気遣い





『私、そろそろ帰らなきゃ』

「えー!もぉ?」

商店街の時計塔を見ると、既に6時になっていた。そろそろお婆ちゃんが心配する頃だし、夕ご飯の準備もしなければならないし…

みんなに至ってはまだ一緒にいるらしいけれど、門限とかないのかな。引き止められるけれど、本当に帰らないといけない





『お婆ちゃんが待ってるし、夕飯作らないといけないから』

「へぇ、不死風って夕飯作ってんの?女子力ぅ」
「私なんていつもお母さんに任せっきりだもんなぁ」
「ウチも。たまぁにしか手伝いしてないかな」

“お母さん”
笑いながらみんなの話に出てくるお母さん。胸がグズグズ気持ち悪く痛む







「お父さんの事ッ…嫌いにならないでね…」

『もう行くから』

あのお母さんの最期の瞬間が蘇り、咄嗟にみんなに背を向けた。呼び止められるのに構わずに歩き出した。耳にイヤホンを付けて、みんなの声も頭の中のお母さんも消した





「柊風乃ちゃん、何だか元気がなかったわね」

「私が爆豪さんの話を振ってしまってから気が沈んだ様に思えますわ…」

「爆豪?何で爆豪が出てくるの?」

八百万は柊風乃が爆豪の事が嫌いだとはっきり言っていた事を言おうとしたが、個人の想いの為か躊躇った




「爆豪君かぁ。でも最近…というか柊風乃ちゃんが転校してきてから爆豪君、柊風乃ちゃんに対して当たりが強い気はする」

「あいつはいっつもあぁだから、ウチにはよく分からないなぁ。みんなに当たり強いっつーか」

「でも昨日の体育の時も爆豪君が独断で不死風ちゃんとこに行ってたし、2人共何かあったのかな?」

柊風乃は必要以上に何も言わない為か憶測でしかないけれど、誰もが爆豪と柊風乃の間にはこの短期間の中で深い溝が出来てしまっていると悟った









◇◇◇ ◇◇◇










音楽を聴きながら家路の途中にあるスーパーに寄った。今日は何を作ろうか考えながら野菜を吟味していると、後ろから肩を掴まれた。驚いて慌てて振り向くと、そこには轟君が私服で立っていた

一先ずイヤホンを取って鞄にしまうと、轟君は表情を変えずに首を傾げた





「お前、まだ家に帰ってなかったのか?」

『え…あぁ、家に帰らなかったというか女子みんなで買い物行ってたというか…』

轟君の手元を見ると、既にカゴの中にはいくつかの商品が入っていて、私の肩を掴んだ方の手にはメモ紙。一発でおつかいに来ているのだと気付いた




『轟君はおつかい?』

「姉さんが買い忘れたモノがあるからって頼まれた」

メモを見せながら答えた轟君。というか…轟君も家この辺りなのだろうか




「お前はどうしたんだ?あいつらと買い物行ってわざわざ此処でも買い物か?」

『うん、まぁ…そんなとこかな』

野菜を手に取りながら話をしていると、轟君はいなくなるどころか一緒に野菜を吟味しだした



『何、どうしたの?』

「俺も買い物に来てんだ。別に一緒にいても文句ねェだろ」

『え…まぁ別に良いけど』

轟君も何だろうか。全然考えてる事が分からない
別に嫌な方ではないんだけど…

その後も轟君は必要以上に話し掛けてくる訳でもなくて、私に着いてきて一緒に買い物する…というか、まるで買い物に連れてこられた子供の様に大人しかった

より一層何で一緒に買い物しようだなんて思ったのか分からない








『ねぇ、轟君。結局何で一緒にいたの?もう買い物終わってたんじゃないの?』

買い物袋を両手に持ちながらお店を出た。家路も一緒なのか、お店を出た後も轟君は隣で黙って歩いている




「それ貸してみろ」

『は?これ?』

「途中まで持ってやる」

轟君は私の反応を待たずに、2つ持ってた中の1つを取った。確かに轟君は買い物自体少量だったみたいだけど、悪いなぁ…




『ありがとう……ていうか、私の質問に答えてよ』

改めて聞くと、轟君は暫く無言。答えたくないのか答えるのがめんどくさいのか。別にどうしても聞きたい訳ではなかったからかこれ以上聞こうとは思わなかったが、轟君が不意に口を開いた





「今日、元気なかったからな」

『…ん?何それ』

「朝の事もあるが、その後の移動教室の時も元気がなかったから気になった」

気になっていた矢先に偶然スーパーでばったりあったから、つい声を掛けてしまったと彼は続けた。轟君は本当に優しい人なのだと思った。昨日の体育の時も助けてくれたし、私の事も信じて作戦に乗ってくれたし…

この買い物でもそうだけど、今の所轟君が1番クラスで接しやすい人なのかもしれない




『元気がなかった訳じゃないよ』

「…爆豪に何かされたのか?」

思わず目を見開いてしまった。轟君を見上げると彼は目線を前に向けたまま続けた





「あいつ、教室に移動した後、何も言わずに出て行ったんだよ。筆箱とかノートとか必要なモノは机にあったし、トイレに行った奴らに聞いても爆豪はいなかったみたいだし」

『……』

「昨日の体育の事もあったから、まさかとは思ってたが…1−Aに戻ってたんだな」

轟君は必要以上に声を掛けもしないし、話そうともしない。けど、勘が鋭い。体育の時間以来気に掛けてくれていたのは素直にありがたいけれど、そこまで詮索されるのは勘弁してほしい。だから変に墓穴を掘らない為に黙ってしまった






「別にお前と爆豪がどういう事になってんのか知らねェけど、またあの馬鹿げた事になってたら厄介だからな」

『馬鹿げた事?』

「体育の時みたいな事だ」

『あぁ…』

再生能力があるからさほど自分自身は恐れていないのだけれど、痛みだけは当然ながら常人と同じ。出来ればもうあの痛みは味わいたくない




『心配してくれるのは嬉しいけど、別に私は平気だよ。爆豪君の個性だってどってことないし』

平然と言うと、轟君は小さく吹き出した。見ると笑いだしていた。何が面白いのかと思い、怪訝に見つめていると、轟君は私の視線に気付いたらしい




「わりぃわりぃ。肝が据わってんだな、不死風は」

『別に。ホントの事だし』

「そういえば、お前あの時無傷だったもんな」

轟君は本当に私が無傷で爆豪君を退けていたと思っている様で、爆豪君みたいに再生する力があるのではないかと疑問に思っている素振りもないから改めて安堵した








◇◇◇ ◇◇◇







『じゃあ、私こっちだから。荷物持ってくれてありがとう』

家路の交差点。轟君とは此処で別れる感じになり、荷物を受け取った。また明日、と付け足して背を向けた…が、踏み出そうとしたその瞬間、腕を掴まれた





『何?』

「爆豪に何かされたら…言えよ」

至って真剣な眼差しで言うものだから、つい黙って固まってしまった。そんなに心配してくれるのか、何故そこまで気を遣ってくれるのか謎だが…

結局、私は言わないんだろうけれど、ここまで心配してくれるのも初めてだったからか素直に頷いた。すると轟君はそれが嬉しかったのか微笑んでいた


【気遣い】END

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