大嫌い











「不死風」
『何?』

「今日は髪、縛らないのか?」
『…はい?』

教室に入り、教科書達を机に入れて予鈴が鳴るまで小説を読んでいると、ヒョコッと轟君が声を掛けてきたと思えば、突然髪について言われて一瞬フリーズした



「昨日髪結んでただろ」

『え…いや、あれはたまたま八百万さんが結んでくれただけで普段は結ばないよ』

「不死風さん、髪長いもんね」

後ろの席の緑谷君が話に入ってきた。別に邪魔な訳でもないし、結んだ事だって昨日がホントに久しぶりだったし…




「何の話してんの?」

髪を触っていると、耳郎さんと八百万さんが不思議そうに声を掛けてきた



「不死風さんは髪結ばないのかなって話してた」

「まぁ!昨日のを気に入って下さったんですか!?何なら今日は違う結び方をして差し上げますわ!」
『Σいや、ちょっと!良いってば!』

呼び止めに構わず、目をキラキラさせた八百万さんが自身の机の方へ足早に駆けて行った。話し掛けられない様に小説を読んでたっていうのに…




『轟君、私小説読んでたんだけど』

「あぁ、すまねェ。髪結んでた方がスッキリするんじゃないかと思ってつい声掛けちまった」

昨日のお姫様抱っこの時といい、轟君は思ったら何の躊躇もなく行動する人だと改めて思い知った。と、そこにルンルン気分で八百万さんが戻ってきた。手にはクシとヘアゴム




「髪を引っ張るといけませんから、じっとしていて下さいね?」

『ぁ…はい』

クシを使い、慣れた手つきで髪をとかされる。すると、周りから興味を持った子達が集まってきて、一気に血の気が引いた




「何してるん?何してるん?」
「不死風が髪長いとかでヤオモモに髪結ばれてる」

「女子って結構髪の手入れとか大変そうだよなぁ。此処は結ぶんじゃなくて男らしくこう…バッサリと!」
「切島ちゃん、柊風乃ちゃんは女の子よ」

ヤバいヤバいヤバい…
皆集まってきた。ただ髪を結ばれてるだけなのに何でこんな集まってくる?でも八百万さんは小さくも鼻歌を歌ってご機嫌で髪を結び始めている。ここで拒絶するのは人としてどうなのよ…

親しみやすい子とか思われたらそれもそれで困るけど、ここで八百万さんを傷付けるのは嫌だし、でも距離を取ろうとしてるのにこんな和気あいあいとしてたらそれこそッ…


「出来ましたわ!」

黙ってもんもんと考えている間に結び終わったらしい。自信作を見せる如く、八百万さんは私の座っている椅子を皆の方へ向けた。案外力持ちだった事に驚く間も無く、皆の視線が私に集中する

一気に鳥肌が立つのを感じた



「おぉ!かっわいいじゃん!」
「うんうん!似合っとるよ!柊風乃ちゃん!」

「昨日と違うな。この結び方、何て言うんだ?」
「ハーフアップですわ、轟さん!サイドの髪をしっかりまとめて、敢えて耳を見せるタイプなんです!これでより爽やかで可憐な印象を見せられるんですのよ!不死風さん!如何ですか!?」

鏡を目の前に渡されて、恐る恐る見てみる。そこにはいつもと少し雰囲気が違うのが自分でも分かる程に綺麗に髪が結ばれていた。ヘアアレンジなんてしたことなかったからか、思わず見入ってしまった



「あの…もしかしてあまりよろしくなかったですかね?」
『Σえ、あ…そんな事ない。ヘアアレンジなんてした事なかったから少し驚いただけで…』

「とっても似合ってるわよ、柊風乃ちゃん。髪下ろしてても良いけど、結んでると本当に爽やかな雰囲気で素敵ね」

目の前で蛙吹さんが笑顔で言ってくれた。いつもの皆に囲まれた時の恐怖ではなく、今に至っては恥ずかしさの方が勝っていて、顔がみるみる熱くなっていく




「似合ってんじゃねェか?」
「クラス1のイケメンからお墨付きもらったよぉ!」

「Σた、大変だ!不死風君の顔が真っ赤だ!熱が出たのではッ…!」
「こんなに注目されたら、そりゃあ真っ赤になっちゃうよねぇ!僕は慣れているから平気だ・け・どッ…」
「てめェら後ろでうるせぇえッ!」

突然前の席の爆豪君が振り向いて、ビリビリッ!と身体に振動が伝わる程の怒声を浴びせてきた。その声に一瞬で恥ずかしさはいつもの恐怖に変わる





「髪伸ばしすぎて邪魔じゃね?」
「お!そうだそうだ!お前身体が不死ならさ、髪もトカゲの尻尾みてぇにすぐに生えんじゃねぇの?」


手が微かに震えだした。耳に鳴り響くハサミで切る音の幻聴。髪を引っ張られ、容赦なく切り捨てられた記憶が蘇る



「おいおい、爆豪。そぉんな言い方ねェだろ?」
「うっせェッ!朝からギャーギャー騒いでんじゃねぇよ!クソ共が!」

『……ぁ』





『やッ…やめて…!いやぁあッ…!』
「ギャーギャー騒いでんじゃねェよッ!クソがッ!」


爆豪君の言葉と過去がまた重なる。瞳が揺れる。頭がぐるぐる回って…酷い吐き気が襲った



「か、かっちゃんてばもう少し控え目に…」
「てめェは黙っとけや!クソナード!大体てめェらはッ…」
ガタッ!

