好きなもの






「おばちゃーん!お腹空いた!」
「はいはーい。順番に並んでねー」

1番に食堂に入ったのは小平太。流れで一列に並んで、それぞれ夕食を頼んでいく。席の方を見ると、同期の忍たまみんながいると思っていたが、それほど人はいなく、席はスカスカだった


「忍たまはみんな委員会決まったから、食べる時間がバラバラになってんだ。空いてて良かったな」

不思議そうに席を見ていたのに気付いたのか、後ろに並んでいた留三郎が教えてくれた。敢えて早めに食べてしまう人やまだ委員会活動中の人がいるのを聞いていると、改めて委員会って大変なんだなぁっと実感した



「あら、心白羽ちゃん。今日はみんなとお夕食?」
『あ、はい!』

「みんなも一緒って事は…今まで元気に遊んでたのかしら?」

「おばちゃん!俺達は遊びじゃなくて鍛錬してたんだよ!」
「そうそう!立派な忍になる為にやってるんだ!」

みんな揃って上げた声におばちゃんは優しく笑い、そうと頷いて聞いてくれた。すると、おかずやお味噌汁をおぼんに乗せた後、最後に大盛りのお米を乗せた



「頑張ってるみんなにサービスよ。いっぱい食べてね」

やったー!と歓喜するみんなだが、私は少し表情を引き攣らせた。多くない?え、多くない?お腹空いてるし、食べないと力が出ないのも分かるし、おばちゃんの好意も嬉しい。嬉しいけど…




席に着き、4人3人に別れて向かい合い座った。いただきまーす、とみんなで手を合わせて箸を取ったが、右隣の方からすごいオーラを感じる。見ると長次が表情には出てないものの、何やらふわふわと周りに花が飛んでる様に見える



『どうしたの?長次』
「これ」

尋ねた私に向けて長次が見せてきたのは小鉢の中に入った夕食のデザートである杏仁豆腐。それに首を傾げながら好きなのか聞くと、長次は無言でぶんぶん頭を頷けていた



『杏仁豆腐が好きなの?』
「その…甘い物が好きというか…」

甘い物が好きだと話すのが恥ずかしいのか、頬を赤く染めて小さく話す長次を素直に可愛いと思った。微笑ましくて良かったね、と笑い掛けると、長次は驚いた様に目を丸くさせたと思えば、嬉しそうに表情を緩ませて頷いた

