にいらっしゃるのですかー!?」

稽古は嫌いではないけれど、父上直々の稽古は容赦がないから嫌い。だからいつもその時間になると決まってじぃじから逃げている

それが密かに私の中では楽しいお遊びになっているのだが、じぃじに至っては本気で捜しているのか、声に覇気が入り始める



「見つけましたぞ!心白羽様!」
『Σげッ…じぃじ!?』

しめしめとじぃじの背後を取ったつもりが、壁から覗いた廊下には誰もいなく、え?と思ったのと同時にヒョイっと身体が持ち上がった

いつも逃げるけれど、何故かじぃじにはすぐに居場所がバレてしまう。恐る恐る顔を振り向かせると、じぃじは困った様にムスッとした表情で私を見下ろしている



「いい加減になさいませ!こうも毎度毎度逃げられてはお父上様が悲しみますぞ!」

『父上がご容赦して下されば、私だって逃げないのぉお!』

バタバタ暴れる私にお構いなくじぃじはスタスタと稽古場へと向かっていく。1回捕まってしまえば、もう逃げるのは不可能。観念してしょんぼりしたままじぃじに連れて行かれる







◆◆◆ ◆◆◆







『痛いよぉ…』
「大丈夫です。軽いかすり傷ですよ」

長い稽古が終わって、中庭の縁側でじぃじに怪我の手当てをしてもらっている。剣豪である父上の稽古はやっぱり怖い。木刀だから当然斬れはしないけど、打ち付けられた時はとても痛い



『女はそんなに頑張らなくて良いって母上は言って下さってるのに…父上はやっぱり厳しいよ』

「お父上様は一人娘である心白羽様には強く、逞しく育って頂きたいと思っていらっしゃるのです。今ではお父上様の期待通りに心白羽様は成長されていますよ?」

今日は1度でもお父上様の太刀を受け止めていたではありませんか、とじぃじは嬉しそうに笑いながら話すけれど、私の両頬は大きく膨れる



『こんなに痛い思いするくらいなら強くなりたくないよ』

ムスッとする私を宥める様にじぃじは頭を優しく撫でてくれた。そして、頑張った時のご褒美にはいつも持ち歩いている金平糖をくれる

当然、父上と母上には内緒の私とじぃじだけの秘密。この金平糖とじぃじの頭撫でを目当てにいつも渋々ではあるものの、頑張っていると言っても過言ではない



『じぃじ、もっと金平糖ちょうだーい』
「次の座学を頑張ったら差し上げますから、我慢です」

じぃじはもう私の扱いに慣れている。金平糖と頭撫での為なら仕方ない。じぃじに手を引かれながら、今度は逃げる事はせずに大人しく着いて行く




「あら、心白羽。また貴女…怪我が増えてますよ?」

廊下の死角から母上が出てきた。手を引いていたじぃじは深く頭を下げて挨拶する。母上は私の目の前に座り込むと頬や腕に出来た怪我を見て苦笑を浮かべる



「爺もいつも心白羽のお世話、ご苦労様です。手当をして下さったのでしょう?」

「私にはこれくらいしか出来ませんので。心白羽様は痛みに耐えて、今日はお父上様の太刀を受け止めていらっしゃいましたよ?」

その言葉を聞いて、母上は目を丸くしたと思えば、優しく私を抱き寄せて、頭を撫でてくれた



「素晴らしい成長ですね、心白羽。ですが…私は貴女の身体が心配なのです。お会いする度に傷も増えて…旦那様にもう少し稽古を控える様にお伝えしましょうね。ここの所毎日ですし」

そう微笑みながら頭を撫でる母上に私も微笑み返す。やっぱり頭を撫でられるのは気持ちがいい。嬉しくなるし、辛さも軽くなるし、いい事づくめだ



『良いですよ、母上。こうやって頭を撫でて下さるのなら、私は頑張れます』

じぃじも頭撫でてくれるのですよ?、とじぃじの手を握ると、じぃじも照れ臭そうにはにかんで見せた




「爺、心白羽のわがままをどうかお許し下さいね」

「いえいえ、心白羽様のお傍に置いて頂けるだけでこの上なく幸せでございます。何なりとお申し付け下さいませ」

にっこり微笑むじぃじに母上も微笑んだ。2人を見上げて、私も嬉しくて微笑む。この光景はいつも見慣れた私の日々の光景。和やかで、ゆっくり流れる時間。とても幸せな時間

そんな日々が当たり前の様に過ぎていく。でも、その日々もある日を境に崩れ始めた



【平穏 END】

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