柊風乃が突然立ち上がった。顔色は蒼白としてる。一瞬周りが静まり返り、蛙吹が柊風乃の顔を心配気に覗き込んだ



「柊風乃ちゃん、顔色がスゴく悪いわよ?保健室にッ…」
「Σあ、柊風乃ちゃん!」

口元を押さえて、柊風乃は一目散に教室から出て行った。残された生徒は柊風乃が出て行った扉を暫く見つめて唖然とした




「どうしたんですかね?不死風さん…」

「まぁた爆豪のクソを下水で煮込んだ性格が炸裂したからじゃねぇの?」
「うっせぇアホ面ッ!」

上鳴が呆れた様に肩を竦めて言うと、爆豪はイラつきが更に増したのか青筋を立たせた



「顔色すげェ悪かったが…」
「うん…予鈴までに戻ってこなかったら探しに行こうか」

轟が柊風乃が出て行った扉を見つめながら言うと、緑谷も眉を下げて苦笑した








◇◇◇ ◇◇◇







『うぇ゙……ゲホッ!』

女子トイレに駆け込むも、空嘔が続く

ホントに何なの…
何で爆豪君にだけこんなに拒否反応が出るのか…
苦しッ…


「あの…不死風さん?」

個室の扉がノックされ、外から八百万さんが心配気なトーンで呼び掛けてきた。追い掛けてきたのか…



「不死風ってば大丈夫ー?」
「口元押さえてたけど、吐き気でもするの?酷い様なら保健室でリカバリーガールに治してもらうと良いわよ」

八百万さん以外にも来ていたのに、思わずため息を吐いた。何でこうもみんなゾロゾロと。このままいてもきっとこの人達はずっと外で待ってるだろうし…仕方ないか…

恐る恐る扉を開いた。案の定外には八百万さん、蛙吹さん、芦戸さんがいた。他の子達は相澤先生が来た時に事情を説明しようと教室に残っているらしい



「まだ顔色が悪いですわね…」
『別に…大丈夫だよ』

「急に飛び出してっちゃったからビックリしたよぉ。まだ吐き気するの?」
『だからもう大丈夫だってば』

俯いたまま答えると、蛙吹さんが顔を覗き込んできた




「私と一緒に保健室に行きましょ。やっぱりリカバリーガールに診せた方がいいと思うわ」

蛙吹さんの提案に芦戸さんと八百万さんは顔を見合わせて賛成する様に頷いた




「そうだね。それじゃあ相澤先生に伝えてくるよ」
「蛙吹さん、お任せしてよろしいですか?」

勝手に話が進んで、結局保健室に行く事になった。別に一時的な吐き気だっただけで体調が悪い訳ではなかったのだが…

教室に急いで向かっていく2人に背を向けて、蛙吹さんが私の手を取って保健室の方へ歩き始めた





『あの…蛙吹さッ…』
「梅雨ちゃんと呼んで。柊風乃ちゃん」

『…梅雨さん』
「ケロケロ、ちゃんで良いのよ」

名前を呼んだだけで何故そこまで嬉しそうに笑えるのか。蛙吹さんは不思議な子だと思った。というか、何で手を繋いでるのか…




「柊風乃ちゃん、まだ私達に気を遣っているの?」
『え?』

「いつも顔が強張ってるし、難しい顔してるわよ?」

予定通りではある。みんなにそもそも素っ気ない態度をとれば、自ずと独りでいられると思っていたから。でも…此処の人達は違う




「まだ2日しか経ってないものね。私達同じヒーローを目指す仲間であり、クラスメイトなんだから少しでも頼ってほしいわ」

ケロケロ、と笑みを向けた蛙吹さん。手を繋がれて本当に嫌な気がしないのは……きっと私の中でも仲良くしたい。みんなと一緒に話したいという気持ちがあるからかもしれない

でも、その気持ちを持った後の結末が分かっているから…遠ざける






『私がこうなのは元からなの。嫌なら関わらない方が良いよ』

「そんな事ないわ。新しいお友達が出来て、私はスゴく嬉しいの。それに…」

蛙吹さんは立ち止まり、私の方を振り返って首を傾げた



「柊風乃ちゃん、何だか無理に素っ気なくしている様に見えるのよね」
『…は?』

「ホントは楽しい事が大好きな子だと思うのよ。失礼な言い方だったらごめんなさい」

蛙吹さんが大きな目で見つめてくる。思わず胸が詰まった。個性は確か【蛙】で、人の心を見透かす能力ではない筈なのに何でこうも的確に当てにくるのか…

そりゃあ私だって元々みんなとワイワイ騒ぐのは好きで、笑う事だって好きだった…けど、それは以前の話で今は…





「ケロケロ、そろそろ保健室に着くわよ」

再び手を引かれたが、そのまま保健室まで私は黙っていた。偽った感情でいる自分が愚かに見えてくる。いつまでもいつまでもトラウマを纏わりつかせて…消散しきれていない自分に本当に嫌気がさす

爆豪君だって悪い訳じゃないのに…
性格には不満があるけれど…


/Tamachan/novel/2/?index=1