そういえば、私はみんなの好き物を知らないな…



『留三郎は好きな物っていうか…食べ物ある?』
「ん?」

とりあえず左隣の留三郎に尋ねた。留三郎は頬張ってもぐもぐさせながら首を傾げて唸る。暫くしてごっくんと飲み込むと、歯を見せて笑顔を向けてきた



「俺は好き嫌いねぇから何でも好きだぞ!」
『へぇ…それってすごいね』

そうか?と再びおかずを頬張る留三郎



「私はひじきが好きだ!」

話が聞こえたのか、向かい側の小平太が手を上げながらそう教えてくれた



「何だ?何の話だ」
『あ、えっと、そういえばみんなの好きな物聞いた事ないなぁっと思ってさ』

反応した文次郎にそう教えると、突然文次郎は拳を握って机を強く叩いた。その音に静かに食べていた仙蔵や伊作も箸を止め、目を丸くして此方を見た



「忍者に好き嫌いなんてあるか!食材なんて選ばずに何でも食べて生存確率を上げる!それが忍なんだからな!」
『そ…そっか。うん、そう…だね』

慌ててそう頷いていると、熱弁する文次郎を隣の仙蔵が呆れ顔をしながら横目で睨み、伊作は苦笑した



「文次郎、食事の時くらい静かに食べろ」
「び、びっくりしてお箸落ちちゃった…」

他人事の様に言う2人を指差して、何故か誇らしげに胸を張って文次郎は続ける



「何なら会計委員で先輩が教えて下さった事を教えてやる!現場では忍者食以外に非常事態の時は最悪虫だって食べるって言ってたぞ!」

その発言に留三郎は飲んでいた味噌汁でゴホッ!とせ、私は瞬時に想像してしまい、背筋に悪寒が走った



「てめぇえ!バカ文次この野郎!場を考えろ!」
「何だ!同じご飯の話だろ!」

机を挟んで言い合いをし始めた2人。虫…虫…と止めておけば良いのに勝手に想像して、どんよりしてしまった私を察してか、長次が心配気に眉を下げて背中を擦ってくれた

文次郎に悪気がないのは分かっているけれど、聞いた事を後悔した






◆◆◆ ◆◆◆







『お、お腹いっぱい…』
「美味かったな!」

食堂を出て、長屋の廊下を7人で歩いていた。量的に分かっていたが、お腹がはち切れそうな程にいっぱいになり、他のみんなも食った食ったと満足そうに話している




「因みにさっきの話だけど、仙蔵は何が好きなの?」
「私か?私はそうだな…」

「長次が今度ボーロっていうおやつの作り方を食堂のおばちゃんに教わりに行くんだって」
「作ったら食わせてくれよな、長次」
「勿論!」

前の方で各々そんな話をしているのを眺めながら着いて行っていると、隣に留三郎がやって来た



「心白羽の好きな物は何だ?」
『え、私?』

「俺もお前の好きな物知っときたいからさ」

そうだなぁ…と顎に手を付けて歩く足元を見ながら考える。でも特に私も好き嫌いがある訳じゃないし…好んで食べていたモノと言えば…





『金ぺッ…』
「心白羽様」

無意識に金平糖、と口にしようとした直後、ザザッと砂嵐の如く荒く記憶が横入りしてきて、冷や汗が頬から滲み出る



「こんぺ?こんぺって…あぁ!金平糖か!」

留三郎は聞き逃さなかったのか、すんなり言い当てて、嬉しそうな反応を見せるが、私は私で手が小さく震え始めた




「心白羽は金平糖が好きなのかぁ。色んな色で綺麗だし、甘くてうまッ…」
『違う!』

言葉の直後にそう声を上げてしまった。きっと留三郎は急に声を上げられて驚いているかもしれないけれど、それを気に掛ける余裕は一気になくなってしまった。震える手を抑える様に強く両手を握る




『金平糖なんて…嫌いッ…』

「心白羽…?」
「心白羽!今日も練習するから待ってろよ!」

留三郎の後ろから文次郎が駆け寄ってきた。その声でハッと我に返った。文次郎の後から他のみんなも声を掛けてくる



「今日宿題出たから、それ終わらせたらすぐ行くから」
「先に練習していてくれ」

『あ…うん…』

「ほら、留三郎も行くぞ!」
「あ、あぁ」

じゃあ後でな!とみんなはそのまま駆け足で自室の方に走っていった。その姿を見送って、外からの虫の音だけが聞こえる頃、ふらっと目眩に似た感覚で壁に凭れた




「心白羽様は金平糖、お好きですか?」

『じぃじ…』



『好きだけど、じぃじがくれる金平糖が1番好き!』

そうですかそうですか、と嬉しそうにはにかむじぃじの顔を思い出して、うっすら目に涙が滲んだ




『ごめんッ…じぃじ…私…嘘吐いちゃったッ…』

昨日の土井先生の時といい、そんな事で何で自傷気味になってしまうのか。悲しくなっても、辛くなっても仕方ないのに。みんなが戻ってくる訳もなく、余計に苦しくなるだけだと分かっているのに…



『はぁ…』

目元を雑に袖で拭い、とぼとぼと覇気のないまま廊下をくのたま長屋に向かって歩いていった






◆◆◆ ◆◆◆





「留三郎、この文章だと五色米の並べ方ってこれで合ってるかな?」
「お?あー、ここは多分この青い米と黄色い米を…」

は組の五色米の暗号の解読、作成の宿題。一足先に終わらせた留三郎は伊作が終わるのを待ちつつ、手伝っていた。すると、あーだこーだと教科書を見ながら実際の五色米を机に並べながら留三郎がある事を口にした




「なぁ、知ってるか?心白羽が金平糖嫌いなの」
「え?」

「さっき心白羽に聞いたんだよ」

へぇ…と伊作が相槌を打つが、何か引っ掛かりがある様な歯切れの悪い返事だったのに留三郎は米を並べる手を止めて伊作を見る。すると案の定、怪訝気味に眉を寄せて首を傾げていた




「何だよ、その顔。何か言いたそうだな」

「うん…昨日偶然聞いた話だから、僕の聞き間違いかもしれないけど…」

そして、伊作が話したのは食堂での土井とおばちゃんの話していた内容だった。おばちゃんが土井に金平糖をお裾分けしている時の会話…




「土井先生が心白羽は金平糖が好きなんですよって話されていたから」

「え…そうなのか?」
「うん、確か仰ってた。でも心白羽本人が嫌いだって言ってるなら、もしかしたら先生の勘違いかもしれないね」

ははは、と笑って再び五色米を並べ始める伊作だったが、留三郎は腕を組んで険しく表情を歪ませた





『金平糖なんて…嫌いッ…』

何か…普通の反応じゃなかったよな…
思い詰めた様な雰囲気だった。土井先生に何か言われたのか?いや…でもあの先生がそんな何かものを言う人には見えねぇが…



「それにしても五色米ってややかしいよね…って、どうしたの?」

暫く黙っていた留三郎が立ち上がったのに、伊作は首を傾げた



「ごめん、伊作。俺先行ってて良いか?」
「え?良いけど…」

じゃあ後でな、と手裏剣を入れた風呂敷を持ち、足早に部屋を出て行った留三郎を伊作はぽかんとしながら見送った







◆◆◆ ◆◆◆






キンッ! カンッ!

くのたま長屋の端。最早私の練習場みたいなっているそこで留三郎から貰った手裏剣を投げた石に投げ付けていた。無心で打っていたが、手持ちの手裏剣を全て投げ終えると、ふぅ…と息を吐いた

気持ちが乱れているのに気付いて、両頬を強く叩く
大丈夫、私は大丈夫…大丈夫…



「心白羽」

ひゃあッ!と情けない声を漏らしてしまった。慌てて振り向くと、塀の上の留三郎に気付いた。歯を見せて笑った留三郎は地面に着地すると、駆け寄ってきた



『と、留三郎…宿題は?』
「おぉ!ちゃんと終わらせてきたぜ!」

ピースサインして得意気に胸を張った留三郎に自然と顔の筋肉が緩んだ。じゃあやろうか、と背を向けたが、腕を捕まれた




「なぁ、心白羽」
『ん?』

振り向くと、留三郎の表情は何故か曇り掛かっている



「お前、金平糖好きだろ」

予想外の言葉に目を見開いて固まってしまった。留三郎は掴んでいた腕を離して、言いにくそうにしながら頭を掻いている



「その…土井先生が心白羽は金平糖が好きなんだって言ってたのを聞いて、何で好きな物をわざわざ嫌いなんて言ったのかなっと思ったんだ」

何て言ったら良いのか分からない。さっき嘘を吐いたのを後悔したばかりだから、また嘘を吐くのは正直気が引ける。そんな事を考えながら視線を下にして口を噤んでいると、頭に手を置かれた

顔を上げると、留三郎は心配気に眉を下げていた




「わ、悪い…言いたくなければ良いんだ。無理に話さなくて大丈夫だから」

心配になったんだ、と頭を撫でながら話した留三郎。何であの答えだけでそんなに心配そうな顔をするのだろうか。何で気にしない方が楽だろうに、わざわざ声を掛けてくれるのだろうか

ぐっと何か込み上げてくるものがあり、思わず表情が和らいだ




『留三郎は本当に優しいね』

「だ、だから優しいとかじゃッ…」
『私は金平糖が大好きだよ』

そう答えると、留三郎は目を丸くして頭から手を離した



『でも…今は金平糖を見ると思い出したくない事を思い出しちゃうから…』

「思い出したくない事?」
『うん…だから、もう少し平気になったらまた食べたいな』

不思議と緊張が和らぎ、口元の筋肉が緩くなる。すると、留三郎も安堵した様にそっか、と微笑み返してくれた



「大好きっていうぐらいだから、学園に来る前とか良く食べてたのか?」

『うん。私の大好きな人がいつもくれてたんだぁ』






ズキッ…

え、と留三郎は咄嗟に自身の胸を見下ろした
今…何か…


「な…なぁ、心白羽。その好きな人ってッ…」
『ごめん、内緒』

苦笑しながら人差し指を立てる心白羽にまた留三郎は覚えのない胸騒ぎがした。胸をペタペタ触って戸惑っていると、心白羽が塀から顔を覗かせた文次郎達に気付き、駆け寄って行った



何だ…何か…モヤッとした気が…
多分心白羽の表情から見るに、あまり詮索しない方が良い事だとは思うが、さっきの内緒と言った時の心白羽の表情を思い出し、留三郎は得体の知れないモヤつきに戸惑う事しか出来なかった



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